第三十四話 山田オリガくんのコネクションは悪人の予想を超えてた!




「へんなやつが絡んできたよ、お兄ちゃん!」

「変なやつですか」


 その日の朝、目を覚まして寝ぼけ眼をさらしたままの山田オリガだが、朝一番に聞こえてきた妹のヒナの台詞を前に首を傾げた。

 だがその顔も『これこれ!』と差し出される携帯端末のニュースを見るとこわばっていく。


 かつて科学者系配信者としてネットに公開していた動画。

 それがどこかから拾い上げられネットニュースになっている。

 クモヤギの開発に着想を得て、地底に住まうアラクネ種のモンスターの魔力糸を安定して提供できるようにする研究。

 この動画を投稿した時からの付き合いである、外国の教授から『身の危険が及ぶ可能性がある。隠したほうがいい』と言われて即座に公開停止したものだ。当時の視聴者は数が少なく、また科学に理解のある人ばかりだったからなんの問題もなかったが。

 やはり有名になればなるほど、過去は執拗に付きまとってくるのだろう。


 最も、オリガは当時の動画アップを悔やんでいても研究自体は後悔していない。

 もっと大量に、安価に魔力糸が量産できれば様々なことが楽になるのだから。


「しばらくお兄ちゃん、SNSには目を通さないでねっ。あたしが預かるから」

「なんとなく想像はつきますね」


 先ほどから携帯端末がぶるぶると震えている。これが誰か悪意ある第三者からの攻撃であれば、多分業者を介して嫌がらせのメールが山ほど来ているのだろう。

 ただ。ヒナの返事はオリガの予想と少し違っている。


「まぁ見ると心に毒、ってのはあるけども。

 やるなら一気に呪詛返しと行きたいし」

「なんだか急に怖いこと言ってどうしたんです、ヒナちゃん」


 いつものように妹をぎゅー、と抱きしめてよしよしよしよしと撫で繰りまわす。

 オリガはよく分かってないようだが……彼より陰陽術をはじめとする魔術に精通した鳳陽菜の考えはちょっと違う。



 いちばん知名度の高い呪いと言えば、夜も暮れの丑三つ時に、相手の髪の毛を編み込み、名前を刻んだ人形へと釘を打ち込むアレだろう。

 もちろん呪いの力なんてものは存在しない。相手の臓腑に釘を撃ち込まれたような激痛なんて与えはしない。


 しかし。


『自分が呪われている』と知った人は果たして冷静でいられるだろうか?

 自分を殺したいほどに憎んでいる人がいると知ったならば、体に不調をきたし体調を崩し……下手をすればそのまま命を落とすかもしれない。

『病は気から』と言うが、あながち間違いでもないだろう。

 摩訶不思議な力など何一つ介在しないが、『呪殺』は正しく働いている。


 そして現代社会では人々からの誹謗中傷を一心に受けた誰かが心を病み、自ら命を絶つ悲劇が起こることもある。

 相手からの悪意というものは、一つ一つは小さくても何千何万と集まれば本当に人を殺す。

 これもまた『呪殺』と呼ぶに相応しいだろう。

 そして、山田オリガに対するこの悪意あるメールの数々は。


 彼の髪に宿る八岐大蛇が自分に対する呪詛と判断し――自動で、無意識のまま『祟り返し』を行う可能性がある。


 鳳陽菜は、オリガの髪から延びて自分に絡みついているにょろにょろに視線を向けた。


『んー?』『どしたの?』


 相変わらずのんきそうな顔でにょろにょろが見てくる。彼らに悪意はない。兄の心の影響を受けて『いもうとを』『まもらねば』と思って自分の盾になるつもりで巻き付いているのだ。

 ……数日前、帰ってきた兄の髪に住まうにょろにょろの一匹が、ナターシャの髪に移住していると知り陰陽寮はてんやわんやの大騒ぎ。その影響で彼女もちょっと眠りが浅い。

 そのアクシデントの元凶がのほほんとした顔をしているのを見ると、ちょっとイラッとしないでもないが――ヒナは考えるのをやめた。

 

「ううん。なんでもないよお兄ちゃん!

 ……今から悪質な『祟る』べき相手を選定してくるね!」

「なんでそんなに怖いこと言うんです?!」

「大丈夫だよっ! ああいうカスみたいな連中って匿名の壁の向こうから人を侮辱するしかない最低のカスぞろいで、むしろ皆殺しにしても感謝されるレベルの奴しかいないから!」

「ど、どういうことなんです?」

「馬鹿を始末するのは銀河系の平和のためなんだよっ!」

 



 そんなわけで。


「ヒナちゃんが急に怖いことを言いだしました。どうすればいいと思いますか、ナタさん」

「いろいろあるんじゃない? 気にしなくていいと思うよ」


 オリガとナターシャは近所の喫茶店で顔を合わせて作戦会議を練っていた。

 オリガはいつものようにパーカーを被り、艶やかな黒髪を隠す。

 時々暇そうな顔をしたにょろにょろがオリガの胸元からにょ~ん、と顔を出しているが……本体が目立つ事を嫌っているせいか、それ以上出てくることはなかった。

 対面で同じく目立たない格好をするナターシャはあまり本気ではない気の抜けた顔。

 鳳陽菜が兄のネットに関する防壁をやっている事は聞いていた。恐らく今朝方ネットニュースになった……昔、オリガが投稿していた動画だ。

 ナターシャは把握のために動画を流し見する。もちろん当人には見せていない。鳳陽菜から『お兄ちゃんに酷評動画やメールを見せたらたたられる奴が出るから。準備ができるまでダメ』と言われていたのだ。準備ができたなら殺るつもりなんだろう。

 ナターシャも止める気など毛頭ない。あの手の輩は滅亡すべきである。


「それで。ここからはどう動く? オリガくん」

「ええ。まずは……」


 そこまで応えようとして――オリガは、ナターシャの後ろ側、喫茶店の入り口あたりに配信者サカウラの姿を認めた。

 ナターシャとの接触禁止令を出されているのに性懲りもなく、と腹を立てかけたが……彼は店内に入ってくることもなくそのまま外に出て、駐車してあった車の運転席に戻る。

 代わりに店の中に入ってきたのは……はっきり周囲から浮いている修道女服に身を包んだ女性である。真っ黒な髪に褐色の肌。整った目鼻立ち。エキゾチックな肢体を貞淑な服装に包んだ姿は、どこかの教会にいるほうがずっと似合っているだろう。

 背が高い。胸も尻もだ。南米系出身だろうか。ナターシャは戦慄する。デカい、乳と尻において完全な上位互換の女性と遭遇するのはこれが生まれて始めてだ。

 ナターシャは思わず、びくりと身を震わせた。

 アメリカはダンジョン内に神殿を作ることができない関係上、その難易度は日本より数段高くなる。

 ゆえにアメリカで名の知れた探索者となれば……相当の実力者だ。


神殿騎士テンプラーの、シスターテレジア……? アメリカ配信者の中でも本物のトップじゃないか!」

「ハジメまして、ナターシャ。お久しぶりデス、オリガ。

 サカウラサン、監視してマス。再会のハグはまた今度ネ」


 そこで初めてサカウラが至近距離まで近づいていたと悟ったのか、ナターシャが周囲を見回せば車の中の彼にようやく気付いた。

 そして、言う。


「オリガくん。かい? 彼女こそキミの過去動画に関して文句をつけてきた相手なんだけど」


 そこはオリガもヒナに教えられている。

 アメリカの宗教組織と密接に関わる神殿騎士団テンプラーズ。遺伝子改造などを『神の御業に抵触する』として忌避し、そういう活動家に資金援助をしていると聞いている。

 そして彼女は組織の顔として、流出したオリガの映像に対して強い疑念と不快感をあらわにした。それに追従するように様々な嫌がらせのメールが届けられているだろう。


 ただ。

 シスターテレジアは穏やかに笑うと首を横に振った。


「ノー、違いマス。アメリカ国内の『反』ナントカ団体は潰しても潰しても沸いてきまース。

 それなら最初からコントロールできるようにある程度泳がせるのが目的ネ」

「テレジアさん。あなたが来たという事は……鳳の婆様も準備が整ったんですね?」

「yes」

「むー、なんだい君たち、ボクの事をのけ者にして!」

「oh! sorry」

「英語で話すな、わからないじゃないか!」


 小学校レベルだろうという意見を口にしないだけの分別はオリガにもあった。

 ナターシャが食って掛かるようなしぐさを見せ、オリガはそこで――店の外から監視しているサカウラに背を向けるようにして言う。


「いいですよ、ナターシャさん。あなたが怒ったり怒鳴ったりするしぐさをすればするほど、ぼくらが仲間であると疑われませんから」

「そうデース。ワタシベリべリキュートなオリガと会う、楽しみにしてマシタ! ハグできないのザンネン!」

「ぼくをかわいがるのを止めないと怒りますからね!!」


 そう言って起こった様子で怒って叫ぶオリガ。なるほどその姿を見れば、二人が顔見知りなどサカウラは想像もしないだろう。 

 ……いや、オリガくんのこの反応はただの素だな、とナターシャは考え直した。

 

「とにかく!」


 ふん、と……どうやら坂浦長官の仕掛けた策略への対抗手段に関して蚊帳の外に置かれていたらしいナターシャは二人を睨んで言った。


「詳しいことを聞かせてもらうからね」

 

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