舞台裏回 この陰謀、大失敗する予感!!


 剣鎧童子。

 そのテクノロジーは日本ダンジョン協会が独占できれば大きな利益になるだろう。もちろんあれほどの代物、どこの国だって欲しがるに違いない。実際に日本の防諜や探索者協会と協同する新陰陽寮では水面下の暗闘が始まっていた。

 坂浦宗男長官は、あのテクノロジーをどうにか独占したい……そう考えている。


「今度の都知事選。わたしの勝ちは揺るがん、それでも絶対確実になるよう立ち回らねば……」


 迫る首都の都知事戦。かつてダンジョン探索者がヤクザな稼業だと言われていた時代から生きている坂浦宗男長官にとっては感慨深い。我ながら位人身を極める思いだった。

 先のダンジョン最深部へと最精鋭の探索者を派遣して神殿を築く事業。外部では冗談混じりに『オホーツク海のカニ漁船並みに大変』と云われる探索だ。

 だが坂浦宗男長官は、半年間もの長時間をかけて牛歩のような歩みでゆっくりと神社を作るこの仕事を常日頃から無駄だと考えていた。

 半年間、慎重に進めるところを三か月に。食事にもクライマックスをはじめとする戦闘用ドラッグを混入させて作業効率を上げる。不満の声は契約のマジックスクロールで黙らせておいた。おかげで普段よりはるかに短い期間で神社の構築をおわらせることができた。これこそ自分の有能の証だ。


 ふがいない……今の若造どもを見て坂浦長官はそう思う。


 昔は自分の命を賭けて必死に戦い膨大な報酬を得る。そういう男児の気概に満ちた益荒男たちが大勢いたのに、今ではやれ安全確保だのなんだのとやかましいことばかり。そこで死ぬならしょせんその程度の役立たずのカスなのだ、なのに今では命を大事にしろと馬鹿の一つ覚えばかり。

 今こそ自分のような強靭な指導者が必要なのだ、とそう信じて疑わない。



 時代が変わっていることに坂浦宗男長官は気づいていなかった。

 かつては生命度外視の無謀な探索が行われていた。しかしそれは当時の人類が、ダンジョンよりあふれ出すモンスターを地下に押し込めるため……本来厳守すべき生命優先の方針をかなぐり捨てなければ生き残れない時代だったからだ。

 彼の考えはもう時代遅れ、己がただの老害に成り果てているなど想像もしていなかった。



 だからこそ、より強い探索者を増やすためにも次の一歩として都知事戦に勝ち権力を磐石とするのだ。 

 そのためならば最精鋭の探索者を無許可で薬に漬け、山田オリガの個人的な研究を奪い取ってその賞賛と未来をわがものにすることも――彼にとっては悪いことではない。むしろ自分の偉業の礎になることを光栄に思うがいい……そう思っていたのだ。




「アメリカに所属を移すだと?!」


 しかし……単純だが効果的な一手を相手が打ってきたことに坂浦長官は苛立ちを隠し切れなかった。

 テーブルの前で恐縮そうにする数名の秘書。

 そして今では自分の傍に控えさせて、将来自分の地盤を引き継がせるべき坂浦尊が少し離れた場所で居心地悪そうに黙っている。


「は、はい。ですが我々にはそれを拒む権限はありません」

「あれだけの人気配信者の収益化を認めないのは納得できない、納得できる理由をくれ、と内部からも疑問の声が」


 坂浦長官は忌々し気に椅子に身を沈めて吐き捨てる。


「あの餓鬼、わたしを敵に回すほうを選んだか」


 こういった暗然たる権力をひそかに見せつけてやったにも関わらず、剣鎧童子、そして内部の人工筋肉を譲り渡す事を拒んだ。回収したならそこから解析調査に回してテクノロジーを手に入れられたものを、と歯がみする。


「長官、一つ気になることが」

「なんだ」


 坂浦長官は自分に従う有能な相手に対する報酬を出し惜しみしたことはない。ここにいる秘書は彼の後ろ暗い仕事にも平気で従う腹心たちだった。その秘書は携帯端末で、ある特殊な伝手で手に入れたという……科学者系配信者として活動していた頃の、山田オリガの動画を持ち出してくる。


「なんだこの映像は」

「これはあの小僧が公開を取りやめた動画なのですが。まぁ蛇の道は蛇でして。

 ここで奴が言っていたのはダンジョン地下にある平坂降道に対するアラクネ種を利用することなのですが……。

 奴はここで……アラクネ種の遺伝子データをヤギと結合させる研究を考えていたようなんです」

「はん、餓鬼の浅知恵だな」


 話にならぬ、といった坂浦長官だが、彼の考えはこの場合正しい。

 ダンジョンではドロップ品しか持ち帰れないのは有名だが……これは刃についた血糊も同様だ。ダンジョンから出るだけで血濡れた刃や鎧をわざわざ洗浄する必要もない。

 しかしそれは、ダンジョンに住まうモンスターの遺伝子サンプルを持ち帰れないという裏返しでもある。遺伝子研究に関してはすで諦められた分野なのだ。


「坂浦長官」

「なんだ」

「クモヤギはご存じですか?」

「知らん。なんだそれは」


 まぁそれほど世間に広まっている話ではないので仕方ないだろう。


「ヤギの遺伝子に蜘蛛の遺伝子を混在させることにより、ヤギの乳を蜘蛛糸のような頑丈な素材に作り替えるという研究です。

 確かにダンジョンの生物は冥府信仰によってあの世のモノと見なされ、一部を除いて持ち帰れません。

 ですが山田オリガはここで『ダンジョン浅層で神の御許可を得て新たに神社を作り、専用の遺伝子研究施設を生産。そこでアラクネ種の遺伝子とヤギの遺伝子を配合させ、魔力糸を安定して生産できるようにする』という大それた野心を持っていたんです」


 黙って聞いていた坂浦長官も、坂浦尊も、あ、という驚きを感じていた。

 その施設で生み出された受精卵は果たしてこの世のものか、あの世のものか。だが確かにその遺伝子改造で生み出された生物なら、地上に出しても問題がなかったかもしれない。

 うまく行くかもしれない。うまく行かないかもしれない。

 しかし成功すればその利益は膨大だろう。


「だがなぜあの餓鬼は公開をやめたんだ?」

「長官。どうしてクモヤギがどこで開発されているか、その情報がまったく伏せられているのはどうしてだと思いますか?」

「もったいぶるな、さっさと話せ」

「生命倫理に反するという理由で保護団体やらなにやらが脅迫メールを送るんですよ」


 ああ、なるほど。

 過激な団体に目をつけられる前に公開を中止して、身の安全を図った訳だ。

 ましてや遺伝子改造を行うのは怪物であるアラクネ種の遺伝子だ。遺伝子組み換えを行うことを神の御業に反することだと過敏に反応する宗教組織は多い。

 坂浦長官は口角を釣り上げて毒気の滲み出るような醜悪な笑いを浮かべた。わが子である坂浦尊が嫌悪と恐怖を表情に浮かべている事も気にしていない。


「なるほど……その際は我々で保護してやらんとなぁ」

「長官。それでは……」

「ああ。アメリカの神殿騎士団テンプラーズに連絡を送れ。あそこが力もあるうえ、こういう話にいちばん目くじらを立てそうだからな。

 ……それと、アメリカ神殿騎士の中で一番の腕利きは、誰だったかな」

「シスターテレジア、そういう名前だったはずですね。……これは行幸。ちょうど日本に来日しているようで」


 ほぅ、と坂浦長官は笑みを深くする。

 今まで置物のように黙ってたっているだけの無能な息子に初めて目を向けた。


ミコト、同じ探索者だ。お前に彼女の接待役をまかせる。

 ……しかしそのシスターテレジアとか、なぜ日本に来たのだ?」


 どこで初めて坂浦尊は父の怒りを買わないように気遣いながら口を開く。

 配信者活動もいったん中断し、暇だったからシスターテレジアの配信も見ていて事情は知っていたのだ。


「ああ、確か『思わず股間に住みたくなるようなvery very goodな推しに会いたくて来日した』って言ってたはずだ」

「なんだそれは。……まぁいい、お前のようなカスでもその程度の仕事ぐらいできるだろう」


 ぺこり、と頭を下げて坂浦尊は父のオフィスから出る。

 ……なぜだろう。嫌な感じだ。特に理由もないはずなのだが、不思議なまでに確信的な予感が坂浦尊の胸中を埋め尽くしていた。

 


 父のこの陰謀。


 

 ものすごく大失敗するような気がする。

 


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