第三十六話 山田オリガくん、反撃に出る!



「オリガ博士。質問デスけど。英語日本語、ドチにしますカ?」


 博士、という――ナチュラルボーンドスケベ美少年という二つ名には似つかわしくない名称に周囲が少しざわついたが、オリガは特に気にもしない。

 対面のシスターテレジアの言葉にオリガは少し考え込んだ。

 二人とも生活に不自由ないレベルで二か国語を話せる。ふと視線をナターシャのほうに向けてオリガは言った。


「日本語でお願いします」

「なんでボクの顔を見てから決めた!?」

「……お兄ちゃんの前だとあんたアホキャラ通してるからじゃないの?」


 憤慨するナターシャとそれを呆れ顔で見ているヒナ。

 その二人の視線を背中に受けながら、討論が始まる。


「オリガ博士。あなた過去の動画でヤギ、アラクネ種モンスターの遺伝子交配と、それで出来た受精卵を培養。

 しかしそれは神の領分を犯す大罪デス。目的が金銭欲、名声欲であるならばまずは研究を一時置き、懺悔を受けることをお勧めしマス」

「反論を申します」


 オリガは居住まいを正して口を開く。


「金銭欲や名声欲も確かに動機として持っています。

 しかしぼくが持つ一番強い動機は、ダンジョン探索者の方々を援けたいという意思ゆえです」

「我々、神殿騎士団テンプラーズの御力が信用できない、イイマス?」


 その強引な論法に八百長であると知らない普通の記者が顔を顰める。

 神殿騎士団テンプラーズはアメリカのみならず世界各国にも支部を持つ、探索者たちの最大派閥の一つだ。確かにその力は有数のものである。

 ……しかし、ダンジョンのどこでも都合よく現れて助けてくれるほど便利な存在でもない。

 山田オリガの自動人形、『剣鎧童子』が優れているのはそこだ。人間ではない。式神。自動的な存在。

 呼べば姿を現し戦う。24時間待機しており疲労も困憊も恐怖もない。その膂力と装甲、破壊力で人間が払うべき被害を肩代わりする便利な存在だ。千手観音様が大勢の衆生を救うための手をたくさん必要としたように、助けるための手立ては多いほうがいい。


神殿騎士団テンプラーズは強大です。あなた方がダンジョン探索の最前線で大きな力になっている事は尊敬しています。

 ですが、この遺伝子交配による神の領分を犯す研究には……あと二つ。大きいメリットがあります」


 その言葉にがやがやとざわめきの声が大きくなる。

 剣鎧童子に用いられる人工筋肉、あの強力な式神を量産するのとは別に何かあるというのか。


「シスターテレジアは、『アリアドネ・ライフロープ』をご存じでしょうか」


 彼女は深々と頷いた。


「もちろんデス。彼らと魔力の糸で繋がっているから、神殿を持てないアメリカ探索者は、危険なダンジョン奥地での窮地から緊急脱出の位置補足、魔力糸による人工筋肉、地蜘蛛陣グランドネストなどによる索敵など、様々な恩恵受けてマス」

「はい。

 ですが、そういう事ができるのも『糸使い』という先天的なスキルを持っている人間にのみ限られています。

 ではこのアラクネ種から採取できる魔力糸があれば、それと同じことが誰でもできると言えば、どう思われますか?」

「それハ……チョット、カナリ。スゴイ。ヤバイ」


 二人の会話を会場で聞いているナターシャであったが、ふと目を落した配信画面のほうで急激に回転するコメント欄に目を丸くした。

 待機人数5000万が7000万に到達する勢いで増大し続けている。


”ちょっと待ってくれ。ちょっと待って(英語)”

”アラクネ種の魔力糸があれば同じことができる?(英語)”

”一応ソースを探ると事実なんだ。ただ……地下深層部にしか出現しないアラクネ種のモンスターから魔力糸を恒常的に採取するのは困難で、やっぱり糸使いという資質持ちに頼ったわけだけど(英語)”

”でも安定して生産可能になれば、誰でも?(英語)”

”……そういえばオリガくん、探索者としての放送第一回目でアラクネ種のモンスターを狩るのが目的って言ってた?”


「アリアドネ・ライフロープに属する『糸使い』の仕事は激務です。 

 肉体的ではなく精神的に。下手をすれば意識と魔力が繋がった相手の恐怖と断末魔を感じ取ってしまい、サバイバーズギルトに陥って引退してしまう人が多い。

 けれども学習意欲と責任感さえあれば誰にでもできるというぐらいにハードルが下がれば、深層域に挑む際『糸使い』が足らずにアタックする機会を逃したこともなくなり。また実戦経験豊富でも怪我で引退した人たちが、経験の浅い若者に助言をすることもできる。砂漠で迷う人にとってのオアシスのように助けになるはずです。

 そして二つ目のメリット。

 それは人道的な観点からです」

「人道的、デスか?」


 オリガは頷く。


「世界のあちこちで行われる……神殿のある国からない国への。『糸使い』の人身売買を防ぐというメリットです」

「そうデスね。それは確かに我々も懸念するところデシタ」


 ……ダンジョンに神殿を建設できる国にとっては糸使いの重要性はそこまでではない。

 だったら糸使いが必要とされている国に移住して支援者としての仕事につけばいい……と思いがちだが、ある大国の権力者はただ国外に人材を流出させるより外交上の取引材料にすることを選んだ。

『糸使い』の才能を持った人は政府監視下に置かれ、契約に基づいて出品される。

 だがそれでも待遇としてはまだいいほうで、治安が悪い国では奴隷として『契約』のマジックスクロールで反抗の自由を奪われてしまってから売り飛ばされるのだ。


 アメリカ、そして神殿騎士団テンプラーズはその悪行を知りつつも……神殿を作れないという不利を補える『糸使い』は喉から手が出るほどに必要で、黙認してきたという負い目があるのだ。


「魔力糸の安定した生産、安価な供給。

 これが確立されれば人々の自由意思を無視した人身売買は『割に合わない』ようになります。アメリカも仲の悪い他国に足元を見られて譲歩する必要もなくなります。

 人間が人間を売り買いするなんて人道に反したことをやめさせる――そのきっかけになる研究なんですから。

 どうか、シスターテレジアには今少し、見守ってくださるようにお願いいたします」


 そう深々と頭を下げるオリガ。

 横で話を聞いていたナターシャは、ぞくりと震えた。

 坂浦長官が仕掛けたであろう、金を生む研究を奪うための策略。しかし山田オリガは完璧な理論武装でもって対策を施していた。これに反論することはできない。



 ……この状況を見ていた坂浦長官は震えていた。

 後ろ盾のない頭のいいだけの山田オリガという個人がやっていた研究は――確実に、そのバックにアメリカが付いている。濡れ手に泡と想って手を出したのが間違いだった。手を出すにしても火中の栗と覚悟を決めて挑まねばならなかった。

 問題は己の体に火が回りつつある状況で、どうやって身の安全を確保するかだが……焦りと狼狽に駆られる坂浦長官にも聞こえるように、山田オリガは次の手を放った。


「ところでひとつお願いがあります。

 シスターテレジアに助けていただきたい人たちがいるのです」

「タスケテ欲しい、デスか?」


 オリガはこっくりと頷いた。


「皆さんが『オホーツク海のカニ漁船』並みに忙しいと口にしている、ダンジョン最深部で神殿を作るための作戦。

 それに参加していたこの国の探索者たち、その最精鋭メンバーにかけられた『口外禁止』の契約を解いてほしいんです」

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