第三十二話 山田オリガくん、触手プレイに逢う!



 

「オリガくん、気分は?」

「たぶんテンションの上がったにょろにょろがぼくから魔力を吸い上げたんでしょう。ちょっと待ってください」


 そう言いながら、腰に下げたアイテムベストからマジックポーションを開いて飲み始める。

 水分吸収には一気飲みではなく少しずつ、のほうが効率がいいのと同じように数度に分けてゆっくりと呑んでいき――にょろにょろに目を向けた。


『ごめんね』

 

 その謝罪は、恐らくオリガのほうから魔力を強引に引き上げたことに対する詫びであろう。顔を寄せて懐くようにほほに身をこすりつける。

 毎回こんな風に大人しければかわいいのに、とオリガは思った。


「にょろにょろたち。それはそうとしてお花になりましたけど。いいんですか?」


 酒を飲みたがったにょろにょろにしては痛恨のミスである。そう思っていたオリガだったが……咲き誇った花が次第に枯れ果てて大きな実をつけ……ぱんっと割れたと思うと……中から大きな瓶に詰められた酒が九本ほど転がり落ちた。


”シュールw”

”植物の中から出てくるのが果実ならわかるけど明らかに人工物w”

”ダンジョンってこういうとこあるよね。背嚢が無事だったら龍の火酒をドロップするけど、なぜか瓶詰加工済みw”

”龍の火酒が出る条件は『噴霧をさせない』みたいだね。ウィキに一文を追加してくる”


「なるほど、わかってやった訳ですね」


『そうですよ』『おさけのみほうだい』『これでおさけぶろができるぞ』『やったぜ』『やったぜ』『やったぜ』


「でも無許可でぼくから魔力を吸い上げたことに関してはお仕置きです」


 もうすでに『木』の力を発揮した形態から元の黒髪で出来た蛇体へと戻ったにょろにょろであったが、今回はおしおきとしてオリガに根元を掴まれまたヌンチャク扱いされて振り回されていた。その間も他のにょろにょろはさっそく酒を呑み始めている。


『うわー、ぐるぐるー』

『酒うめぇ』『酒うめぇ』『おさけぶろ』


 このにょろにょろにも微妙に個性があるのか、ほとんどは酒瓶を銜えこんでラッパ飲みなのだが。

 そのうち一本はナターシャにねだって半ばから切断された酒瓶の中に頭を突っ込んで満足な顔(イメージ)をしていたりする。


 未成年であるオリガは別にお酒は飲んでいないものの……しかし、そこまで強いほうでもないのか、周りから立ち込めるアルコール臭にちょっと参った様子だった。少し赤らんだ顔でその辺の地面に腰かけてにょろにょろを振り回している。

 

「……今度からガスマスクを持参したいところです」

『え』『こんどがあるんですか』『やったぜ』

「おちつくんだにょろにょろくんたち。ボクが考えるに……ドランクドラゴン探しの旅は、今日はここまでということだよ」

『そんなー』『そんなー』『そんなー』


 実際のところ、ドランクドラゴンを発見して酒を手に入れ目的は達したが、探索で時間を取られすぎた感はある。

 本日はここまでとするべきだろう。ある程度にょろにょろを振り回してからぐったりした奴を酒瓶に放り込んでやる。満足そうな思念が響いてきた。



 さて。

 ひとまずは目的も達したわけであるが……一つ処分に困るものが残った。

 ドランクドラゴンを倒したあとで酒瓶が計九本入手できたわけだが、にょろにょろの本数は八本。一本余る。

 オリガは隣のナターシャに質問してみた。


「ナタさん、神殿に戻ったら飲んでみますか?」


 安全な神殿内であれば飲酒しても問題はない。そうでなくても成人している探索者の数はそこそこだ。何かの物々交換にも使えるかもしれないけど、せっかくのいいお酒である。

 だがナターシャは両腕で胸を隠すようにしながら背を向ける。


「お、オリガくん……まさかボクを酔い潰してあんなことやこんなことを……!

 あ、うん。ごめんて。キミにそういう冷たい目で見られるとボク興奮するよぉ……///」


”気持ちはわかるが自嘲しろwww”

”オリガ責めでナタ受けか、これはこれで良し”

”貴様ぁ……ショタ責め派か!”

”オチツケwww”


 そんなオリガの視線を受けてナターシャも少し興奮したものの、冷静さを取り戻すのもまずまず早い。

 にょろにょろが飲み干した酒瓶――そこから漂ってくるアルコールの匂いは強烈で、鼻を寄せて嗅いだら噎せるだろう。手で香気を招いて嗅ぐ動作は嗅覚を潰すような劇薬に対するやり方だが……それでも非常に強いとわかる。


「ま……さっきのは冗談だけど。かなり度数が強い酒ではあるからね。

 ボクもパパがロシア人だから強いほうだけど……これはキツそうだ。やめておくのが吉かな」

「わかりました。確かに植物の中に取り込まれて実の中から出てきたんですし。生体濃縮されている可能性は十分あります。ちょっともったいないですが、あとで処分か。希望者にプレゼントしましょうか」


”え。それはちょっと飲みたいな”

”わかる。ただでさえ強い龍の火酒が更に濃縮されてるとか興味あるわー”

”まぁ我々視聴者が今更向かっても間に合わないから、こればかりは最寄りの神殿にいる人らがラッキーってことだな”


 などと言いながら、オリガは余った酒瓶を背中に負うスペースに乗せようとしたが、それを大人しく受け入れるにょろにょろではなかった。


『それをすてるなんてとんでもない』『くれー』『くれー』


 そうしてオリガの髪がうねりだせば、蛇頭の一本が酒瓶を銜えて逃げ出そうとする。

 その様子をあきれ果てた目でオリガは見ながら呻いた。


「どこが一心同体なんですかきみたち……」


 もちろん彼らはオリガの髪の毛を実体とする存在。彼の髪が伸びる範囲までしか自由に行動できないのだ。


『よこせー』『やだー』


 どうやら一心同体でも大好物を独占したいという感情は持っているようだ。にょろにょろたちは酒瓶をめぐってお互いに喧嘩を始めたりしてるのだが、まぁ兄弟でも相争うのはよくあること。後は帰るだけだし自分とナターシャだけでも十分対応できるだろう。

 そう思っていたわけだが……この考えは実は大間違いだった。

 一匹が酒瓶を大口を開けて丸のみし、独占しようとしたのである。ずっぽん! と酒瓶が音を立てて喉奥へと滑り込んでいく。


『うわー』『なんてことを』『ゆるさん』


 蛇が腹の中に飲み込んだ卵を、体を締め付けて割って食するのと同じように。体の内側で瓶を砕いて飲み干そうというのだろう。

 しかしそれでもにょろにょろは諦めないのか、仲間の口に頭を突っ込んで無理やり引っ張り出そうとする動きを見せた。


”野生の蛇が獲物をめぐって喧嘩するとこんなアクションになるのかな”

”現実ではないだろうけど結構見ごたえある”

”こんな状態になっても元々の黒髪がめちゃきれいなのはわかるのが凄いが”


 酒瓶を飲み込んだにょろにょろはまずいと考えた。せっかくお酒を呑めるのに兄弟が怒って奪おうとするのでどこか退避するべき場所はないかなーと目をくりくりさせて……見つけてしまった。

 そのにょろにょろは、宿主である山田オリガの――巫女服の胸元のあわせから頭を突っ込み股間へと身を隠したのである。


「うひいいいいいぃぃ~~?!」

「お。オリガくーん!!」


 にょろにょろの突然の蛮行に山田オリガは裏返った声をあげてしまった。

 無理もない。胸板と股間というデリケートゾーンに自分の黒髪で覆われているとはいえ、ひんやりして硬い酒瓶がいきなりぶち込まれたのである。幸い股間の紳士を直撃もせず、男性の宿命の如き弱点二つを強打することはなかったが、突然そんなものを押し当てられて目を白黒させた。


”アーっ!!”

”ちょっと今のエッチな声もう一度お願いできませんかね”

”最近大人しいと思ったらこれだ! いいぞもっとやれ!!”


「ちょ、にょろにょろ、ぼくの股間で立て籠もりしないで!! はやくぼくの股間からでていきなさーい!」


”ぼくの股間から出ていけwwww”

”いやだー! 俺はオリガくんの股間に住むんだー!!”

”心底キメェwww”


 元々酒が絡むとオリガのいう事をあまり聞かないにょろにょろたち。

 兄弟の腹に奪われた酒瓶を取り戻そうと殺到し始める――そう、オリガの巫女服の中に。ナターシャは叫んだ。


「エッ……えっち! このドスケベ大魔王!! 公衆の面前で突如として触手プレイとかボクを誘ってるのか!」

「してませんけど!!??」


 山田オリガの服の袖とか、巫女服の腰の隙間とか、両足の脛の部分からさかのぼって股間を目指す蛇の姿はまさに触手に群がられて貞操の危機に陥った乙女そのもの(♂)。


”あー!! まさか現実で触手プレイが見られるなんてー!!”

”俺たちの天国はここにあった!”

”エッチコンロ点火!! エチチチチチチ……だめです、抑えきれません! 今年はコミケで山田オリガくんの触手同人が大発生します!!”

”任せろ、今オ〇ガくんの触手同人のネームは切ったぞ!!”

”作家の鑑www”


 もちろんにょろにょろたちは自分たちの欲望に忠実な行動が、全国ネットで晒されて大人気なんて気づきもしない。

 宿主である山田オリガくんの顔が真っ赤になり、そして次第に目から殺気がぎらついていることもよく分かってない。

 花も恥じらう絶世の美少年が見せる、リアルな触手プレイ光景に同人誌やエロ漫画界隈は大賑わい。かつてエロ方面で売ろうと頑張っていたナターシャは戦慄した。


 これが……真のドスケベ。


 これに比べるとボクなど三流もいいところだと唖然とする、が。


「な、ナタさん、助けてください! なんでもしますから!」

「ん、今なんでもするって言った?」


 涙目で助けを求める山田オリガくんについつい本音が出てしまうナターシャ。

 その手の台詞は男性ではなくどっちかというと女性向けではないかというコメントが流れたが、ナターシャは当然の顔をして無視した。

 そう――こういう場合に備えて、渡されていたアイテムがある。

 懐に無くさないように大切にしまっていた、鳳陽菜に手渡された摩訶不思議な櫛を構えて走り出す。


「オリガくん! (エロ同人誌展開から)今助けるからね!!」


 さすがにナターシャもそこで括弧内の台詞を口にしないだけの分別はあった。

 鳳陽菜がくれたこの櫛ならば――触手プレイから相棒を助け出せるはず。もっとも鳳陽菜は、八岐大蛇の暴走とかそういうシリアスな事態を想定していたのだが、兄を触手プレイから助け出すために使われるなど……思いもしておらず。

 自宅で配信を見守っていた彼女があまりの事態にひっくり返っているなど、二人とも思いもしなかったのだった。 


  

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