第三十一話 山田オリガくん、酒を探す!!




 山田オリガとナターシャの二人はここ数日の間、心のどこかで息苦しさを感じていた。

 大人から悪意を向けられ、夢や希望を妨害する陰謀を張り巡らされる。こういうのは精神に来るからこそ、無意識のうちに精神を弛緩させるため、寄り道して酒を探しに来たのかもしれない。


「う~ん、見つかりませんね~」

「出現率はそれほど多くないから、うん。仕方ないよ」


”今試しに掲示板等で検索かけたけど、ドランクドラゴンの発見報告少なくなってるってさ”

”安定して狩れる手段があれば結構おいしい稼ぎだからなぁ”

”だからこそ、安全な狩り方は秘匿されがちだし”


 ドランクドラゴンの探索は難航していた。

 エンカウント率の多い大量に出てくるモンスターではなく、時折見つかる類の相手だ。

 逆にこれらを専門的に狩る探索者にとっては、ドランクドラゴンの位置情報は値千金の価値がある。例え情報があったとしても……高値で買い取る相手に集中するだろう。オリガとナターシャの二人にはこの伝手が存在しなかった。


「とはいえ、そんなに心配はしていません。地道に行こうと思います」


 二人の実力であれば、この階層で出てくる一般的なモンスター――オウガ系の相手はそれほど困難ではない。

 オリガが相手を拘束、移動の妨害を行い矢で牽制。ナターシャに一対一か、一対二ほどの環境を作り出す。今日もまた人工筋肉を纏ったナターシャはこの程度の相手なら問題なく一蹴できた。

 

 さて。

 順調に進む二人であったけど……彼らの中で一番モチベーションが上がっているのはもちろん二人ではなく、オリガの髪に住まうにょろにょろ達であった。

 蛇の感覚器で有名なのはピット器官と呼ばれる熱探知能力だが、もう一つある。

 ヤコプソン器官と呼ばれる匂いを感知する器官であり、蛇が頻繁に舌を出し入れするのはこの器官へと匂いを届けるためだったりするのだ。


『おさけ』『おさけはどこですか』『できるかぎりのみほうだい』『おさけぶろ』


 物欲というか飲酒欲というか。

 オリガよりも強烈な熱心さで四方八方に舌を動かし、ダンジョンにわずかに残留するアルコールの臭いを探ろうとしている。

 宿主のオリガはちょっと呆れ顔だった。


「……この比類なきモチベーションが前のサカウラとの勝負で発揮されればよかったんですが」

「いや、仕方ないさオリガくん。このにょろにょろにとっては結構他人事だったろうからね」


”しかし、ここまで遭遇しないのもちょっと妙だよな”

”そこまで頻繁に出る訳じゃないけど、ここまでいないのも珍しい”

”誰かが乱獲したとか”


「あり得ますね」


 ダンジョン内を常時観測している訳ではないから、モンスターがどうやって生まれているのかはまだよく解明されていない。

 ただ、それでも大量にモンスターが減るとそのあとの遭遇率も大幅に減ることが確認されているから、恐らくはある程度上限があるのだろう。


「ドランクドラゴンを大量に必要とする事態、ですか」


『そんなことより』『おさけのみほうだい』『はやくでてこい』


 オリガは真面目な顔して考えているがにょろにょろたちはどこ吹く風。

 そんな風に考えていると――にょろにょろの一匹が急にうにょうにょしている。反応があった、とオリガの意識に伝わってきた。


『いたぞー!!』『うおー!』『うおー!』

「……オリガくんのにょろにょろたち、物凄くやる気が出てるけど。しょせん髪だから、毛先が全力で方位磁石みたいになってる……」


 可能な限り体を伸ばして目標のアルコール臭へと向かおうとするにょろにょろたち。オリガとナターシャの二人はちょっと呆れたように笑いながら目標へと向かった。


 増していく酒の臭い。弱い人なら漂う酒気だけで酔いそうだが、確かに一部の好事家にとってはたまらないだろう。

 ダンジョンはほとんどの場合、周囲を石づくりの構造物で覆われている。

 しかし時々そういう常識を外れる場合がある。

 開けたそこは苔むすように小さな草木や苔が生い茂る湿地帯みたいな光景だった。そこで中央付近に寝そべっているドランクドラゴン。まるで体に瘤を備えたラクダを思わせる。

 相当にアルコールを蓄積しているのだろうか、薄い鱗の中でちゃぷちゃぷと揺れる液体が見える。まるで水風船だ。

 

「さて、それでオリガくん、どうやって倒すんだい?」

「ここにフロストリザードの爪で作った鏃があります。ここから身を隠しながら接近を――あれ?」


『おさけ! おさけ!』


「オリガくん、ちょっと髪のにょろにょろがうねりまくってるんだけど」

「すみません、このにょろにょろ獲物を前にしてテンションが……うう」


”あれ。オリガくんちょっと調子悪い?”

”弱弱しい美少年にときめく心が無い訳じゃないが、そういうのは創作物だけでいいんだ”


 ナターシャは少しふらつき気味のオリガを支える。

 同時にオリガの髪から延びる蛇の一本が巨大さを増していった。オリガの頭髪、今まで髪で出来た蛇の姿をしたそれは苔むす木のような本性を見せつつある。

 その口蓋をぐわりと開いた。ただし顎は二つに割れ、完全に三つに避けている。

 中心に見えるのは舌だが、口内には細かな黒い塊をいくつも備えていた。


「うわぁ、何あれ?!」


 ナターシャが驚きの声を上げ、ドランクドラゴンが爬虫類めいた顔に驚きを浮かべて起き上がり交戦の意志を見せた。喉を膨らませて頭をあげる動作は体内の液化燃料を噴霧する前準備だ。

 だがそれより、オリガの髪の一つ――『木頭』が行動するほうが早かった。まるで意識を持つ古木のような神聖さと威厳、異様さを放ち始めているそれが身を震わせた。

 その轟音は、まるで爆薬を一斉に炸裂させたような強烈な衝撃音の連なりだった。

 口蓋から黒い弾丸が一斉に発射され、ドランクドラゴンの柔らかな外皮、のみならず鱗の分厚い部分まで貫通する。

 その凄絶な威力は散弾で吹き飛ばされたかのようだった。


 だが驚くのはそれだけではない。

 アルコールを備えた背嚢に飛び込んだ黒い弾丸は一気に根を伸ばし、体内にあった水分を吸いつくして急速に成長する。

 アルコールのみならず、生命活動に必要不可欠な水分さえも一気に吸いつくしているのだろう。ドランクドラゴンが枯死していく様はまるでミイラができるのを早送りで見ているようだった。


 そして全身を食い破り、頭を出した根はそのまま色とりどりの大輪の花を咲かせる。


「うわあぁぁ……」

「なかなかコワイ光景ですけど……美しいですね」


 放たれた黒い弾丸――恐らくは種子を高速でぶつけたのだろう――はドランクドラゴンだけではなく、湿地にあった地面にも散らばっていた。水分を吸収してそれぞれが花々を咲かせていく。あでやかで幻想的。既存の種のどれにも当てはまらない美しさだった。


”わーきれいー(足元のミイラから目を背けながら”

”ペアリング弾を一斉発射するみたいだったな”

”……スミレは生存戦略として三つに裂けた袋から種子を発射するんだけど、それに似てる”

”寄生植物なん? 生き物を害するほどの寄生植物とか初耳なんだけど”

”普通は生物の体なんて塩分濃度が強すぎて発芽は絶対不可能なのに”

”不思議不思議”


「恐らくは……木と水。相手を弱める『相克』ではなく『相生』のほうでしょう。

 相手の蓄えた水気を木気で吸い上げて成長の足しにしたんですね」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る