第三十話 山田オリガくんのにょろにょろが宴会芸を習得してる!!




 ダンジョン探索者協会での話し合いは平行線で終わった。

 向こうは未成年でドロップ品を取得したのは犯罪であるとの一点張り。

『戦王の剣鎧』に関しても、中身の人工筋肉がオリガの生産物であるという証拠はないとばかり言っている。

 もっとも、最初から期待はそれほどしていない。二人は特に食い下がりもせずに立ち去り。


 その数日後、二人はダンジョン内の神殿の中で配信を始めていた。

 

「そんな訳で本日の配信はまず最初に視聴者の皆さんに対するお知らせになります」

「ボクとオリガくんの二人が運営するこのチャンネルは、今後アメリカの探索者協会に籍を移す可能性があるよ」

「細かな事情は話すことはできません。ご了承ください」


”どどどどどういう事なん?!”

”え? 日本の探索者協会を止めてアメリカに行く?!”

”各国語ペラペラのオリガくんは英語対応できるだろうけどナターシャは?”


「ハーフで話せるっぽい外見だけど、フフフ、ボクはこう見えて頭が悪いからね!

 少しだけ話せるロシア語と日本語だけで手いっぱいさ!」


 二人はいつものダンジョンである平坂降道の通路を進みゆく。

 地上での配信でもよかったが、今日は配信の中盤からとあるモンスターを討伐する内容を配信予定だ。

 周りにはそれなりに人もいる。ダンジョン内部の神殿は、休憩と戦闘準備を行う場所だけあってあちこちに探索に必要な物資を露店があったり、同じように配信をしている人もいた。

 もっとも、こういう場所で他の配信に割り込むのはルール違反という暗黙の了解がある。

 それでも内容を聞きつけてか、周囲から「えええっ?!」と驚愕の声があがった。


”……オリガくんがアメリカ行きかぁ”

”貴重な人材が海外に流出するなんて”


「そのあたりは未定ですが、向こうに行っても活動は続けますので」

「たまには日本にも出張すると思うよ!」

「ナターシャさんはまず英語の勉強からですね……」


 二人としては……実のところどっちでもいいのだ。

 日本の探索者協会が引き留めに走ろうが。二人ともアメリカに行こうが。

 山田オリガの目的は平坂降道の深層にいるアラクネ種のモンスターを安定して狩ることだが、海外で武者修行して実力をつけるのも悪くない。それにアメリカにはパパとママであるケンウェイ夫妻もいるのだ。たまには長く父母と会うのもよし。

 ナターシャとしても好きな男の子と母国のどっちを選べと言われれば躊躇いなくオリガを選ぶ。報復の相手だったサカウラは自滅した。長官にも一発食らわせてやりたいが、急いではいない。それに義父義母(予定)のケンウェイ夫妻と顔を合わせるのも(大切なご子息をいただく予定の人間として)これはこれで悪くなかった。

 

”ご事情は分かりませんが、新天地でも活躍を期待しております”

”決定したら続報よろしく”

”貴重な雄っぱいが……”


「細かい事情は話せませんが、察してくださると幸いです。

 あと雄っぱい扱いした奴は許しません」


”ヒェッ……”

”オリガくんの睨む眼差しに興奮が募る”

”しかしダンジョン探索者協会はなに考えてるんだ?”

”スパ茶ってのは視聴者が投げ銭して、手数料やらなにやら差っ引いた金額を協会が引いてから入金するシステムだろ。どうして金の生る木をわざわざ捨てるような真似をするんだか”

”やっぱり長官関係?”

”あれ? 金払って和解するんじゃなかったの?”


「すみませんが、私的な事も多く。話せません」


 オリガはにっこりとほほ笑んでノーコメントを貫く。

 オリガ自身は何もしていなかった。しかし火のないところに煙は立たない。こうしておけば、オリガとナターシャに何か外圧があったのか、と考える人も大勢出てくるだろう。


”鎧童子みたいなロボットの研究もアメリカで続けるのですか?(中国語)”

”その際には我々にお声がけください(英語)”


 などと告知を続けていると、次第に見慣れない言葉も混じってくる。

 やはりどこも利権の臭いを嗅ぎ付けると確保に回るものだ。……ここで、オリガは穏やかに微笑んで配信を続ける。


「さて、実は本日の配信はこのにょろにょろの為だったりします」


”お? オリガくんの髪の大蛇か”

”蛇をペットにしてる人間としては親近感沸くね(*´ω`*)”


「このにょろにょろたちは何かとお酒を飲もうとするんですよ」

「かといってオリガくんは未成年だ。ボクは成人だけど、未成年のためにお酒買うのってのはちょっとどうかと思うんだよね」

 

 オリガの言葉を聞いてその髪に憑くにょろにょろたちがさっそく反応を見せた。


『おさけ?』『おさけとききつけてきました』『おさけがのめるんですか』


 頭を出して左右をきょろきょろと見回し、舌をちろちろと動かしてアルコールの匂いを探し始めるのはかわいいかもしれない。


”わー♡”

”オリガくんの髪の一部だと思うと愛せる”

”今度ビールもってお参りしていいですか!”


「お酒の差し入れは有難いですけど、ペットも食べ過ぎ飲みすぎをさせると危険ですので。

 あと、みなさんを疑う訳ではありませんが、不特定多数からお酒を渡されると薬物を混入される恐れがありますから全面的にお断りさせていただきます」


”まーこれは当然の対応”

”しゃーない”


 と、オリガも常識に従って言うのだが、もともとオリガの一部でもあるにょろにょろは反論でもするような目で訴えてくる。


『おことばですが』『われわれはせつどをもっていんしゅをたのしんでいます』『めいわくはかけないよ』

「サカウラとの決闘であっさり職場放棄しておきながら……」


 そんなにょろにょろたちの考えや思考もなぜか字幕付きで視聴者に表示される中、ナターシャが口を挟んだ。


「さてと。みんなも知っての通り。この宙域より少し下の階層となると――酒好きにはたまらない。あのモンスターがいる訳だ」

「はい。皆さんもご存じのドランクドラゴンですね」


”あれかー”

”倒すのは簡単だけど、ドロップを獲得しようとすると途端に難易度高くなるよね”


 ドランクドラゴンは、ダンジョンの中層から下層にかけて生息するモンスターだ。

 一見すると二足歩行の恐龍にも見える外見、薄いウロコに覆われた五体だが特徴的なのは……背中に巨大な背嚢にも見えるタンクをため込んでいることだ。二足歩行で動きの速さはそこそこ。問題なのは……内部に貯め込んだ液体を噴霧し、低位の火炎魔法で着火して広範囲を焼却してくるのだ。

 ただし、撃破自体はそこまで難しくはない。

 背嚢は狙いやすいし、大きく発達したせいで鱗も薄い。

 火炎属性を帯びた武器か、貫通性に優れた火属性の魔法攻撃で背嚢をぶち抜けば引火させ、体内から爆発させることができる。撃破自体は実は結構簡単だったりするのだ。

 

 ただし、そのやり方だとあまり採算は取れない。


 例えば切っ先にこびり付いた血液などはダンジョンから出た途端に跡形もなく消えさえるのだが、ドロップ品のみはその括りにはない。モンスターは撃破するとドロップと呼ばれる部位を残す。

 ドランクドラゴンのドロップ品は……その背嚢にたまった液体だ。

 これは引火するほどにアルコール度数が高い酒そのものであり、地上では『龍の火酒』と称され好事家から結構な高値で取引されている。


「ぼくはもちろん未成年なので持ち帰って換金することはできません。

 しかし、入手したものをその場で消費することは認められてますのでにょろにょろに飲ませてあげようかと」


”ヤサシイ///”

”これは飲酒制限に入るのかどうかw”

”実際にやってるのは髪の毛をアルコールにつけてるだけだしなぁw”


 などとコメントが流れる中、オリガの髪の毛から延びるにょろにょろたちはテンションアゲアゲだった。


『うおおおお』『うおおおおお』『やりますよやりますよ』『かならずむきずでしまつしてみせよう』『おさけのみほうだい』『まえてれびでみたハブ酒みたいなおさけのおふろができるんですか』


「……いや最後の台詞言ったにょろにょろくん、それでいいんですか。出汁取られるほうでしょ」


”にょろにょろたちがオリガくんの後頭部で螺旋みたいなあのトレインダンスしてるの草wwww”

”この謎生物面白すぎるw”

”やばい飼いたいwww”


 こうして山田オリガと相棒のナターシャは色々と厄介な事情を背負いながらも……今はいつもの通りの日常を過ごすため、ダンジョンに進むのであった。


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