第二十九話 山田オリガくん、秘策を開帳する!

 



 ナターシャにとって両親は、幸福のイメージに満ち溢れているけれども……具体的な思い出は悲しいほどに存在していなかった。

 抱き上げてくれる父親の大きい体。優しく抱きしめてくれる母親。

 父であるアレクセイと母である更級美智子。

 当時は18年か19年ほど前だった。

 ダンジョン出現の騒乱期が終わり、手探りに近い状態から次第に定石が確保されていく。探索者の死亡者数が激減していく時期だった。

 

 だからこそ、当時最高峰の探索者だったアレクセイ、更科美智子夫婦の死は衝撃を持って迎えられた。

 パパとママが還ってこなくなり、暗い顔をした坂浦宗男長官と鳳の婆様が黒い服を着ていた。何かとても悪いことが起こったのは分かったから怖くて泣いていたのは覚えている。


 ……自分を引き取ったのは坂浦宗男長官だった。

 当時、友人の残した忘れ形見を引き取る際には鳳の婆様も挙手したと聞いている。ただ、当時、鳳の婆様はアメリカのダンジョン探索者協会との提携で東奔西走していて家にあまり帰る暇もなかった。

 家を空ける機会が多いのは坂浦長官も同様だが、同い年になる坂浦尊がいた。今と違って当時の関係は良好といってよく、友達がいたほうがいいだろうと判断されて引き取られたのだった。



(そうだよね。昔は決して長官との関係も悪くなかったのに)


 なぜか関係が悪化し、次第に養父は冷淡さを増していき。その息子である坂浦尊も父に反抗してまで自分に優しく接しようとはしなかった。

 きっかけはなんだったろうか――ナターシャは考え込む。

 

(そうだ……)


 確か……ダンジョン探索者協会の訓練場で、坂浦尊を指導していた長官。

 彼は息子に指導を終えた後、そのままナターシャの指導訓練をやることになり――。


 そこで確か、ナターシャが一本取ったのだ。


(……うそでしょ? いや、そんな訳無いよね)


 もちろん当時の坂浦宗男長官は、デスクワークに移ってしばらくたっていたとはいえ、その実力は折り紙付き。

 あれから年月が経ったとはいえ、今もナターシャはあの冷酷な養父だった男に勝てる自信はない。

 あの日勝てたのは坂浦長官が絶不調、ナターシャが絶好調だっただけのこと。ただの偶然、多分あんなことは二度とおきないだろう。


 けれども、思い起こすほどに――養父の豹変はあそこから始まったように思える。

 まさかそんな……義理の娘に負けたから豹変したのだろうか。


「そんなに小さい男だったなんて……」

「突然割と傷つくこと言われたんですけど?!」


 一緒に電車で横の席に着いていたオリガが憮然とした声をあげる。

 窓から外の移り行く景色を眺めていたナターシャは、過去へと思いを馳せていたけれども……オリガの言葉に意識を現実へと戻した。

 

「ああ、うん。ごめんねオリガくん。

 ……ちょっとパパとママの事を想いだしてたんだ」

「……そうですか」


 二人は現在、電車に乗って探索者協会の本部へと異議申し立てのために移動中だった。

 オリガとナターシャのカップル配信チャンネルは稀に見る急成長っぷり。二人の収益化が認められないなら、いったい誰が収益化するというのだ――そのレベルにも関わらず、拒否された訳なのだから。


「オリガくんこそ平気なのかい? 思ったより落ち着いているけど」

「別な意味では冷静でいられませんけどね……」


 二人のチャンネル登録者数は100万をこえ、いまも上昇を続けている。

 剣鎧童子と、そこから始まるダンジョン探索者へともたらされる新たなる光明。そして今もなお増え続ける諸肌晒し動画。『雄っぱい』と観客のコールする謎の一体感。また新しいデジタルタトゥーが増えてしまった。


 なお、ナターシャは自分も他の観客に交じって『雄っぱい』コールをしたことは隠していた。

 発覚すれば絶縁の可能性があるためだった。オリガくんは自分を雌扱いする奴には容赦がない。


「ぼくの事は別にいいんですけどね。

 裏で手を引いているのは、恐らく坂浦長官だとは思うんですが。実際に陰謀の手先になっているのは別の人でしょう」

「ネットで今回の一件、暴露できるかな?」


 オリガの手に入れた『戦王の剣鎧』はともかく中身は完全なオリガの私物だ。

 いまさらながら恥知らずな手口にナターシャはまた腹が立ってくる。


「難しいでしょうね。『戦王の剣鎧』の中身がないかどうか。

 その証拠はあったとしても隠されているかもしれません。法に訴えても法律に強い弁護士や専門家の数はサカウラよりも多いでしょう」


 本来探索者の権利を守る組織が敵に回っているのだ。これを覆すのはなかなか容易ではない。

 だがオリガは気負った様子もなく、ナターシャを安心させるように笑った。


「大丈夫ですよ、ナターシャさん。

 まずは少しずつ敵の牙城を崩していきましょう」

「でも、どうやって?」


 オリガは彼女の質問に携帯端末を掲げて画面を見せた。

 ダンジョン探索者協会の社章だが……見慣れた日本のものではない。アメリカ支部のものだった。


「日本の探索者協会がぼくらの収益化を陰謀で拒むなら。

 所属の協会を、変えてしまえばいいんですよ」


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