第二十八話 山田オリガくん、妹と罠の成就に微笑む!


「保護者? もちろんいるわよ?」

「鳳の師匠です」

「あたしのお婆ちゃん」


 その名前はナターシャも聞き覚えがあった。 

 日本でも屈指の糸使い。最高峰の後衛、鳳の婆様と親しみを持って呼ばれる人物である。

 実はナターシャも昔、一度だけ顔を合わせて話したことがあった。


 ……彼女の実の父親、アレクセイと更級美智子。

 最高峰の探索者だった二人と、当時はまだデスクワーク組ではなく、実戦に出ていた坂浦宗男長官。

 そして、鳳の婆様。

 チームを組んでいた関係で、昔頭を撫でてもらったことがあった。


 だがチームは、アレクセイと更級美智子の二人のみで、実力から見れば少し浅めの階層を探索中に不慮の死を遂げたことで分解した。

 鳳の婆様は国外のアメリカへと拠点を移し、坂浦宗男は順当にキャリアを積み続けている。


「道理で。 

 でも最近は見ないけどどうしてるんだい?」


 オリガの糸使いは彼女から教わった、と初期の配信でも言っていた。なら国外でアメリカに行っていた際にオリガと接触する機会もあったのだろうか、と考える。


「お婆ちゃんは、ちょっとあちこち色々飛び回ってるよ」

「色々と根回しをしないといけないそうでして」


 じゅーじゅー、と肉の焦げるにおい。

 脂が焦げ、ちょうどよい焼き色になるように、肉を育てるのに夢中になっているのを見ているとやはりオリガはおかん気質なのだろうか。

 ダンジョン探索者に限らず体が資本の人間は、やっぱり健啖な人が多い。

 酒があればグラスを打ち合わせるところだが、水やらお茶やらのコップを打ち合わせて乾杯の音頭を取れば、あとは三人ともあれやこれやと談笑を始める。

 肉の焦げる音と白米を掻っ込み、焼き肉の脂が多く感じればマリネした野菜スティックはさっぱりしていて食べやすい。蕪と葉のスープも脂を流すのにもよく、なんていうか主賓の焼肉の魅力を損なわない程度に副菜としてちょうどいい。

 そんな訳でご飯もいただき、酒がないとはいえ会話も弾んでくる。


 ふと、そこでナターシャは壁にかけられている写真に気づいた。


「……あれ? このお写真」

「ぼくのパパとママですよ」


 オリガの言葉にナターシャは、おや? と首を傾げつつも……以前にしたヒナとの会話を思い出した。

 山田オリガの生誕に関わった人物は、彼を魔術兵器として育てようとしていた。そこを想えば、まっとうな人物ではない。では、この人たちは彼の養父養母なのだろう。黒人のおばさんと白人のおじさん。わかるのは二人に抱きしめられているオリガがとても幸せそうに笑っていることだ。

 今よりも幼いオリガは頭に学士帽を被り卒業章を持って両親とほほ笑んでる。


「これがオリガくんのご両親か」

「ええ」

「そうよ。ケンウェイご夫妻っていうの。あたしもあったけどとっても優しい人たちだったわ」

「ご挨拶に伺わないといけないね」


 結婚のご挨拶の暗喩だと気づかないオリガと、ばっちり気づいてナターシャの足をテーブルの下で蹴るヒナ。

 しかし……本当にいいお写真だった。

 三人とも、とても幸せそうに微笑んでいる。こんなにも穏やかで優しそうな人々に育ててもらえたなら、こんなにも優しい男の子に成長するだろう。


 焼肉のお皿を片付けて皿洗いを始めるオリガを横に見つめながら、ナターシャへとヒナが言う。


「先に釘を刺しておくけど。お兄ちゃんに名字の事を聞かないでね」

「え?」

「オリガ=ケンウェイじゃないっての、お兄ちゃん気にした時期があったんだから」


 それは、どういう意味なんだろうとナターシャは想像をめぐらし……過去のヒナとの会話でおおよその予想をする。


「……オリガくんの名前。山田織雅は隠し名で。本名は八岐檻我、そういってたっけ」

「そうよ。だからお兄ちゃんがもしオリガ=ケンウェイって名前に変えてしまったら、呪術による『縛り』が消えるの」


 あの神代の大蛇怪が抑えを失い、生贄を求めるような狂暴な本性をむき出しにすればどうなるか。

 ちらりと視線を向ける。

 彼の髪を依り代にする神は、また料理酒を盗み飲みし、おしおきにオリガに根っこを掴まれた状態で鎖鎌のように振り回されていたりする。目を回している頭の悪い姿を見せているが……あの時、フロストリザードに見せた威嚇と威圧感は思い出しても歯の根がなりそうになる。あれこそ神だ。対抗不能の暴神。恐怖の威光をまき散らす荒神、人間では対抗できない。


「だからオリガくんは、この優しそうなご夫妻の名字を名乗れなかったわけかい」

「ケンウェイご夫妻は新陰陽寮が探した里親で協力者だったわ。

 八岐大蛇の知名度補正ネームバリューは日本では無類の強度だけど、アメリカではそこまでじゃない。

 お兄ちゃんを日本で養育したら八岐大蛇に自我を吸いつくされる恐れがあったの。だけども……お兄ちゃんには事情のすべてを話せない。

 どうしてケンウェイご夫妻の本当の子供になれないのか、って気にしてた時期があったわ」


 ふぅむ、と頷くナターシャ。

 愛する人に受け入れてもらえない辛さは想像するしかない。

 ナターシャは昔、坂浦長官の家に引き取られた訳だが……あの冷厳な瞳で射抜かれるようになったのはいつ頃だったろうか。

 確かに坂浦宗男は、かつての養父は冷酷だが……それでも友人の忘れ形見であるナターシャを引き取った。果たして死んだ友人との友情に報いるためだったのか、外聞を守るためだったのか。まぁ、後者だろうけど。

 その時だった。

 

「はい、もしもし。

 ……あ、お婆ちゃん?」


 ヒナが携帯端末を手に取り、明るく声を上げる。

 二人の保護者、鳳の婆様、日本最高峰の探索者からの電話にオリガもナターシャも思わず注目する。


「うん。うん、剣鎧童子も戻したよ。場所も指示通り移してるから。

 え? なに? マジで言ってる?」


 だが、久しぶりの祖母との会話なのにヒナの声に険が混じり始める。


「お兄ちゃんとあのスケベ女のチャンネルの収益化が拒否。

 そのうえダンジョン探索者協会から戦王の剣鎧の中身もドロップ品だから、年齢違反で没収って?」

「ナニ馬鹿なこと言ってるんだい?!」


 ナターシャは思わず椅子を蹴倒す勢いで立ち上がる。

 戦王の剣鎧に関してはまだ議論の余地があるかもしれない。しかし……その内部である人工筋肉と骨格、制御系の式神はオリガとヒナが共同して生産したもののはずだ。断じてドロップ品などではない。

 ……剣鎧童子の技術はこのまま研究が続けば大手柄。ダンジョン探索のルールを大きく変える希望の一手になるだろう。


 その未来と成果をごっそり丸ごと横取りしようというのだ。


 ナターシャは腹の中に火酒ウォッカでも呑んだような熱いものを感じる。

 そんな無茶苦茶な要求、答えられるはずがない――そう思ったナターシャは、オリガもヒナも怒りを見せず、むしろ『待っていたぞ』とばかりに微笑んでいる姿を見た。

 ヒナは、兄の代弁をするように、にっこりと笑った。


「そっかぁ。じゃあ……坂浦長官はまんまと釣り餌に引っかかったんだぁ」

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