第二十七話 山田オリガくん、家に女を呼ぶ!




「オリガくん、大丈夫かい? ……凄いね」

「ナターシャさん」


 試合が終われば客席で鑑賞していた人間たちもある程度は近づける。

 当然ながら周囲の視線が集まるのは剣鎧童子。外見こそ全身鎧を着込んだ巨漢に見えるかもしれないが、動くたびに見せる力強い躍動感は本物だ。オリガは携帯端末を取りだして数回のコール。受話器の向こう側で待機していた鳳陽菜の声が聞こえてくる。


『お兄ちゃん、良い?』

「ええ、お願いします」

『オッケー。剣鎧童子召喚、急々如律令!』


 自宅で待機中の陽菜が呪文を唱えれば、すぐそばに立っている剣鎧童子は一瞬で光に包まれ消失する。周囲からは落胆の声、疑似的な瞬間移動にも見える光景に完成があがる。ひとまずはこれでよし。

 そう考えていると、妹の困ったような声がした。


『でもお兄ちゃん。よかったの? 剣鎧童子は使う予定なかったでしょ?』

「そのつもりだったんです。ここで表に出さないこともメリットデメリットがありましたが。

 ありましたが……」

『ありましたが?』

「嫌いな相手を悔しがらせたり屈辱を与えたりするためなら時折後先考えず中指を立てたくなるんですよ」

『アメリカでそれをやったら大変だよお兄ちゃん……』


 オリガはそのまま通話を切ると、ナターシャに目を向ける。


「ご心配をおかけしてすみません。もうちょっと楽に、確実に勝てると思っていたんですが」

「ううん、勝てて良かったよ」


 そう言ってからオリガは、職員に肩を貸してもらって起き上がるサカウラへと視線を向けた。


「サカウラさん。ぼくの勝ちです。今後はナターシャさんに近づかないでください」


 最初の決闘の約束を出されれば、サカウラは目を反らした。

 突っかかり、喧嘩を売り、ルール違反をして――それでも何一つ得るものはなく、悪名でさえかげろうのように消え去っていくだろう。

 トップ配信者だった男はすべてを失い、呆然自失の様子だったが……ナターシャの名前を聞いて何かを思い出したかのように顔を上げた。


「ナタ、助けてくれ、ナタ!」


 数年前に家を出た、かつては幼馴染、家族同然だった彼女に縋りつくような声を上げる。周りに探索者協会の職員たちがいなければ駆け寄って掴みかかっていただろう。ナターシャは……妙な感覚だった。

 八百長試合を強いられ。愛犬を危機にさらされ、いつか報復をしてやると心に決めていた親子たちの片割れ。

 せめて憎々し気な態度を見せてくれれば何も気にせず振り捨てていけるのに。

 ナターシャはオリガに視線を向けて、「行こう」と促す。


「さよなら、坂浦みこと。もう二度と会わないことを願ってるよ」

「離せ、くそっ! このっ!」


 そのまま場を立ち去っていく二人を前に、サカウラは崩れ落ちていく。

 人ごみの影に隠れて見えなくなる姿は、まるで彼の今を暗示しているかのようだった。





「お兄ちゃん、おかえりなさい!

 ……それでなんであんたもいるのよ、ナターシャ」

「ふふん、せっかくの戦勝祝賀会だ。参加して何が悪いんだいっ」


 サカウラとの決闘に負ける可能性などはない――と確信していた妹の鳳陽菜であったが、やはり勝負は水物。

 相手より強いかどうかなんて、結局は実際にやってみないとわからないものだ。心の中にあった一抹の不安が晴れ、明るい笑顔を見せている。オリガは抱き着いてくる妹を抱きしめ返して頭を撫でまわして嬉しそうな顔だった。


「陽菜ちゃんはかわいいですねー」

「んふふふー」

「それでは祝賀会の料理を作ってきますね」

「なんで祝われるほうが料理作るんだい?!」


 ナターシャが後ろのほうで愕然とした声をあげているけれどもこの際は無視だった。

 

「と、言うかオリガくん料理できるんだ」

「……料理って基本的に、目分量で測らずレシピに忠実に従えば問題なくできるように設計されてるでしょ? 

 素人が下手なアレンジするなんて考えずに、ただひたすら作る道具に徹すればいいんですよ。

 まぁ今日は焼肉なので副菜をちょっと作る程度ですから」


 そう言いながらエプロンをつけて厨房に入っていくオリガ。

 事前に祝勝会の準備をしていたので、さっそく小気味よく肉の焦げる音といい匂い、そして「こら! かってに料理酒を呑むんじゃありません!」とにょろにょろに叱責している声が聞こえてくる。

 料理スキルがどっちも不足していると思しき陽菜とナターシャの二人は、祝われるはずの人に飯の準備をさせていることにちょっとだけ居心地の悪さを覚えながらテーブルについた。

 ヒナがせめて配膳ぐらいは、と手際よく皿を並べるが、さすがに他人の家なのでナターシャは勝手がわからず椅子の上でお客様として大人しくしているしかない。

 元の両親を失い引き取られていた坂浦家では、こういう風な事はなかった。

 家専属の料理人もいたぐらいだったし、ぞんざいに扱われていたわけではないけど……家のテーブルで坂浦 尊サカウラ ミコトと向かい合わせになってぼつぼつと話しながら食事を取っていた頃を思い出す。

 そんな風に考えているとオリガがお盆にきちんと火を通すべき肉料理やかぶと葉を使ったスープ、スティック状にカットした野菜をマリネしたものをテーブルにごんごんと置いていく。そして焼肉を載せたお盆を髪から延びるにょろにょろが掴んで銜えて一緒に持ってきた。すっかり第三の腕として活用されている。


「ご飯とかいりますー?」

「焼肉にご飯がないとかむしろ訴えられるレベルだよ」

「女性だとカロリーは気にするかなと思いまして」

「ガンガン動くので問題はないさ」


 それもそうか、と炊飯器ごと持ってきて中央に鉄板を敷き、火をつける。

 

「ナターシャさん、お酒は?」

「二人ともお酒飲めない年齢なのにボクだけ飲酒はさすがにダメだよ。それにオリガくんの髪が……」


 話を聞きつけて『おさけ?』『いまおさけといいましたか』とにょろにょろが頭をもたげている。

 静かにしなさい、と引っ張られる様を見ながら。ナターシャは周囲を見回す。


 二人のこの家。都心から離れているとはいえ立派な一軒家。それに靴箱も結構大きいし、途中で借りた手荒いには複数個の歯ブラシがあった。

 これはこの家に棲む人がもう一人いるはずだ。ナターシャは質問する。


「ところで、二人に保護者はいるのかい?」




※いつもの時間に更新できず、申しわけありませんでした。

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