第二十六話 山田オリガくん、偽君子に心の中で罵倒する!!



 試合が終われば、試合場にかけられていた峰打ち結界(仮称)も消失して、サカウラの受けていた肉体的なダメージも無くなる。

 しかし……体が痛みを感じなくなっても精神に加えられた痛恨の痛みの記憶それ自体まで消え去るわけもない。立ち上がれずに藻掻くサカウラ。その彼の横を……スーツに身を包んだ初老の男性が通り過ぎる。


「山田オリガくん、息子が迷惑をかけたようで……まことに申し訳なかった」


 深々と頭を下げるその姿……ダンジョン探索者協会のトップ、坂浦宗男長官だった。

 彼はしばしオリガへと頭を下げていたが、目に申し訳なさそうな色を浮かべて頭を挙げる。山田オリガがいつまでたっても「お顔をあげてください」と言わなかったからだ。


「君が息子やその良くない友達に対して悪感情を持っているのは分かっている。

 もちろん賠償請求には応じるとも。息子を許してくれ、などと偉そうなことは言えない。ただ親として子を正しく養育できなかった事を詫びさせてほしい」


 山田オリガは穏やかに笑った。


「あなたの謝罪を受け入れます。細かいところは後日」

「ああ、ありがとう……君に感謝を」


 周囲の観客たちは、息子の非行を正直に詫び、賠償などにも応じると快く言った坂浦長官に概ね好意的だった。


『自分とこのクソ餓鬼の賠償もしてくれるとか太っ腹だよなぁ』

『フロストリザードの件って、最悪人死んでたかもしれないんだろ? どれくらいの金額になるんだろ』

『探索者同士のアリーナでだいぶ稼いでるだろうし、ウン千万いくんじゃね?』

『あんなに公明正大なら、今度の都知事戦、やっぱり坂浦長官に入れるか』

『なんだかんだでアリーナの提唱者だし、探索者協会のでかい稼ぎを作ったし。都知事になったらもっと儲けさせてくれそうだよなぁ』


 山田オリガは穏やかに微笑みながらもおおよその事を察していた。

 ……坂浦宗男長官は近々首都の都知事戦に出馬する。サカウラは事前に『戦王の剣鎧』を掛け金に上乗せするように要求していた。もしサカウラが勝ったなら、当然のごとく没収してサカウラか、他の子飼いの探索者に回して戦力を底上げする。

 サカウラが負けたなら、その非を詫びて自分の公正さをアピールし、選挙の支持を稼ぐ。


(……実に汚い)


 ……そんな感想をオリガは我慢して飲み込んでいた。

 そもそも息子の坂浦尊の代わりに謝罪したいのであれば、こんな試合が始まるより先に会いに来て賠償などの話をすればいい。今の今まで引っ込んでいたのは、オリガとサカウラの試合を撮影している大勢の情報媒体の前で自分の宣伝をしたかったからだろう。


 それになにより……こいつは、ナターシャの愛犬、ムクを人質にした主犯なのだ。

 わんわんをいじめるものは死あるのみ。


「みなさん、ありがとう」


 手を振って聴衆に応える坂浦長官。

 そのどす黒い性根の醜さに気づいているのは、オリガとナターシャ、そして……。


「お、親父……すまねぇ」

「……使えんカスが」


 至近距離にいたからこそ、坂浦長官の小さくも突き刺さる侮蔑の言葉が聞き取れた。

 

「う、ぐ、ううぅ……」


 サカウラはうずくまり、くぐもった声をあげる。

 卑怯卑劣な炎上系配信者が敗北し、慈悲深い父親にまで見放されたことで悔し涙を流している……大勢の目にはそんな風に見えるだろう。

 だが実際は違うことを、この大勢の中でオリガとナターシャの二人だけが知っていた。




 オリガの髪のにょろにょろたちが、周囲に散乱したままのカタールを回収し最初の袋の中、カタールを収めていた鞘の中に戻していく。

 そして各々が威嚇するようにカッコよく構える姿を見ながらオリガは呆れたようなジト目で言った。


「いかにも『われわれはおしごとをしましたよ』と言いたげなポーズをしてもだめです」


 にょろにょろたちがオリガのほうへと振り向いた。


『そこをなんとか』『おさけのみほうだい』『われらはいっしんどうたいなので』『誕生日プレゼントとおもって』

「肝心要の場面で職場放棄したのでご褒美は缶チューハイ一本ずつです」

『そんなー』『そんなー』『そんなー』


 なんとも情けない感じのにょろにょろたちに、甘い顔は見せられません、とほだされそうになる気持ちを我慢する。


そうしてオリガの意識が逸れた時、にょろにょろの一本が立ち去る坂浦長官の背を見つめた。オリガの妹、鳳陽菜が『閻魔頭』と呼んでいたものだった。

他のにょろにょろたちも彼の背を目で追う。


『おさけがないなら』『あいつでもいいかも』『ちもなみだもないれいこくむじひなあくにんの』『いのちごいのちとなみだがのみたい』


『でもやっぱりおさけがいいや』『ねー』『ねー』


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