第二十五話 山田オリガくん、容赦なし!!


 剣鎧童子。

 フレームに山田オリガが集めた人工筋肉を搭載し、その装甲をレアドロップ品で覆い隠した機械工学と呪術の結晶。

 内部には式神の中核となる符を心臓の位置にはめ込んだ戦闘用ロボットだ。これこそ山田オリガがここ数年かかりきりになっている研究の成果。


「ちくしょう、こんなの、どうせっ!」


 サカウラはやけくそじみた叫び声をあげながら剣鎧童子ではなく――その後ろで糸を介して式神を操るオリガのほうに視線を向けて突進しようとする。本体を狙うのは悪くない。なかなかの慧眼だと褒めてもいいかもしれない。


「いい目の付け所ですね。

 ええ、剣鎧童子は未だにソフトウェアには欠陥を抱えています。式神の演算能力では、全身の人工筋肉を制御できるほどの能力は足りなくて……ぼくが有線で制御する必要があります」


 オリガが糸を介して意識を伝導すれば、剣鎧童子は主人を守る騎士か何かのように両者の間に割って入った。

 剣を構えて対面すればサカウラにもわかる……根源的な膂力の差。いくら筋力系のバフを受けようも覆し難い圧倒的なパワー。戦っても負ける姿しか想像できなかった。

 だがサカウラにはひとつ分からないことがある。

 アイテムボックスに自分と同じように収納していたのか、と最初は思ったが、重量や質量を無視して既定のサイズの物体を保管できるアイテムボックスは、格納できるサイズに関わらず高級品だ。付け加えるなら要人のいる施設にひそかに危険物を持ち込める代物でもあるので警察や自衛隊が一番神経をとがらせている。

 この剣鎧童子を格納できるサイズのアイテムボックスがあるかどうか……と、言われば、ないわけではない。

 しかし滅多に出てくるものでもない。


「どこから出したんだよ、こんな化け物!」

「いいご質問です」


 オリガはにっこりとほほ笑んだ。


「ぼくのいたアメリカでは、土着の冥府信仰がないために神殿が作れません。代わりに安全な離脱、安全な増援を送り出すための手段として空間転移系統の魔術研究が盛んでした。

 その中でアメリカの探索者協会が注目したのは日本の式神術。律令に従い、疾く来たれ。急々如律令の魔術ですよ」


 実のところ、オリガとサカウラの両者の決闘は新しく視聴者を集めだしている。

 山田オリガが『ロボつくりたーい』という子供のようなアホな願望を目的にダンジョンに潜っているのは知っていたが……ここまで完全な現物がすでに出来上がっていたなどとは誰も予想していなかった。観客席にいる撮影者のカメラが放つフラッシュが激しく瞬いて、目を焼きそうだ。

 

「これは秘密の保管場所から召喚しました。

 将来的にぼくはこれを、探索者の方々の救難信号を受けて送り出す緊急危機回避システム……お助けロボとして運用することを目指しています。

 くくりとしては式神ですが、身に背負える程度の物体ならばいっしょに転移させられますからね」


 ざわざわと観客席からの声が大きくなる。

 実際、これは探索者たちにとっては福音となる研究だった。細かなところはまだまだ未定だろうが……命の危機に陥った際にこんなにも強そうなロボが手助けしてくれる。同時に救援物資も持ってきてくれる。これほど頼れるものがあろうか。


「もちろん、乗り越えるべきハードルはまだまだ多いです。

 ハードウェアに関してはひとまず完成と言っていいんですが……将来的には自律的に行動するようにしたいものの、式神の研究はまだそこまで達していないんです」

「将来的には販売の可能性がありますか!」


 観客席にいた一人の男性が手を挙げて質問する。

 オリガは笑う。


「不完全な代物を商品にする気はありません。まだまだ未完成なのでなんとも」


 オリガもサカウラも、どっちもネットには接続していない。

 しかし、ダンジョン探索協会の職員たちの熱狂の声や、先ほどよりも遥かに多く瞬くフラッシュの光を見れば――世間の視線が今この場に集まっているのが察せられる。

 あちこちから質問の言葉が投げかけられ、オリガは剣鎧童子を制御しながら片手間に返事している。

 この勝負はサカウラとオリガの試合のはずなのに……みんなそんな事すべて忘れてオリガとそのロボットのほうに注目してばかりだ――。


「お前……おまええぇぇ!! 俺とお前の勝負だろうがあぁぁぁ!!」


 サカウラは絶叫しながら剣を構えて突撃する。

 オリガは剣鎧童子の制御を片手間にやっているせいか、反応が遅れる。

 再度の勝機、ではあったろう。だがサカウラの頭は血が沸騰するほどの怒りで満たされていた。


 山田オリガとの勝負。

 卑怯卑劣な手段を用いて勝つ。負けてもいい、姑息で卑劣で悪辣な戦い方をすれば燃え上がる。

 悪名は無名に勝る。炎上系に鞍替えした今となっては、ルール破りこそが正しい。


 なのに、ここで大勢の衆目を集める爆弾をぶち込まれれば、サカウラとオリガの勝負に関しての話題など些事と三日もすれば忘れられるだろう。

 この秀麗な美少年は、自分から悪名さえも奪い去ろうというのか。怒りのまま突進するサカウラ。踏み込みながら体ごとぶつけるような突きを繰り出そうとした瞬間だった。

 横合いから振り上げられた剣鎧童子の剣がサカウラの大剣を跳ね上げ切り飛ばす。

 猛烈な衝撃で腕がじぃん……と、痺れ、苦悶の声をあげる暇もなく――後ろから頭を鷲掴みにする剣鎧童子。凄まじい膂力に抵抗も出来ず持ち上げられる。目と鼻の先の山田オリガは冷酷さを漂わせる眼差しを向けた。


「俺を……俺とお前の勝負だろうが、コマーシャルにするんじゃねぇよ!!」

「あなたがルールを守ってまっとうに戦っていたなら、剣鎧童子を出す気なんて毛頭ありませんでしたよ。

 相手が礼儀を守って正々堂々と戦うならば、礼儀を守り堂々と。

 しかし相手がルールを破り、勝とうが負けようが大勢の衆目を集めさえすればいいと考えるならば。ぼくはその目論見をぶち壊し、ご破算にします。名声さえあれば勝敗などどうでもいい、なんて甘えた考えが許されるとでも? 

 さようなら、サカウラさん。



 あなたのことなんて、三日もすればみんな忘れてますよ」



「く、そおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」



 その言葉こそが、サカウラがもっとも恐れるもの。 

 くい、とオリガが指を捻れば、それに連動して剣鎧童子が動く。

 技名として一番近いのは――ワンハンドボディスラムだろうか。片腕で持ち上げられたサカウラを、脳天から地面へと激しく叩きつける技が決まり手となった。


『勝者、山田オリガ!』


 審判ドローンが勝ち名乗りを挙げる中、オリガは誰にも見えないところでそっと嘆息をこぼす。

  

「思わずついついやってしまいました。

 まぁこれはこれでよし。……坂浦宗男長官が、これで食いついてくれるといいんですけど」 




  

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