第二十四話 山田オリガくん、相手の反則を超える反則で反撃する!


 ばしゅん! どすんっ!

 交互に響き渡る矢の発射音と命中音。

 それが引き起こす敗北への序曲。すでにジリ貧に陥っているサカウラは、この状況でどうにか勝機を見出そうと必死だった。

 その際に思い出したのはアイテムボックスの存在。

 と言ってもよくある様な、運送業界に革命を起こす大容量の代物ではない。そこにはもみ合いなどの超接近戦に陥った際、今手に持っているバスタードソードのような大物ではなく取り回しのいいダガーナイフなどを収めていた。

 サカウラは前日、勝利すると自分自身に言い聞かせていたが、心に澱のようにたまった不安をぬぐえないでいた。

 ここで負ければ父は冷酷に見捨てるだろう。そういう親だ――ナターシャが家を出る前は、あそこまでひどくなかったはずなのに。

 

(そうだ、確か……)


 山田オリガの髪に棲む八本の蛇。サカウラも日本人だ。当然だがあの伝承だって見知っていた。

 八岐大蛇。クシナダヒメを生贄に要求したものの、酒をふるまわれて酔いつぶれて眠り……スサノオに首を討たれた伝説の蛇怪だ。

 前日のサカウラは特に深いことを考えていたわけではない。

 ただここ一番の勝負にトンカツを食べるように、受験生がキットカツトとチョコレート菓子を持つように、ある種のゲン担ぎのつもりで……ビール瓶を適当に10本ほどアイテムボックスに放り込んでいたのだった。

 

 当然だが、試合会場でアイテムボックスから道具を取りだすのは完全なルール違反である。

 しかしだ、ルールを破っての負けか。ルールに従っての負けか。

 炎上系に転向した以上はむしろ人に憎まれ嫌われることのほうが都合がいい。どうせこのままルールに従って戦っても負けは避けられない。それなら徹頭徹尾卑怯に振舞って、反則負けになったほうがいい。


 法や道徳に背いても、大勢の視聴者や人気を得られるのであれば、例え犯罪を犯しても十分採算が取れる。

 そういう考え方をするのはサカウラだけではないだろう。視聴者が多ければ多いほどいい、というシステムが持つ宿痾とも言うべきであった。

 


「うん?」

 

 山田オリガは、順調に勝利へと迫っているはずだった。

 弓矢の残弾は多めに準備して背中の矢筒に備えている。あと数射でサカウラの盾を破壊してしまえるだろう。そうすれば数歩進めばいい。にょろにょろたちの再度の突撃で決着がつく。

 そう考えていたらサカウラが剣を地面に突き刺して、何かを取りだしたのだ。


「喰らえっ!」


 破れかぶれな感じの絶叫と共に数本、ビール瓶を四本、続けて四本、計八本をこっちに投擲したのである。

 サカウラのこの無謀で無意味なはずの暴挙はしかし……山田オリガにとっては実に適切な対処法だったのだ。


『あ、おさけですよ』『おさけですね』『おさけだー』『わーい』

「あ、こら。にょろにょろたち何してるんです!」


 オリガのいう事を聞いている八本の大蛇たちであるが……しょせんは獣の悲しさか。

 目の前においしそうな好物が放物線状を描いで飛んでくると気づくと、あっさりオリガの統率を離れて頭を伸ばし、カタールで一閃。

 そうすればビール瓶が切断され、中身が周囲にばらまかれるところを……カタールを捨てて、にょろにょろたちが顎を開いてキャッチする。そのまま満足そうにビール瓶を逆さまにしてラッパ飲みを始めたのだ。


「勝機!!」


 サカウラが絶叫した。

 オリガは即応して弓矢を放つ――ばすんっ、と強烈な音と共に放たれた矢はサカウラの盾に命中し、さらに亀裂を深くするが……そのまま盾を投げ捨ててわずかでも距離を詰めるほうを優先してくる。

 

『やっべ』『やっべ』『やっべ』 


 そしてごきゅごきゅとビール瓶を飲み干すにょろにょろたち。目先のお酒に釣られて大失敗をしたと悟ったのか、頭をこちらに向けている。それでもまだのんきな顔をしているのは、しょせんこれが生死のかかった戦いではなく、ただの試合だという気持ちが抜けきれないからか。あるいは根っこの部分で繋がっている山田オリガがこの絶体絶命の窮地にも冷静さを保っていることから安心しているのか。

 実際、サカウラはこの時点でルール違反のために負けが確定しているが、それでもオリガに一刀を叩き込んでから負けたのでは視聴者の印象がかなり違う。なんでもありの実戦ならばオリガに勝ったと強弁できるからだ。

 死中に活を見出した興奮と、勝利への確信のまま大上段に振り上げ――。



 その顔面を、オリガの掌打が射抜いた。


「ぶあっ?!」


 中距離戦と遠距離戦は手ごわかった。 

 でも弓使いだから接近戦は弱いはずだ――そういう侮りや驕りをオリガの当身技は正確に打ち抜いた。

 顔面を撃たれ、一瞬怯むサカウラの手首に、オリガの両腕が纏わりつき……一瞬の交錯で相手の五体を一回転させて投げ飛ばしたのである。

 背中から地面に打ち付けられ、サカウラが唖然とする。


「ば、馬鹿な?!」

「別にぼく、接近戦が弱いとか言った覚えありませんが。

 成人間近になっても変質者が年に四回は襲ってくるぼくの実戦経験を甘く見ましたね!」


 地味に同情に値する告白を受け、観客から気の毒そうな視線がオリガに集中するが無視して続けざまに動いた。

 この距離ではサカウラには勝てない。腕を構えて糸使いの力で相手と地面を接着する――が。


「こんなものぉ!」


 ぶちぶちと音を立てて千切れる糸。膝を立てて立ち上がろうとする彼を前にオリガは指を組んだ。

 拘束はただの時間稼ぎ。にょろにょろで十分対応可能だとは思っていたため、ここで使う気はなかったが仕方ない。

 山田オリガも男の子、手札を出し惜しむより、多少の損を無視しても意地を通したいのだ。手印を切り、呪符を飛ばして叫ぶ。


「剣鎧童子召喚、急々如律令!!」


 雷鳴じみた轟音が発され、周囲の視界を霊光が埋め尽くした次の瞬間には――誰もが初めて見る巨大な全身甲冑の怪人が直立していた。

 周囲からざわざわと声が響く中、オリガの両の手指から延びる糸が接続される。


「正直、使うまでもないかと思ってたんですが。まぁ。負けるよりはいいです。それでは改めて」

「ちょっと待てぇ!!」


 現れた存在、まさしくロボであった。


 全身甲冑の巨漢に見えなくもないが、頭部の兜のスリット部分からは赤い光が滲み出ているし、動くたびに関節の稼働音がしている。

 全身から発される圧倒的な力の気配。正直サカウラの百倍は強そうな全身鎧の怪人が、背中に引っ提げていた大剣を構えた。もちろんサカウラからすれば、せっかく勝利を掴んだと思った瞬間にめちゃくちゃ強そうなロボが突然のエントリーだ。文句の一つも言いたくなるだろう。

 だが、山田オリガは穏やかに微笑んだ。


「おかしいですねー。

 ぼくもサカウラさんも、事前のアイテムの使用あり、で勝負の話を進めていたでしょ?

 だからこそビール瓶も合法だし。ぼくのこれも、合法ですけど」


 違反行為を逆手に取られた……!

 サカウラは背中に冷たい汗が流れるのを感じる。確かに相手が自分の違法行為を認めたのなら……アイテムボックスの使用を認めた以上、オリガがどこかからアイテムを持ってくるのも認めなければならなくなる。自分だけ違法行為をやって、勝負に勝って試合に負けるはずが……完全にぶち壊しにされた!

 酒瓶を使ったばかりに相手が戦闘ロボットを使うのも認めなければならないという身から出た錆、自業自得だった。


「反則だろ……!」

「なんのことでしょうねぇ……?」


 自分を棚に上げての発言にこてん、と首を傾げて不思議そうにするオリガ。

 客席からナターシャが「ハウッ♡」と萌えている声がする。

 サカウラは理解する――この美少年……あくどい相手との戦い方が分かっている……!!




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