第二十三話 山田オリガくん、耐え難い屈辱を受ける!!

”オリガくんの冷たい眼差し……軽蔑と侮辱の言葉……”

”美少年に罵られる快感……”

”さっきの映像を素材にさっそくコラ動画作られて吹くw”

”オリガくんにASMR作品を作ってほしいけどどこに申し込めばいい?”

”いや、それよりも観ろよ。責めのサカウラと受けのオリガくんと思ってたけど”

”ガタイの良い男をなじる美少年攻めも良いな!!”


 観客席で固唾を呑んで見守っていたナターシャであったが、目の前を流れていくコメント一覧に「……こいつらはまったく……」といううめき声を懸命に噛み殺していた。

 オリガくんが戦っている。自分を矢面に立たせないために。ますます惚れ直すというのが本音だが、その感動のことごとくをネット民の素直な欲望がぶち壊しにしている。


「オリガくん、がんばれ!」


 気を取り直して試合場で相手と相対するオリガへと応援の言葉を投げかける。

 試合が始まる以上、もうできることはない。ナターシャは椅子に腰かけて、気を静めようとしたところで……試合場の上、VIP用の観覧席に誰かいることに気づいた。


「あれは……坂浦長官?」


 かつては義父と呼んで慕っていた男。両親を失った自分を引き取り養育してくれた厳父。

 そして愛犬のムクを盾にして脅迫し、探索者の新人王争いで八百長を強いた下種野郎。

 正直意外だった。いくら息子が戦うと言っても応援に来るような殊勝な男ではないのに。


『オリガ選手! 準備を急いでください!』


 気にはなったものの、今は試合の応援に集中しよう。ナターシャは意識を切り替えた。





 試合の準備を急かすAIの声を適当に流しながら、持ってきた箱の中身に視線をやる。

 そこへとオリガの黒髪に宿る蛇たちが体を伸ばし始め――そのまま身を起こせば、八本の蛇すべてが口内に刃を銜えていた。


 カタール。


 二等辺三角形のような形の刃と護拳で構成されたインド発祥の刺突武器。

 それらをオリガのすべての頭髪から発する蛇が口内に銜えて構えていた。

 絶世の美少年の黒髪が蛇と変じ、武装するその姿は異教の武神の如き圧迫感を周囲に与える。


「なっ……なん、なんだよそれ、ありかよ!?」

「準備できました」

『両者、構えてください』


 サカウラの驚愕と動揺を無視してオリガが準備よしと伝えれば、ドローンの審判AIが戦闘準備を促す。

 

『はじめ!』



 

 サカウラが攻撃を防げたのはまさに行幸だった。

 視界の端によぎる黒い影。何かの攻撃だと察知し、脊椎反射的に盾で顔を隠すように構えた。


 その次の瞬間には全身を震わす強烈な衝撃が叩きつけられる。


「う、わっ!」


 見れば、切っ先を銜えたまま正面から突っ込んできた蛇が、盾の曲線で弾かれ明後日の方向に流されていく。

 それをゆっくり観察する暇もない――オリガの髪から次の蛇がカタールを銜えたまま次々と突進してくるのだ。その鋭さと速さ、どちらも並みではない。

 オリガの髪の蛇は明らかに質量保存の法則を無視していた。八本に結わえられた黒髪は、しかし彼の体から離れるや否や、拳大の頭と胴体の大きさを持つ大蛇となって突っ込んでくるのだ。

 日本では絶対にありえないサイズ、外国でも至近距離で出くわしたら死を覚悟する必要がある大きさ。

 そんなデカブツが、目視困難の高速で、口に刃を銜えたまま突進してくる。

 ……もしこれが一本だけであったならサカウラもどうにか対処できる。盾で一撃を逸らし、そのまま突進して切り倒すだろう。

 だが、オリガの髪から延びる大蛇の本数は八。

 まさに熟達の槍法家が槍衾を組んでいるに等しい状況だ。


「ぐ、くそっ! こんなんチートだろ!」

「実戦でそれ言います?」


 対するオリガは憎たらしいほど冷静な顔をしている。

 サカウラは反撃をしたい。反撃をしたいが……矢次早に繰り出される刺突の突進はすさまじく重い。この衝撃に対抗するには腰を深く落とし、全身の筋力を総動員するしかない。

 だから反撃に転じるには重心を移動させる必要があるが……たぶんそれをやった瞬間に姿勢が崩れて転ぶ。そうなれば死に体だ。


(落ち着け、落ち着けよサカウラ。蛇だが実際は槍みたいなもんだ。

 射程距離は3から5メートル程度。試合場の端なら射程外に出られる。仕切りなおしだ)


 サカウラはすばやく後退する。

 この絶え間ない連続攻撃からいったん距離を取り、呼吸を整え。再度突撃の準備をしようとした時だった。


「雄っぱい! 雄っぱい!!」

「うわああぁぁぁ生乳! 生ビキニだあああぁぁぁ!」

「興奮のあまり鼻血出して立ってられない人は横になってくださーい」

「やめろ! ボクのオリガくんをえっちな目で見るな! 彼を視姦していいのは恋人のボクだけだ!!」

「…………………………」


 山田オリガが巫女服の上をはだけてマイクロビキニ装着済みの胸板を晒している。

 その当人は試合が始まって一番の大盛り上がりを見せる会場に、無言のままでかなり複雑そうな顔をしていた。


 サカウラはちょっとだけ同情した。

 

 だが、同情なんてのは余裕のある人間がやること。

 オリガの上半身を糸使いの能力によって編み出された人工筋肉が覆い尽くす。その意図は明白だ。

 中距離戦はオリガの八本の髪が威力と手数の多さで完全に封殺する。そして蛇の槍衾も届かないさらに遠距離へと一時離脱するならば……その腕に持つ強弓が威力を発揮する。


 オリガがこの試合に際して準備してきたのは、人工筋肉による筋力の強化を前提とした強弓である。

 距離を離して槍衾から逃れたサカウラに狙いを定め――ばすんっ! と小気味よい快音と共に矢が飛んでくる。


 どばんっ! と強烈な衝撃音が盾に響いた。


 蛇の突撃ほど手数は多くないものの……きりきりと引き絞られ、放たれる矢の威力はこれまでと比べ物にならない。

 これまで突撃を何度も浴びても壊れなかった盾に、崩壊の序曲めいて亀裂が走っている。


(なんだよ、クソ強ぇ……!!)


 勝ち目を見いだすならば踏み込む必要があるが、そうすれば蛇の刺突を掻い潜らなければならない。

 しかしこのままではなんか無言で圧をかけてくる山田オリガに射殺されるだけで終わるだろう。


「雄っぱい! 雄っぱい! 雄っぱい! 雄っぱい!(繰り返し)」


 そしてサカウラとオリガの人気の差を知らしめるように山田オリガを応援する声があちこちから聞こえる。

 炎上系に鞍替えしたとはいえ、ここまで声援の量に差があると落ち込む気にさえならず、いっそ笑えてくる。

 自分もアレくらい応援されれば……。


(……あんまり羨ましくないな)


 サカウラは真顔になった。

 

「雄っぱい! 雄っぱい! 雄っぱい! 雄っぱい!(永遠に)」

「………………………………………………」


 山田オリガがコワイ。

 さっきから無言のまま、耐えがたい屈辱を耐えるかのような鬼気と憎悪を滲ませ、何も言わずにひたすら矢を撃ち込んでくる。殺す気だと言われれば確実に信じたであろう。目をくわりと見開き、唇を噛み、明確な殺意を込めて矢を引き絞る。

 どう考えても八つ当たり。あまりにもムゴイ。

 お願いしますからその矢は観客席から辱めに来ている応援団に向けてくださいと言いたくなる。


 突き刺さる矢の衝撃で、盾に刻まれた亀裂がまた大きくなっていく。盾が破壊されればもう耐えられないだろう。


 どうしてやつの乳首のためにこんなに恐ろしい目に合わねばならないのか。

 サカウラは泣きそうになった。

 

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