第二十二話 山田オリガくん、意外とレスバ強いほうだった!

「さて、にょろにょろたち。ぼくの喧嘩を手伝っていただきますよ?」


 そうして迎えた決闘のその日。

 山田オリガは探索者協会の用意した控え室の中で、鏡に映る自分自身の髪に話しかけた。 

 もしも彼の髪か伸びる蛇たちが、魔術的な契約によって従う使い魔であったなら、事前に相談する必要があったかもしれない。

 しかしオリガの髪に宿る八岐大蛇は、オリガと根っこの部分で繋がっており、以心伝心と言っていい。サカウラとの決闘を控え、オリガはこのにょろにょろたちが考案した戦法を実現できると確信していた。

 だが。

 それでもオリガとにょろにょろには異なる点がある。

 酒癖の悪さであった。

 にょろにょろたちが振り向いて宿主であるオリガを見つめる。


『そうはおっしゃいますが』『われわれは人間同士の喧嘩に関与する気はありません』『勝ってもいみないもん』

「勝ったらぼくが18歳のお誕生日を迎えた日にアルコール飲み放題バーに連れて行ってあげます」

『やったぜ』『やったぜ』『やったぜ』『やったぜ』『やったぜ』


 説得成功だった。あまりのちょろさにオリガは自分の髪に宿る蛇たちが心配になった。(もっともこの蛇たちはオリガ自身の影響を受けているので、彼の感想は盛大なブーメランに他ならない)

 とはいえ、たった一人分の酒代でこの蟒蛇うわばみ八匹を満足させられるなら安い買い物である。もっとも欲する酒量も蛇妖に相応しく、恐らく桁外れ。きっと一度で出禁になるだろうなぁ、と考えている。お店にかける迷惑はこの際無視だった。

 そう思っていると、ドアを開ける音がする。


「オリガくん、そろそろ時間だよ!」

「ありがとうございます、ナターシャさん」

 

 控え室にナターシャの顔を見て、オリガは顔をほころばせた。

 いつもの巫女服にいつもの弓矢、そして秘密兵器を放り込んだ鞄を肩に引っかけ進んでいく。


 会場につく。

 多くのドローンのカメラアイがこっちへと注目している。のみならず、昨今では珍しい人間のカメラマンさえ何人かいた。

 他に試合をやっている人間はいない。あくまでこれはオリガとサカウラの個人的な決闘。他の試合場で勝負をする人々がいても問題はないが……世間の注目度のせいで自主的に注視しているのだろう。

 ある程度会場に近づけば、同様にやってきたサカウラがいる。兜以外の全身甲冑。ただし関節部の可動域の広さに加え……わずかだがモーターの駆動音も聞こえる。パワーアシスト性能を備えた改良品だろう。


「決闘を申請した山田オリガ、坂浦尊両名の到着を確認しました!

 決闘に際してこちらの道具の装着をお願いします」


 差し出されるブレスレッドは見覚えがある。

 知名度補正ネームバリューの効果を抑え込むための道具だ。オリガはそれを装着する。サカウラも同様に装着した。


「さてと、山田オリガよぉ。一つこっちから提案があるんだが」

「なんです?」

「掛け金の上乗せだよ。お前は戦王の剣鎧を賭けろ。こっちは金で」

「やですよ」


 オリガの返事は文字通りにべもなかった。

 むしろ目には軽蔑と呆れの色が滲みだしていた。


「なんでだよ?!」

「だってあなたから奪いたくなるようなものってなにもありませんから」

「金を払うと……!!」

「お金は欲しいですが、すぐじゃありませんし」

「はっ! 絶対に勝つ自信がねぇってことかぁ?!」


 サカウラが嘲り笑うが、オリガはすました顔で答えた。


「前衛と後衛が戦ったら負ける。そう仰ったのはあなた自身でしょう」

「ぐっ?!」


 まぁ、道理は通っている。負けが確実な勝負であったならなるべく損耗を減らそうとするのは当たり前の話だ。サカウラ自身の言葉がそのまま跳ね返ってきた訳である。

 だが気を取り直してサカウラはいやらしく笑った。


「……は、ははっ。つまり俺には勝てねぇと認める訳だな?」

「いえ、全然」

「どっちなんだよ!!」

 

 一転二転するオリガの台詞にサカウラの激怒のボルテージは上がる一方であり。

 オリガは、ふ、とほほ笑んだ。


「嫌いな人の言う事とか、なんでも全部否定したくなりません?」

「……山田オリガぁ! お前、実はけっこう性格悪いだろぉ!!」

「あなたに好かれたいとは微塵も思っていませんので」


 ……こうして罵戦と呼ぶには少し一方的な口喧嘩が終わり、両名はお互いに一定の距離を保って見合う。

 距離にして5メートル。サカウラは『ヘビーナイト』のクラスであり、腕には盾を持つ。オリガの弓矢は強力だが、頑丈な盾を貫通してサカウラ自身を負傷させるほどの威力はない。

 サカウラが盾を構えて突進して接近、一刀を叩き込んで終わり――それがたいていの人が考える勝負のシナリオのはずだ。

 審判AIを搭載したドローンがルールを大まかに伝える。それを右から左に聞き流しながらオリガは鞄を下ろした。


「オリガ、降参するならなるべく早くしろよぉ! お前みたいな女みたいになまっちょろい奴に本気で剣を撃ち込んだら評判悪くなるんだよぉ!」

「これ以上悪くなるほど評判が残ってるんですか?」

「てめえぇぇ!」


 普通こうも華やいだ美少年が、凶相を浮かべる長身の男から恫喝を受ければ怯え、すくみそうなものだが、手もなくあしらわれるサカウラの姿の無様さは視聴者の笑いを誘っていたりする。

 ただ、二人とも勝負という事でコメントなどには目を通していない。開始線へと移動する。



 この時、サカウラは勝利を確信していた。


(へ、へへっ。問題ねぇ、親父が手をまわしてくれた。俺に与えられた知名度補正ネームバリュー封じは偽物だ。加算された力が使えるうえ、前衛後衛の相性もある、勝てる……勝てるはずだ!!)


 父である坂浦長官の陰謀の魔手は、この勝負にも影響を及ぼしていた。

 この状況で知名度補正ネームバリューの効果を封じる道具を装備しているのは山田オリガただ一人。

 口角は自然と吊り上がった。


(……とかそんな風に考えているのでしょうね)

 

 そして、山田オリガはこの不正をなんとなく予想していた。

 ダンジョン探索協会のトップ、坂浦宗男氏が公平な男でないことは把握している。知名度補正ネームバリューによる基礎力増加をかき消され……しかし、オリガは全く動じていなかった。


 こういう類の魔術は『名前』を起点にして行われる。

 山田オリガの知名度補正ネームバリューは確かに封じられているが、オリガ自身は強化された身体能力に頼る気はない。

 

(そう、ぼくの知名度補正ネームバリューは使えませんが。

 にょろにょろたちの力を封じてはいません。あるいは封じられないのかもしれませんけど)


 八岐大蛇にデバフを与えられる呪いなど多分神代の時代でもそうはないだろう。

 オリガは弓を手に、肩に担いでいた荷物を下ろす。


『準備はよいですか?』 

「まだです」

『……早くしてください』


 人工知能の音声に頷きながら、オリガは言う。


「さ、出番です。手はず通りに頼みますよ、にょろにょろたち」

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