第二十一話 山田オリガくんの欲しい武器はマイナーばかり!!

「は、吐いた唾は飲み込めねぇぞ!!」

「そういうのいいから日程を決めませんか? 決闘をやるなら……ええと、一週間後が空いてますけど」


 どこか自暴自棄にも聞こえるサカウラの絶叫に、オリガの返答はどこまでも淡々としている。

 その言葉の冷静さと平静さはサカウラになんとも言えない薄気味悪さを感じさせた。前衛と後衛、戦えば結果は火を見るより明らかなのに。


「決闘をやる際の取引をしましょう。あなたが勝ったらぼくは謝罪します。

 ぼくが勝ったらら……そうですね、ナターシャさんに話しかけたり接近したりするのは厳禁にしましょう」

「へ……へっ! 勝てると思ってるのかよぉ~!!」


 オリガはこの時、計算を巡らせていた。可能なら、あの疑惑まみれのフロストリザードの一件に関して証言をさせてはっきりさせたいが、親の地位と権力がありすぎて下手に追い詰めると自暴自棄にさせかねない。今は彼女の精神的な安全を取るほうが大切だと判断した。

 顔を震わせ、怒りの視線を向けてくるサカウラは……周囲からの視線の冷たさに耐えきれなくなったようにその場から逃げ出すように立ち去ったのだった。

 その背を見送りながらナターシャは言う。


「ど、どうするんだい、オリガくん。

 ああうん。嬉しくない訳じゃないよ? 君を守るのが前衛のボクの仕事だけど、守られるのも、わ、悪くないし」


 ナターシャにとってはオリガくんが自分のために戦ってくれるというのは、一ファンとしても偽装カップルの相方としてもちょっと、いやかなり興奮するが、懸念も懸念もあった。


「勝ち目は、あるのかな?」


 結局はそこに終始する。

 オリガはにっこりと笑って頷いた。


「手立ては考えてあります。

 ただ、少し武器が欲しいですね」

「武器かい?」

「できれば……そうですね、鋼金票などあればいいんですが」

「こうひょう?」


 ナターシャは思わず鸚鵡返しに聞き返した。

 白兵戦を演じる前衛として武器の類には通暁しているつもりだが、オリガが上げた名前は過分にして聞き覚えがまるでなかった。ナターシャの反応に説明が足りないと思ったか、オリガは言葉を付け足す。


「十五雷正法を使う復讐鬼さんの武器ですよ。ああいう武器の先端が欲しいんです」

「うん、一発で分かった!! まちがいなく無いね!!」


 こういう場合、有名どころの漫画に登場していると知識の共有が一瞬で済む。ナターシャは膝を打って頷いた。

 ただ、知識はあっても実際に探索者協会での取り扱いがあるかと問われれば……ない。日本では知名度がそれほどないし、扱いが独特で難しいからだ。

 本場中国でのダンジョン探索協会なら取り扱いはあるだろうが、さすがに決闘に間に合わないだろう。

 ナターシャのその反応もおおよそ予想済みのオリガは、気にせずに歩き出す。


「では他の武器です。

 ジャマハダルカタールを当たってみましょう」





 

「ちくしょうちくしょう……なんでこうもうまくいかねぇんだよくそがよー!!」


 配信者サカウラは自分のために父が用意したオフィスビルの一角、専用の事務所に帰宅した後悪態をついていた。

 名前が放送されたに等しい雇われの探索者二名、以前のマッチポンプの一件に関わっていた……ヒグレとタカナシの二人はほとぼりが冷めるまで海外に移住していろ、と父に命令され、もう高跳びしているだろう。

 

 サカウラは落ちぶれつつある。最盛期は900万もいたフォロワー数は400万を切った。

 今もフォローしている連中の何割が疑惑にまみれた探索者を応援しているだろうか? むしろサカウラの凋落と破滅をポップコーン片手にのんびり鑑賞しているだけなのではないだろうか。

 決してうがった見方ではない。

 最悪の現実から目を背けるために酒瓶を傾ける。

 それでも恐怖と不安で、救いとなる泥酔にはほどとおい状態だ。

 そんな風にやけくそになっていた時だった。


「なんだよ、このクソ忙しい時にっ!」


 携帯端末からの呼び出し音。

 もしこれが雇われ探索者たちのものならば、特に気にもせずに無視しただろう。

 だが呼び出し音が、父である坂浦宗男さかうらむねおからのモノだと気づくと、一瞬で顔が青ざめる。


 探索者協会に在籍する元探索者であり英雄。上の世代たちの中で最も名が知れた男だ。

 時限爆弾でも取り扱うような慎重な手つきでそっと通話を始める。


『失敗したな』

「と、父さんっ」


 まるで喉を締め付けられているような精神的圧迫感を覚える。

 笑顔一つ見せたことのない冷厳な父。怒っている訳でもないのに、サカウラの顔はすでに死人めいて青ざめている。それは父が我が子を精神的に完全な支配下に置いている事への表れのようだった。


『だが別に構わん。挽回などどうとでもできる。後でマスコミを動かしてやる』

「ししし、従うっ! どうすればいいんだ!」

『悪名も名声だ、気にすることはない。お前、奴に改めて掛け金の上乗せを要求しろ』

「えっ?」

『戦王の剣鎧だ。アレを要求すればいい』


 当然だかサカウラは父の発言に言葉を失った。

 確かに父のバックアップなければこれほどまで大勢のフォロワーを獲得できなかっただろう。

 炎上系として鞍替えし、減少傾向にあったフォロワーもわずかだが上昇している。しかしこれまで続けていた動画配信では、『いいね!』の数は減り、『わるいね……』の数は増加の一方だ。割合は悪評がどんどんと増えている。 


 そんな自分が決闘で相手からレアドロップを奪い取り、その全身甲冑を纏ってダンジョン攻略をすれば視聴者の神経を逆なですること請け合いだ。視聴者は増え続け、書き込みには罵倒や侮辱が山ほど並ぶだろう。


「無理だよ、父さん……」


 顔面蒼白になりながらサカウラは呻いた。勝って鎧を手に入れ、実力を強化して待っているのがフォロワーからの冷たい視線だなんて、到底耐えられる自信がなかった。

 他者からの賞賛や羨望は心地よかったけれど、今度から100万単位の人間から罵倒されるのは、きつい。

 だが、息子の気弱な台詞に坂浦長官は鼻で笑うのみだ。


『バカな餓鬼が絶対に負ける勝負を仕掛けてきたんだぞ? なぜ乗らない』

「あんたは他人だからっ! 実際にやってないから!!」


 前衛と後衛が戦う。

 そんな勝負を受けるなんて、まさか思ってもいなかった。ナターシャがそれを代わりに受けたなら「女の影に隠れる臆病者」と話を続けられたが、まさかほんとに勝負を受けるとは。

 サカウラも実際に相対していなければ、今の自分の怯懦を笑うだろう。

 しかし……頭の髪に大蛇を住まわせるあの少年の、あの自信。勝ち目などない勝負を挑む自暴自棄のバカと見下すには無理がありすぎた。だが、父にはそのあたりは分からない。

  

「それに……父さん。俺は……ナターシャに犬を人質に取ったこと許してもらえてねぇんだぞ。

 ナターシャの相棒をぶちのめしたらますます関係の修復なんてできなくなるじゃねぇか」


 まだ、サカウラにも良心の咎めが残されていた。

 ……思い出すのは過去の悪業だ。ナターシャの両親はダンジョン探索者だったが、そのさなかに死亡。二人の娘だったナターシャは小さな子犬と一緒に引き取られてきた。

 大きくなって可愛がっていた愛犬のムク、サカウラだって可愛がっていたのに……。

 だが帰ってくるのは父親からの叱責だった。


『バカ者! お前がそんな風に情けないからこそ、私が四方八方手を尽くして宣伝を打ってやったのだぞ!』

「け、けど父さん……ナターシャが強いのは本当だぜ。俺は……」

『あいつらの娘に……他の誰でもない、あの二人の娘に負けるなど許さんぞ!

 わしはもうじき都知事戦に出馬するのだ、お前をこれまで勝たせたのはその知名度が役に立つと判断したからだぞ! 役立つところを証明して見せろ!』


 激しい叱責を受け、サカウラは反射的に首をすくめる。幼い頃からの性分、体に染みついた恐れや怯えの心はそう簡単には拭いきれなかった。


――たかが犬ではないか。使って何が悪い――


 サカウラは昔の、父の言葉を思い出す。

 自分をダンジョン探索者の若手部門で優勝させるために様々な盤外戦術を使いつくした父。

 明らかに精彩をかいたナターシャの動き。兄弟姉妹のように思っていた相手から向けられる軽蔑と憎悪の眼差しに動揺し、なぜ、と問うたのだ。


「たかが犬って……でも犬だぞ? 家族の一員だぞ……?」


 相手からすればどれほど取るに足らないものであろうとも、その人からすれば大切なものかもしれない。

 父はどうしてそんなことも分からないのか。サカウラは溜息を吐いてがっくりと項垂れた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る