第二十話目 山田オリガくん、名台詞を捏造する!!


 過去の因縁を口にして少しは気が晴れたのだろう。

 少し休憩を挟んで、また訓練に立ち上がるナターシャ。

 オリガもそろそろ射撃レーンに入って弓矢で動き回る目標を狙い撃つ訓練に入ろうとしたその時だった。


「おーっとお目当ての二人はっけ~ん!!」


 ドローンのローター音が響いている。

 どこかで誰かが配信でもしているのだろうか? だがこの訓練場内での撮影、配信行為は事前連絡が必要なはず。運営委員会からは何のアナウンスもなかった。にも関わらず撮影を強行しているのだろう。

 広告数や視聴者の数で収入が増えるしくみの弊害だ。

 法や道徳を守るより、人に迷惑をかけてでも視聴者を増やしたほうが効率がいいというシステムが炎上系や私人逮捕系などの犯罪者を生み出してしまった。彼もまたその一人。


「……サカウラさん?」

「アイツ、また……オリガくん、ぼくの後ろに」


 オリガは困惑気味に、ナターシャは怒りを隠そうともしない。

 ずかずかと大股でこっちに近づいてくるサカウラ。オリガは彼の立ち振る舞いに大きな変化を感じた。

 以前の彼は堂々とした美丈夫、正統派の男前といった印象だった。だが今の彼は口元に嘲りせせら笑うような表情を浮かべ、上から見下すような視線を放っている。

 容姿はそのままでも、首にじゃらじゃらと纏わりつかせたネックレス、サングラス、あからさまにキャラ変している。


「よーよーよ~やってくれたじゃんか、オリガよぉ」


 馴れ馴れしい。まるでチンピラが難癖をつけようと迫ってきたようだ。

 ナターシャは目を細めて応える。


「情けないねぇ、サカウラ! いくら人気が絶不調だからって炎上系に鞍替えか!」

「俺ぁ、自分で言うべき主張をあげてるだけだぜぇ!!

 俺は被害者だぁ! あのタイミングで、フロストリザード相手にニューパワーに目覚めるとかどう考えてもやらせだろぉ! 俺は巻き込まれただけだぜ!!」


 そういう事か、とオリガは納得する。

 ……まるで知名度補正ネームバリューの負の側面を見たような気分だった。 

 サカウラは疑惑の渦中にある男だ。フォロワー数は激減し、彼の知名度は転落の一途。それを補うために他者に嘲笑と暴言を繰り返す炎上系のキャラに変えて再び人気を取り戻そうとしているのだろう。




 悪名は無名に勝る――知名度補正ネームバリューがあるとこういうやり方をする男も出る。


「サカウラさん」

「お、謝罪会見でも今からしてくれんのぉ?」

「そういうやり方は未来がないですよ?」


 オリガは堂々とサカウラの豹変に釘を刺した。

 炎上系はみんなの嫌われ者だ。確かに人から注目を浴びることができるだろう。一時的にならかつて失ったフォロワー数を取り戻せるかもしれない。

 しかし彼に限らず炎上系は人に嫌われる言動や行動を繰り返す。探索者は危険なダンジョンに分け入って危険を排除し、様々な物品を回収し人々の敬意や尊敬を集める仕事だ。

 そんな尊敬を集めるべき探索者と配信者の二足の草鞋を履く人が、炎上系などやったところで長続きなどしない。


「誰が……誰のせいだと……」


 だが、額に青筋を浮かべてはっきり激怒したサカウラ。

 たぶん、彼の配信コメントには『お前のせいですぅ~w』とからかい嘲るコメントが山ほど乱舞しているだろう。

 そのオリガへと指を突きつけるサカウラ。


「決闘だぁ! てめぇのせいで俺は人を嵌めた卑劣漢呼ばわり!

 助けに行ったのに恩をあだで返すとはまさにこのこと! ゆるせねぇ!!」

「いいだろう、相手になってやるよ」


 そこに割り込むのはナターシャ。さすがに彼女も後衛のオリガとサカウラを戦わせて勝ち目があるなどとは思っていない。

 だが――オリガはそこでいう。


「必要ありませんよ、ナターシャさん」

「え?」「なにい?」


 オリガは前に進み出てサカウラを見た。


「これはぼくの喧嘩になります。

 最近人気が落ちかけてきたサカウラさんが、最近人気の出てきたぼくのチャンネルとコラボして人気を呼び込もうとしたけど断られ。何とか絡みを持たせようとして、あんな風にやらせ番組を作ろうとし。結果大失敗して炎上系に鞍替え。

 本来なら相手の許可なしで撮影が禁止されている場所で今も配信を続けている。とても感心できません」


 ナターシャは、この天使のように愛らしいと思っていた少年の唇より発せられる舌鋒の鋭さに驚きさえ感じていた。

 弾劾の言葉を受けて蒼褪めるサカウラ。この花も恥じらう美少年から明確な敵対の意志を見せられはっきりと狼狽えている。

 オリガは目を細めた。


「前衛のサカウラさんと後衛のぼく。一対一で戦うならぼくに勝ち目はありません。

 そこでナターシャさんが割って入ったなら、『女の尻に隠れる臆病者』呼ばわりして視聴者の非難を稼ごうとしましたね?」

「き、決めつけんな!」

「はい。決めつけです。ですが、恐らく何を言ってもぼくに対する誹謗中傷をやってくるおつもりですよね?」


 炎上系はとにかく人に嫌われる言動をすればするほど注目が集まる。

 サカウラの狼狽え方を見れば何かの難癖をつけようと画策していたのは確実だろう。


「ご希望通り決闘をしましょう」

「……は? はは、何言ってんだお前! 後衛が前衛に勝てる訳ねぇだろ!」


 それは探索者の基本だ。

 前衛は後衛がいなくても戦う事ができるが、後衛は前衛がいなければ戦う事ができない。

 ただし後衛は前衛を何倍も強くすることができる――が、アリーナのような、一対一の戦いで後衛は前衛に勝てない。


 だがオリガはそんな相手の常識を無視して応える。


「ジョ〇・ウィックはこういいました。『わんわんをいじめるものは死あるのみ』と」

「お、オリガくん! ジョン・〇ィックはそんな事一言も言ってないよ?!」

「でも言いそうじゃありません?」

「……それはまぁ、確かに」


 あの映画の主人公ならそういう台詞を言いそうだ。言いそうなイメージだけだが。

 オリガは前に立つ。彼女を庇うように、だ。

 

「ナターシャさんはぼくとカップルなんですから。

 ぼくはナターシャさんを守ります。

 あなたがいじめられたりひどいことを言われたりしたら、ぼくは誰であろうとも戦いますよ」

「ハウウウッ♡♡♡ もう、どうして的確にボクの性癖を打ち抜いてくるんだよぅ……♡」


 その台詞に顔を赤らめて身を震わせるナターシャ。かわいい男の格好いいセリフにときめいてメロメロになってしまっていた。

 同じように状況を見守っていた観客も顔を赤らめていたりする。


『や、やだ……イケメン///』

『濡れた』

『勃起した』

『抱いてほしい……///』


 なお全員男だったが、オリガは割と慣れっこだったので平気な顔である。

 だが、そんな二人の会話にサカウラは傷ついたような顔をナターシャに向けた。


「な……なんだよ、なんで俺ばっか悪人扱いするんだよ!」


 オリガもナターシャも悪人扱いはしていない。

 残念ながらダンジョン内におけるアクシデントは実証が難しい。サカウラがやったことはたまたま偶然と言われば否定することができない。疑わしきは罰せず、が法律では基本だ。

 だが視聴者はそうではない。

 彼らは別にサカウラを積極的に加害したわけではないが……ダンジョン探索をアップする探索者など彼以外にも山ほどいる。疑惑の男に対する反感からフォロワーはなおも減少の一途をたどっているのだろう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る