第十五話 山田オリガくん、なんかイヤな人と絡む!

”あ! 映像復旧した!!”

”いきなり接続キレてどうなったかと思ったけど、生きてた……良かったぁ……”

”無事だった?”

”てか……そこのフロストリザード倒してる?”

”うへぇ、安心したけど今度はグロくて引いてる”

”丸焦げに全身複雑骨折って感じか。どうやったの?”


「みなさん、ご心配おかけいたしました。

 フロストリザードはなんだかぼくの「メデューサ」スキルがうまいこといって一体を撃破。もう一体は逃げました」


”エッ”

”モンスターって基本的に「人類抹殺マシーン」でしょ? そんな連中が逃げたの?”

”いったいどんなコロコロし方をしたんだろ……”

”うわぁ……メデューサっぽくオリガくんの髪が蛇になってる”


「なんだか、このにょろにょろたちの考えてることが分かりますね。……酒飲みたい?」


”酒乱w”

”まぁそうよね。八本頭の蛇となったら、ね”


 たぶんだが、ナターシャと同じような想像に行き当たった人は事の他多かったのだろう。

 だがオリガは面白そうに笑いながら否定した。


「皆さんも想像力が豊かですねー。ぼくの髪から出てきたにょろにょろが八本だからって。

 あの大蛇にしてはちんまくて可愛いじゃありませんか」


”お、おう”

”なんか火噴いたり水だったりしてんだけど……ヨシ! ……ヨシかなぁ”

”というか、確かにあの神話の大蛇も属性なんてなかったよな?”


 フォロワーとの会話が盛り上がるオリガであったけど、ナターシャはオリガにそろそろと足を忍ばせて近づいた。

 手が冷たい。かじかんでいる。体が寒いので人肌が恋しかった。


 ナターシャはそこで考える。


(人肌が恋しい……手手手、手がさみゅい……)


 まるで吹雪が形を作ったようなフロストリザードと接近戦を演じたのだ。体のあちこちが寒い。

 後ろから抱き着いて美少年を湯たんぽがわりにしたいところではあったけど……今はオリガの後ろから抱き着くのはちょっと怖い。以前威嚇された蛇たちの何本かが『あ、このまえのやつだ』『えっちなことしようとしたやつだ』『かむ? かむ?』という感じの視線を向けているのである。


「お、オリガくん。さむいよぅ」

「え? これは失礼しました」

 

 そこで相棒がかたかた震えていることに気づき、オリガは手を差し伸べる。

 そしてナターシャの手を取ってすりすりと撫で始めた。


「ありがとう、オリガくん……」

「いえいえ」

「さっき後ろから抱き着いて襦袢のあわせから手を突っ込んで雄っぱいで暖を取ろうとしてごめんね」

「にゃに考えてんですか!」


 動揺して声が揺らいでも仕方あるまい。けれどもオリガ自身の性根の優しさを証明するように先ほどフロストリザードを焼殺と圧殺で始末した火の蛇がにょろにょろとうごめき、近づいてその火勢でナターシャの体を温め始める。


「わぁ。にょろにょろは気が利く子ですねぇ」

「こんな煩悩まみれのボクに対してこの反応……天使かな」


 まぁおかげで体力も回復した。

 オリガとナターシャの二人は関係者各位に礼を言って、ダンジョンの中間地点にある神社を再度目指すのだった。




 だが、そこで二人は嫌なものを見る。

 ドローンのローター音。

 交戦後の荒い息遣い。鼻腔をかすかにくすぐるのはアドレナリンなのだろうか。オリガは敏感になる自分の感覚に驚いた。

 あるいは自分の頭髪でにょろにょろしている蛇さんたちの……野生動物特有の鋭敏な嗅覚によるものだろうか。


 進んだ先で戦いが終わった直後らしい連中――人数は三名ほど。

 ただその中の一人の顔は誰もが見知っていた。


「……坂浦尊さん?」

「チッ……」


 オリガは意外そうに。ナターシャは吐き捨てるように、戦闘直後の男に視線を向ける。


”……あれ”

”なにこの連中……めちゃくちゃメタってない?”

”……このタイミングでこの位置、この装備……”

”いや、待て早計だ。まだ疑惑段階、疑惑段階なんだが……”


 オリガも彼らの武装を見て目を丸くした。

 全身を保護する鎧はこの階層よりも深い領域でドロップする一級品。それだけで彼らがもっとも効率よく稼げるのはここよりも深い階層になる。

 問題は……リーダーらしきサカウラ ミコト坂浦尊の剣が、燃えていること。

 後ろに控えているのは支援系の魔術師職だろうか。最近は数が希少になった系統の探索者だ。

 ナターシャははっきりとこの男を敵だと認識する。


 そこでオリガとナターシャに気づいたのか、サカウラは引き攣った笑顔を浮かべた。


「あ。ははっ! き、君たち、無事だったんだね! 俺は君たちが危険なモンスターに絡まれてるって聞いて大慌てでやってきたんだ!!」

「嘘臭いね……相変わらず呼吸するだけで毒気撒くみたいなやつだなキミは」

「あー、ナタさん。お知り合いです?」


 ナターシャ=更級は決して礼儀知らずではない。相手を不快にするような言動は避ける。

 にも関わらず喧嘩腰なら、それ相応の理由があるはずだ。ナターシャは、ふぅー……と大きく呼吸した。


「……証拠がないから何も言えないけど、昔こいつに人質を取られた」

「ひ、人質なんて人聞きの悪い! ただの犬じゃ……」


”は???????????”

”はぁぁぁ?!”

”ちょっと今のどゆこと……”

 

 それが失言だと自覚したのだろう。サカウラは顔を蒼ざめさせる。

 

「あっ! もしかして!」


 そこで空気を読めないオリガの驚きと喜びの声が響いた。

 明らかに有名人に会ったかのような感動の言葉にサカウラは己の自尊心が回復するのを感じた。そうだ、自分は国内でも最大の850万フォロワーを誇る有名人で、この美少年がいくら波に乗っているからといって疎かにしていい相手ではないのだ、と鼻息を荒くする。

 

「ああ、そうさ! 俺こそが日本最高の探索者、サカウラだよ! よろしくな、オリガ!!」


 そう言って親しみやすい好青年をアピールするサカウラに対して、オリガは――振り向くことなくスルーし、彼のそばにいた探索者……雇われの男二人に声を掛けた。


「お二人は探索者のヒグレさんとタカナシさんじゃないですか! 

 直にあった訳ではありませんが、ダンジョン探索の最先端部分で戦ってるお二人がどうしてこんな浅いところに?」

「っ?!」「えっ……!」


 その二人は自分たちの素性が一発で看破されたことに驚愕を隠せず、反射的に顔を隠す。

 ナターシャはこの二人が後ろ暗い行為に加担した事をやましく感じているのだと悟った。

 

”え? ヒグレにタカナシ? 名前だけは聞くけど配信はやってないプロ探索者じゃなかったっけ?”

”こんな高ランクの探索者と顔見知りになる機会、どこにあったの?”


「ええ。以前ダンジョンの神社設営の時に……あっ」


 コメント欄に出てくる言葉に特に考え無しに返答しかけたオリガであったが……その応えの中には、できるだけ伏せたほうがいいと追われていたものがあったと思い出した。

 これが一人二人が相手なら聞き逃した、と期待できたかもしれないが……相手は10万単位の膨大な数の視聴者。そしてアーカイブに記録されているのだから誰かが気にして検証をし始めれば隠し通せない。

 100人程度のフォロワーしかいなかった時代とは違うのだ。


”え? ダンジョンの神社設営って……人類未踏破階層の最前線のアレ?”

”確か探索者の中でもトップエースを大勢集めて牛歩みたいな速度で安全確実に探索する奴だよな”

”半年ぐらいトップを集めるけど、そこに呼ばれるってめっちゃ名誉じゃん! オリガくんそこにいたの?”


 たった少しの失言からさまざまな事実が読み取られてしまう。

 だがオリガはそれで動揺する事はなかった。確かに隠したほうがトラブルは避けられるが、バレたらバレたで仕方ないと開き直る。


「ええ。皆さんには隠していましたけど。ぼくが科学系の配信を半年ほどお休みしていたのは、お師匠の鳳婆様に最後の試練として参加を命じられたんです。

 もちろん前線メンバーではありませんが、ぼくは糸使いです。ナターシャさんに行ったように糸を繋いで魔力の受け渡しができるんですよ。そこで最前線の神社に籠って前線メンバーさんに魔力をガンガン注いでたり、人工筋肉を付与してました」


”ナターシャに使ってたけど。だいぶ動き良くなってたもんね”

”そういやオリガくん、配信再開した当初はバイト先が『オホーツク海のカニ漁船みたい』と言ってたわ。……実入りは良いけど過酷とは聞くしなぁ。お疲れ様です”


「まさかお前……あの時、『戦王の剣鎧』を手にし……?!」


 だがオリガの言葉で何か重要なことを思い出したのか、雇われの漢は気色ばった顔で掴みかかって問い詰めようとする。

 咄嗟に間に入ってかばおうとするナターシャ。だが彼女にも先んじてオリガは手を翻した。放たれた糸が――まるで傷口を縫い合わせる縫合のように、雇われ探索者の唇を縫い合わせて発言を封じ込めたのである。


「……ドロップ品の分配に関してはお互い口外厳禁。そういう約束でしょう?」


 しー、と人差し指を唇の前に立てて沈黙を強いるオリガ。


”確かに今のはいただけないよな”

”なんか変なのに絡まれるよね、お兄さんが慰めてあげよう……”

”ホモォ……”


 オリガはナターシャと視線を合わせると、そのまま一礼して去っていくことに決めた。

 ……突然現れた深層のモンスター。その深層のモンスターに対して最も有効なメタ装備で固めた有名配信者。作為的過ぎて嫌になるほどだ。

 背を向け立ち去ろうとした時に、サカウラから声が投げかけられる。


「お、おいっ! ナタ!」


 振り向いてサカウラを見る彼女の視線は、氷よりなお冷ややかだ。サカウラと言葉を交わすことさえ厭わしい。そんな気持ちが両目から溢れ出ている。

 サカウラは叫んだ。


「君さぁ、いつまで意地張ってるんだよ……さっさと戻ってこいよ」


 オリガは気づかわしげに視線を向け、ナターシャはそれに悲し気な表情で頷く。

 二人はそのまま歩き出した。


「なんで無視するんだよ……俺たち幼馴染だったのに、なんでそんな冷たいんだよぉ!」

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