第十二話 山田オリガくんを悪の罠(もしくは味方)が狙っているぞ!!



 知名度補正ネームバリュー

 配信者が万バズしたりと、あるきっかけで知名度を大幅に上げた時に発生する現象だ。

 知名度が伸びれば伸びるほど、当人の身体能力や魔力など、基礎的なスペックが爆発的に上昇すると言われている。オリガやナターシャのように何十万もフォロワーを増やした人間ならその力は以前の比ではないだろう。


 しかし、知名度補正ネームバリューには一つの大きな欠点もあった。

 知名度は常に一定、あるいは常に上昇するわけではない。物事には流行り廃りがあり、配信する探索者たちも例に漏れない。

 知名度が下がれば強化された力も相応に下がる。その感覚のズレは決して侮れず……不祥事を起こし、フォロワーを大幅に減らした探索者が自分の記憶と実際の体の動きの差に戸惑い、本来なら負けるはずがない相手に実力を発揮しきれず、死に至ることもあった。

 超一流の探索者は知名度補正ネームバリューの欠点を嫌い、配信業を行わない人も大勢いるという。




 そして、知名度補正ネームバリューには一つの裏技が存在した。

 知名度を上げるには何も馬鹿正直にダンジョンを探索し、危険と隣り合わせの中で名声を稼ぐ必要などない。

 コマーシャルを繰り返し、企業スポンサーを取り付ける。中心となる探索者はなるべく容姿に優れた人材を起用する。

 もちろん実戦に耐えうる実力程度は身に着けてもらわないと困るが、公開される戦闘シーンでは事前にモンスターを弱らせておく。なるべく華々しく劇的に勝てるように段取りを組む。

 その映像を見るのは、ほとんどが素人だ。プロが時々ヤラセだと囁くが……大資本の力なら検閲削除でどうにも黙らせられる。張りぼての実力に懐疑の目はあるが、煙に撒く手段は山ほどあった。



『準備は良いか!!』


 探索者の男は少し白けたような気分で携帯端末の声を聴いた。

 視線の先にいるのは長身で筋骨たくましい美男子がいる。坂浦 尊さかうら みこと、そのルックスと長剣を振り回して戦う派手なスタイルで人気を博している。

 フォロワー数は850万。

 まちがいなくこの国でも最高ランクのだ。

 そう……最高ランクのではあっても最高ランクのではない。

 彼はその整った容姿に苛立ちの色を浮かべて、スタッフに怒鳴った。


「いいかお前ら! しくじるんじゃないぞ!」

「へいへい」「あいよー」「ちょっと待ってて」


 仕込み役になる雇われ探索者たちがやる気のない返事をした。

 ……この仕込みの主役、輝かせるべき男から発せられる焦りが滲み出た声。落ち着かない雰囲気は自分の落日が近いことを自覚しているからだろうか。

 日本最高峰の配信者、坂浦尊。

 彼のメッキは剥がれつつある。当初はその長剣を生かした戦いやルックスから人気を博したが……力一辺倒で技巧を感じられないスタイルに飽きが来たのか、徐々に少しずつ……しかし確実にフォロワー数を減らしている。一時期は900万だったフォロワーはじわじわと減り続けていた。

 当然ながら視聴者を繋ぎとめようと様々な企画を立てたがどれもうまく行かない。


 そこで坂浦尊ことサカウラと彼のスタッフが目を付けたのは……最近大ブレイクを繰り返している『ナチュラルボーンドスケベ美少年』山田オリガとのコラボだった。

 少しフォロワー数を減らしたとはいえ、サカウラは未だにトップを走る配信者だ。

 勢いのある彼とコラボすれば人気も取り戻せると踏んでのことだったが……山田オリガのマネージャーを名乗る鳳 陽菜という相手からお断りメールを返されたのだ。


 それが、まさに自分の落陽を突きつけられたような気がして……許せなかった。


「そぅだ、俺はまだまだトップ配信者のサカウラだぞ……俺の誘いを断りやがって、あの餓鬼許せねぇ……! ナタの奴もだ、アリーナで俺に負けた分際で何アイツ勝手にまたのし上がってんだよクソがぁ……!!」


 整った顔立ちなのに、心の奥から染み出る自己中心的な思考と暴力の気配――それこそがファンの離れる理由だと自覚はないのだろうか?

 ま、良いか、と雇われは考える。

 こいつはどうでもいいが、こいつの背後……ダンジョン探索者協会の重鎮、坂浦長官を敵に回すのだけは避けたい。

 

 ここよりさらに地下、深層に出現するモンスターを転移魔法で引っ張ってきて、山田オリガとナターシャ=更級に人為的な危機を引き起こす。そこに予定されるモンスターのメタ装備で固めたサカウラが助けに行って人気を稼ぐ戦法だ。


 そんなにうまくいくのかね、という冷ややかな雇われたちの視線にも気づかず……サカウラはニヤニヤと笑っている。

 これから先、フォロワーを取り戻し自分が返り咲く姿でも想像しているのだろうか。勝手にしてくれ、と思いながら彼らは配置についた。





「ああ、その前に一つやるべき事があるんだ。オリガくん、少し向こうを向いてくれたまえ」


 山田オリガは前に進もうとして、ナターシャの言葉に首を傾げる。だが断ることはない。


「わかりました。地蜘蛛陣グランドネストを張って索敵し、安全を確認します。……どうぞ、早めにしてくださいね」

「うん。よし。もういいよ」


 その言葉にオリガは振り向くのだが……いじめっ子のようなどこか邪気の溢れる笑顔と……その恰好に思わず後ずさった。

 どこかに隠し持っていたのか、今のナターシャは冬用のロングコートを身に纏っているのだが……首筋に服の襟が見えないことから素肌の上にそれを纏っているのが分かった。見える足元だってズボンをはいてない。たぶんロングコートの下は半裸か全裸だ。


”Σ(゚∀゚ノ)ノキャー”

”突然なんで露出狂みたいな格好になってんのこの女!!”


「伊邪那美様の神前ではさすがに控えるべきと思って。ふふふ」

「え?」

「そろそろ人工筋肉の着装をお願いするよ」


 そう言うとナターシャはオリガの前に立って……そのままがばぁっ、と服の前を開いた。

 予想通り下には黒系のセクシー系下着を着ていてほぼ裸同然。そしてカメラからその半裸同然の姿を撮影されてアカウントをBANされることを恐れたのか、ちゃんと撮影用ドローンのカメラ射角からは背中しか見えないようにしている。

 こうしてみてみると、肉感的な裸像を見ているようだった。

 豊かに突き出た乳房。常に服を着ているからか肌の色は殊の外白くてなまめかしい。大きくてちょっとしたメロンでもついているかのようだ。さらされた二の腕はみっちりと筋肉が束ねられている。おへそのあたりは胸の豊満さとは裏腹に蜂のように縊れていて、浮いた腹筋の凹凸が女らしい柔らかさと戦う人間の硬さを両立させている。

 そんなセクシーな女体が目の前にあるのだから……目を背けるのが正しいと思っていても、ついつい視線がそっちに引き寄せられてしまう。


 しかもそれは……オリガは半裸で迫る男装の麗人というとんでもなくセンシティブな光景を視聴者全員にお届けるする結果をもたらした。

 水も滴る美少年に、露出狂の痴女が迫っているようにしか見えない光景にコメント欄は大爆発。


”アッー! やめろ、俺たちのオリガくんにエッチなものを見せるなー!!”

”イヤー!!”

”ここで笑うのはみんな危険に陥ってるのがオリガくんだと思ってるとこだなw”


 当然オリガは耳まで真っ赤になっていた。

 絶世の美少年とはいえ性欲も当然ある男性。そんな少年の目の前でセクシー系として売っていた配信者の半裸姿がまろびでているのだ。そしてナターシャの事前通り、半裸の痴女に迫られる絶世の美少年という撮れ高満点の映像が今も配信されている。


”エッチだ……”

”いやね、ナターシャのもえっちなんですよ。元々スタイルのいい女だったけど今は見えないからこそ余計想像が掻き立てられるっていうか”

”けどこの映像で一番エッチなのはオリガくんですよ、見てください。顔を真っ赤にして凄く恥ずかしそうにしてるけど、ちらちらとナターシャの乳に視線が向いているんです”

”内から湧き上がる性の青い情動を堪えようとしてそれに流される悶々とする美少年……”

”最高じゃぁないですか……ウッ……ふぅ”

”早口のオタク出てて草w”

”しかし言っている言葉には概ね同意だ……ウッ……ふぅ”

”ウッ……ふぅ”

”これは今日のトレンド一位もらったも同然やで”

”ナチュラルボーンドスケベ美少年でトップを取ったと思ったらまたか”

  

「な、なんでもっと大人しい服をきてらっしゃらないんですか!」

「おやおや。キミとボクが共演した動画の第一回目を見て勉強したんだよ?

 衣服の上からでは人工筋肉は使えない。だからなるべく肌の露出が大きい服を着てきたんだぜ? ああ、安心したまえ、あの防具は優れモノでね、多少サイズが大きくなっても自動で補正してくれるから問題はないんだ。

 さ、早くシテおくれよ。オリガくん。キミの白くて細長いものでボクの体を包み込んでくれたまえ……」


 全力で辱めに来てる。

 オリガはそんな自分の醜態を天下に晒されていることに恥ずかしくて仕方なかったが……交戦前に人工筋肉を纏わせておくのは間違いでもない。


「うう……こ、この変態!」

「フフフ」

「なんで嬉しそうな反応が返ってくるんですか!?」


 もちろんコメントを片手間に確認したナターシャの邪悪な悪戯である。

 オリガは真っ赤になりながらも、ちらちらとナターシャの乳に視線を引き寄せられながら――気力を使い果たした感覚のまま人工筋肉を纏わせたのであった。

 

”これはつまり……オリガくんとコンビになったら彼に半裸で迫れるという訳か!!”

”絶世の美少年を合法的に辱められるポジションだと?! ナタアアアァァァァ(血涙)”

”変わって! もしくは売って! そのポジションはどこで買えますか!!”


 もちろんコメント欄は新たなドスケベイベントの発生に大盛り上がり。

 一度もモンスターを倒していないのにすでに興奮はクライマックスな感じに到達するのであった。





 なお。

 予定時間になったにも関わらず、自分たちの罠のポイントにやってこないオリガとナターシャの二人に、サカウラは腹立たし気に怒鳴った。


「おい!! あの二人はなぜ来ないんだ!!」

「ドスケベなことしてますね」


 サカウラこと坂浦尊は一瞬意味が分からないと真顔になり……次いで携帯端末で二人の配信を確認して……キレて怒鳴った。


「ふざけるな! 俺が真面目に準備してるってのに……いちゃついてないで真面目に探索しろよ!!」


 雇われの探索者はちょっと黙った。

 気持ちは分からなくもないが、襲おうと計画を立てた犯罪者の言葉ではないよなぁ……と思い、失笑をこらえきれず、ひそかに吹き出してしまう。苛立ちで神経の尖っていたサカウラは額に青筋を立てながら近づき、剣に手を掛けた。


「お前……今笑ったのか?」

「……失礼。ですが抜くのはやめたほうがいいですぜ、ぼっちゃん。

 俺を殺したら仕込みがパーになるでしょ」

「……くそっ!」


 もうピエロも同然のサカウラは怒鳴りながら待機するしかなく。

 雇われもいよいよ、坂浦長官の子供のお守りから逃げ出したほうがよさそうだな、と考え始めるのだった。


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