第十話 山田オリガくんの髪がなんかにょろにょろしてる!!



「どういうことですか、ヒナちゃん!」

「……こうして他人に言われるまでドスケベ衣装だと気づかないお兄ちゃんが不安だよ」


 もちろん山田オリガが自宅に帰ってから真っ先にお怒りの言葉を発した相手は妹の鳳 陽菜だ。

 いつものツインテ―ルにラフな格好で自宅にてくつろいでいた彼女は、兄のお怒りを前にして平気そうな顔だった。


「ヒナちゃんが教えてくれた服でまた大盛り上がりじゃないですか、もー」

「でもお兄ちゃん、使えるものは何でも使わないと。それに知名度補正ネームバリューがあるからマイナスにはならないよ。

 ねーねー、それより今日のご飯はなぁに?」


 あからさまに話題を逸らしているとわかっているものの、オリガは自分が探索者として恵まれている事を知っている。

 手早くフライパンに半切りの茄子を載せ、油を敷いてコーティングし茄子の揚げびたしを一つ。噛みしめるとじゅわっと旨味のしみだすそれを用意しながら唐揚げを揚げて皿にのせ、葱油をかけていく。

 白米は自動で。味噌汁はインスタント。オリガとヒナは仲良く机を囲みながら食事を始める。


「お兄ちゃん。お婆ちゃんは帰るのにもうちょっと時間がかかるんだって」

「師匠は相変わらず大変ですね」

「ではお兄ちゃん」

「ん」


 オリガは頷くと自分の携帯端末を差し出した。

 すでに配信者ページは開いている。そしてDMの欄を見ればちょっと眩暈がするような数のメールでぎっしりと詰まっていた。一流の配信者ともなるとコラボすればお互いにファンの流入が見込める。

 #僕の乳首は合法です、#ナチュラルボーンドスケベ美少年――万パズを連続で引き起こしたオリガは配信者業界では今や時の人。そのコラボを希望する人や企業は今や非常に多い。


 けども、オリガはそういった申し込みの中から悪意があったり、こっちを利用しようとする相手を見破る世知には自信がなかった。

 そういった選定作業は、妹のヒナに任せるよう師匠から仰せつかっているのだ。


「それにしてもヒナちゃんが、ナタさんを受け入れるとは思いませんでした」


 オリガとしてはそこは意外だった。

 偶発的に接触したナターシャ=更級は、舐めプとセクシー系路線で人気を稼いでいる。そんな相手との接触を妹が反対しないとは思っていなかったのだ。


「……あの乳のデカいイケメン女には、閻魔頭ヤマガシラが噛み付かなかったもんね」

「え?」

「なんでもないっ! ……それじゃお兄ちゃん、髪洗う準備するね」


 その言葉にオリガは少し困った顔で言う。


「ヒナちゃん、やっぱり髪切かみきれません?」

「ダメ! ぜーったいダメ!!」





 いつもの日課。いつものように兄の髪に櫛を入れて毛先を結う。

 オリガはすぴすぴと寝息を立てて熟睡中だ。完全に眠りについたと確信してから電話をする。


「お婆ちゃん、定時連絡。

 陰陽五行相克は滞りなく安定してる。

 あと、ネットで見てると思うけど……ナターシャ=更級の調査は? うん、問題なしだね。わかった。でも閻魔頭ヤマガシラが反応しなかったしそれは分かってたけど。

 それからお兄ちゃんに坂浦尊がコラボ依頼を入れてきた。こっちで当たり障りなく断っといたけど、アイツだと強引に絡んできそうだし、調査も進めてね。うん、連絡終わり」


 そうしてヒナは眠りこけている兄の傍に寄り……まるで神に仕える巫女のように恭しく一礼する。

 厳かな手つきで小さな盃を用意した。

 一つ目は日盃。この国で一番早く日を浴びる米で作った酒。

 二つ目は月酒。満月の光を浴びる石で作った盃に並々と満たす。

 火酒、水酒、木酒、金酒、土酒。

 そして最後の一つ。ヤシオリの酒に一滴、赤い液体を一滴垂らして完成だ。わずかに鼻腔に刺す刺激は、血の臭いを漂わせていた。

 それはもっとも忌むべき毒水。人殺しの極悪人が流した命乞いの血と涙だ。


 静かに身を放して一礼する。

 そうすれば、兄である山田オリガの頭髪に、兄自身でさえ知らない変化が始まる。


『おさけだー』『わーい』


 野放図に散らばった八本の髪の房が、蛇の姿へと変じてゆっくりとそれぞれ割り当てられた盃に這いよって、中に頭を突っ込んだ。

 オリガの髪からのびる八本蛇はどれも普通の姿ではない。

 光を帯びたもの、月光を纏うもの、全身より火を噴きだしていたり、水で体ができていたり、あるいは苔生す古い樹木のようであったり、または金属の光沢を纏っていたり、土くれでできていたり。

 そして紫色にぬめる毒気を帯びた蛇頭がヤシオリの酒に頭を突っ込んで喉を鳴らして飲んでいく。


 ……その異様な光景は時間にして10分にも満たなかっただろう。

 オリガの髪に宿る八頭の蛇は満足したのか、盃から這い出ると――その本体と言うべき少年の髪へと戻る。


 何度見ても緊張する、とヒナは思った。

 怪異……その中でもこの国で頂点に座する神話の大怪物。その名を冠する神威の影が去ったことを受けて安堵のため息を吐いた。


「お願いだからお兄ちゃん……髪切りたいなんて言わないでよぉ。

 どうなっちゃうのか、お婆ちゃんでさえわからないってんだからさぁ」



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