第九話 山田オリガくん、かなりイヤな二つ名を賜る!!





「それでは質問コーナーに移ろうと思います」

「ふふ。ボクら二人が皆様の疑問にお答えするよ」


 普通……いっきに数十万単位のフォロワーを獲得すれば、その圧倒的な注目から多少は緊張をするだろう。

 しかしオリガは小さいとはいえ技術系のチャンネルを運営し、その道のプロから『素人質問で恐縮ですが』をされたこともある古強者。堂々たる様子であった。


”弓を使う際に乳首ポロリすると、センシティブ判定を喰らう訳だよね。でもAIに手を加えられないならどうするの?”


「はい。実は解決策を手に入れて参りました!」


 にっこりと微笑みながら立ち上がるオリガ。

 巫女服の袖から両腕を引き抜き、そのまま――諸肌を脱ぐ。

 まるで桜吹雪を見せつける遠山の金さんのような、堂々たる上半身裸の姿であった。


「キャー!!」


 反射的にナターシャが両手で目を隠して悲鳴をあげるが、当然のように指の隙間からオリガの姿をガン見である。

 その姿に――視聴者全員が思わず噴き出した。

 視聴者のコメントが一時的に静止したことにみんなが感心してくれるんですね! とむふーと自慢げにするオリガ。滔々と説明を始める。


「ぼくの『糸使い』の能力を利用した人工筋肉は強力ですが、衣服の上からでは使えません。

 なのでどうしても地肌を晒す必要があったのですが、両乳首を晒すとアカウントがBANされるので……妹に相談したら的確な対処法を教えてくれました!

 それがこのマイクロビキニです!」


 ほっそりとした美少年の胸板に装着された小さな生地。

 ほとんど紐めいた紐と乳首をしっかりとガードする三角布。オリガの薄い胸板に装着されたそれは、確かにアカウントBANを防ぐ18禁への防壁として作用してくれるだろう。



 しかし、その副作用は大きすぎた。


「えっち!!!!!」

「は?」

「〇すぞ♡♡♡」

「え?!?!」


 ナターシャ=更級は突如絶世の美少年が、にっこりとおひさまのような笑顔であまりにもドスケベな変態衣装を装着する姿に膝を突いた。

 女も興奮しすぎると血流が頭に昇って鼻血とか出そうになる。

 当人はドスケベ衣装を着ている自覚が全くないのか、清純無垢な表情でかわいらしく小首を傾げていて……その落差がやはりあまりにもドスケベであった。


 ひとは全裸にのみ興奮するのではない。

 むしろ隠されたほうが想像を働かせる余地が働き、余計に淫靡さを掻き立てられる結果となる。

 この場合まさにこれだ。絶世の美少年がマイクロビキニを装着することで余計にメスとしてパワーアップしてしまっている。

 むしろこの美貌にこの姿だと変態衣装を身に纏った美少女にしか見えなかった。

 

 これは……また祭りが起こってしまう! ナターシャはドローンのカメラから投影されるコメントに目を向ける。

 


”キャァァアァァァぁぁァ!!”

”エッチコンロ点火!! えちちちちちちち……だめです! 股間が爆発します!”

”ええ……えっちすぎんこれ”

”あ、ありのまま起こった事を話すぜ……健全な配信を見ていたはずが、いつのまにかドスケベになっていた”

”全裸とかエロとだとか……そんなチャチなもんじゃあ 断じてねぇ……もっと恐ろしいドスケベを味わったぜ”

”妹さん……ありがとう、あなたはお兄さんに無自覚ドスケベをさせる救世主です……”

”俺……スパ茶始まったら妹さんに美味しい飯食わせてほしいと赤スパ茶するんだ……”

”すげぇ……エロのはずなのにこれが合法だってのか!!”

”上半身裸で問題のない美少年がただビキニつけてるだけなのに、全裸よりいっそうエッチに感じる!”

”俺、世界からエロ本が無くなっても生きていけそう”

”巨乳派だったけど、貧乳に鞍替えしようかな”

”ようこそ”


 だが山田オリガは唖然としていた。


「あ、あの。どこもかしこもドスケベじゃありませんよ?

 ぼくは人工筋肉を使う際に乳首を隠せるピンポイントの生地で乳首を隠しただけですよ!? センシティブ判定にひっかかりませんよ?!」


”先ほどコメントさせていただいた協会の職員です。申し訳ありませんがこれは合法になるのか自信がありません(職員)”

”職員さんのお墨付きwww”


「なんでですか?!」


 あまりにも予想外の事態に驚愕するオリガ。

 しかし周りの反応は冷ややかだった。


”なんでったって……なぁ”

”オリガくんのマイクロビキニ姿はあまりにスケベすぎる”

”しかも当人には自覚なしやん”


「オリガくん……このナチュラルボーンドスケベ美少年め♡♡♡」

「ナタさん! 変なあだ名をつけないでください!」


 むぅー! と睨みつけるオリガであったが、ナターシャは相棒となる少年の抗議には耳を貸さない。

 そのまま一瞬で近づいてオリガの背中に回り込むと……両の掌でオリガの乳首周辺をそっと隠したのだ。



 その姿勢、まさに手ブラであった。



 オリガは状況が飲み込めないのかきょとんとする。


”これはナターシャグッジョブ”

”あのままドスケベ波動を浴び続けていたら、視聴者70万の命が危なかった”

”状況の飲み込めないオリガくんぎゃんかわ”

”持ち上げられて伸びた猫ちゃんみたい”

”ナターシャ変われ! オリガくんの乳首は俺が守る!”


「あ、あの。いい加減離してください!」


 オリガは眉を寄せ。羞恥と困惑でじたばたと暴れた。

 だがナターシャも離す気はない。


「ダメだよ! オリガくんはこのままそっと保護しておかないとみんなの股間と性癖に甚大な被害をもたらす! 視聴者数新記録の70万全員にだ!」

「なんでですか?!」


”安心してくれ、もう手遅れだ!!”

”ウホッ///”


「間に合わなかったか……!!」

「人の事をなんだと思ってるんです?!」


 オリガは抱きしめられて嫌がる猫ちゃんのような挙動。

 ナターシャはこれ以上マイクロビキニ乳首姿をさらさせまいとぎゅうぎゅう抱きしめる。

 そこでナターシャはオリガの耳まで真っ赤になっているのに気づいた。先ほどまでマイクロビキニ姿をさらしても平然としていた彼が今更ナニヲ恥ずかしがっているのだろう……と思った彼女を睨むオリガ。


「いいから離してください、さ、さっきから当たって……」


 当たって? と首を傾げたナターシャは……そこでようやく、ぎゅうぎゅう抱きしめたせいでオリガの肩や首に自分の胸が当たっている様子に気づいた。自分とのスキンシップで美少年が恥ずかしがっているのだと気づいたナターシャは、思わず叫ぶ。


「いい加減にするのは君のほうだ! おとなしくしないと手籠めにするぞ!!」


 かわいいが過ぎる男の子を前に彼女はついつい本音をぶちまけてしまい。

 オリガは真っ赤になった。



 ナターシャはこのままオリガを手籠めにしたくなる気持ちを我慢しながらそのまま隣の部屋に連れて行き。

 ちゃんと巫女服の襦袢できっちり胸板を隠させた。なおその間もカメラは回っているので。


”り、隣室のカメラはないの?!”

”ウワー!! 俺たちのオリガくんが隣の部屋でギシアンされるぅー!!”

”エッチコンロ点火! えちちちちちちち……だめです! NTRに耐えきれません! 脳が破壊されます!”


 もちろんそんな風に話が流れていくのは予想内だったのでオリガとナターシャはすぐに戻ってきた。

 オリガはなんだかやるせなさそうな顔でいう。


「どうしてみんながナチュラルボーンドスケベ美少年扱いするのかわかりませんが、特に何もありませんでした……」

「先ほどボクが言った台詞の『手籠めにしてやる!』はあくまでヤ〇ン=ゲーブル大尉の台詞をパロっただけだよ。エッチな意味など一つもないよ」


”嘘つけ”

”おまえだってオリガくんの色気に当てられたんだろ!”

”このスケベ! 隣の部屋でオリガくんの雄っぱいを揉みしだいたんだな!”


 そんな風に視聴者たちからナターシャへの攻撃的なコメントが次々と増えていく様子にオリガ自身が怖くなり、胃のあたりがきゅうっと絞られる感覚を覚えた。誰もがみなナターシャに対する攻撃で盛り上がっており、どうすればこの流れを止められるのか、と考えたその時だった。


「ならば、この中でオリガくんでエッチな妄想をしなかったもののみがボクに石を投げるといい」


”(そっと石をしまう)

”スンッ……”

”俺が悪かった”

”確かに同じ立場ならつい雄っぱい揉むよな”


「どどどどういうことなんですか?!」


 まるで潮が引いていくかのように攻撃的なコメントが消え失せ、ナターシャに対する詫びや謝罪で埋め尽くされていく。

 だがそんな言葉と裏腹にオリガは困惑の極みであった。何せ彼らは『オリガにエッチな妄想をしたことがある』という事でエッチ団結、もとい一致団結した変質者の集まりなのだから。


「なんでみんな一気に冷静になるんですかーーー!?」

「ハハハ」


 悲鳴をあげるオリガにナターシャは誤魔化し笑いを浮かべ。


”HAHAHA”

”HAHAHAHAHAAHAHA”


 オリガの追及をごまかすべく視聴者のコメント欄のすべてが笑いで埋め尽くされていく。

 こうしてオリガは『ナチュラルボーンドスケベ美少年』という大変不本意な仇名が定着してしまい。

 同時接続数が100万を超え、フォロワーが75万を突破という状況に困惑するのであった。

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