第七話 山田オリガくんの髪になんか憑いてる!!

 オリガはナターシャから煙草を没収する。


「クライマックスは効果は劇的ですが、ダンジョンの階層主や生死のかかった窮地など、危険な状況での使用しか推奨されていません。

 常用する類の薬ではありませんし、実際にぼくのいたアメリカでは規制が取り沙汰されている代物なんです」

「けど。ボクは」

「カップル配信を引き受けるのに一つ条件があります。

 ぼくらはダンジョンに潜ってお宝を奪って、お金を儲けたり、夢を叶えて面白おかしく生きるために頑張ってるんですよ?

 なのに未来を切り売りするような薬物に頼ってはいけません。

 タバコは楽しむだけにしましょう」


 ナターシャはきょとんとした。


「受けて……くれるのかい? ボクとのカップル配信」

「ええ、別に構いませんよ。何かのご縁です。

 ぼくとしても、深層部への到達が目的ですから腕のいい前衛は歓迎です」


 彼女は言葉を呑む。

 最初は、普通にきれいな男の子だと思ってはいた。

 それでもナターシャにとっては、山田オリガは、自分を引き取ったのに裏切ったあの親子に対する力を知名度補正ネームバリューで補うための相手でもあった。

 けれども実際に接してみれば、こちらに対する思いやりや体に対する心配ごとばかり。こんな風に自分を気遣う言葉と眼差しの凛々しさは――カッコよかったのだ。


 胸の奥を甘やかに疼かせる喜びが恋だと自覚したのはこれが最初。

 美しさはきっかけでしかなく、彼が自分の体と健康、未来を気遣う姿に。



 ナターシャは本当に彼を好きになってしまっていた。


「……ぼくのチャンネルは全年齢対応です。

 以前お会いした時のような、過剰な露出は控えていただきます」


 ナターシャはオリガの両手を手に取った。顔を寄せる。

  

山田やまだオリガくん」

「ですからぼくの名前は山田やまただと、ええ。なんですか」

「きみ、本当にカッコイイね」

「……えっ?! そ。そうですか?! 嬉しいです!! もっと言ってください!!」


 顔がよすぎる絶世の美少年山田オリガだが、彼は『可愛い』と言われたことは星の数ほどあれども『カッコいい』と言われたことはほとんどない。だからナターシャの言葉にオリガはにっこりと微笑んだ。

 あまりのチョロさにナターシャは割と真剣に心配になった。

 けれども、今はその事は後回しにする。


「好きだ、オリガくん」

「うぇっ?! ……ああ。そ、それはどうも」


 告白を受けて顔を赤らめ照れたように俯くが……すぐさまそれを『偽装カップル配信者』としての演技の類だと思ったのだろう。何とか冷静さを取り戻し、ぶっきらぼうに答える。

 けれどナターシャは今更そんな言葉で止まれないぐらいにときめいていたのだ。


「キスしよう」

「はぁ?!」


 ナターシャ=更級はしょうじきたまらない。

 好みの男の子が好みの性癖を体現している。

 恥じらっている姿がツボだった彼女にとってはオリガの行動など自分を誘惑しているようにしか見えなかった。それにカップル配信の許可だってもらったし、これから恋人同士になるのだから問題はないはずだ。

 

 オリガは後ずさった。

 人目につきにくい場所を選んだのは、ナターシャの危険な煙草を人にあまり知られたくなかったからだが、そのせいで周りには助けを求められる人がいない。にじり寄ってくるナターシャはオリガより体格もあるし、戦士職で筋力も高い。力づくで襲われると抵抗しようもない。

 

「い、いやですよっ! 演技なんかしなくていいですから!」

「演技じゃないよ、ほんとに好きなんだ! 触れるだけだから! 無理やりなんてしないぞ! 本当だ! 信じてくれたまえ!」


 両手を伸ばして迫るナターシャを払いのけ、オリガは背を向けて一目散に駆けだした。

 その背を逃したくなくて。その赤らんだ顔を正面から見つめたいという自らの性癖に正直になったナターシャ。

『糸使い』という支援型のクラスと、『闘獣士マタドール』という白兵戦型のクラスでは根本的な身体能力が違う。彼の肩に手を伸ばし、静止させようと踏み込んだ瞬間だった。


 剣士としての直感が……何かとんでもなく危険な怪物が傍にいると告げる。

 足を止め、思わず急停止し――。

 

 そんなナターシャの目の前で。

 オリガの豊かな黒髪より伸びた八頭の大蛇が、一斉に牙を剥いて、シャー! と威嚇の声をあげてくる。


「う、うわわっ?!」


 目の前に突然現れた八頭の大蛇おろち

 あまりに予想外のできごとだった。ナターシャは反射的に恐ろしさで後ろに転んでしまう。

 なんなんだい、今のは! と驚きながらオリガを見るが……彼の黒髪はいつもの艶やかな美しさを誇っていた。さっき見えた蛇など消えている。


「だ……大丈夫で……だいじょうぶそうですね」


 転んで驚きの声をあげたナターシャを心配したのだろう。オリガは足を止めて転んだ彼女に心配の声をかけようとしたが……『セックスしよう』とお誘いを掛けたり、キスしようとした彼女が色情魔の類だったと思い出したのだろう。そのまま走り去ってしまった。


 ナターシャは困惑していた。

 彼の髪。編み込まれた八本の黒髪は、『八頭の大蛇』に変生して威嚇してきた。


「なんだい……今の」


 幻覚? いや、あの圧迫感。あの鬼氣は下層の、いや、深層のモンスターでさえ比較にならないほどの存在感があった。

 何かとんでもないものに触れたような気持ちで、ナターシャは彼の背を黙って見送るしかできなかった。


 八頭の大蛇……よりによって八頭の大蛇だ。

 否応なしに――あの神代の大妖を思い出していた。


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