第五話 山田オリガくん、男であると実力行使で証明する!!





「そんなわけで動画配信サイトの運営もしているダンジョン探索協会の日本支社にやってきたぞ」


 山田オリガは一躍時の人になった訳だが……その一番の理由は「乳首」と「雌顔」である。

 男の子なので、できればそんな方面でバズりたくはなかった。一生残るデジタルタトゥーになってしまった。

 現実から目を背けるようにトゥイッターは開いていない。DMは相互フォロワー限定にしておいた。なぜなら妹のヒナがアカウントに届いたDMを見て、眉間にしわを刻んで全削除したのだった。内容は教えてくれなかった。あと100名ほどブロックリストが増えていた。何があったんや、という質問は怖くてできていない。


 オリガは、ナターシャ=更級をフォローしておいた。

 何せバズった原因であり、同時に突如としてもてはやされたことで愚痴り合える数少ない相手だ。


 決してエッチなことが目的ではなかった。




 信じてほしい。










「それにしても」


 オリガは携帯端末で、ナターシャ=更級の凍結に関する事情のまとめサイトに視線を落した。



 事情はこうだ。

 ナターシャ=更級はきわどい格好と命を危険にさらす配信内容で再三の注意を受けていたわけだ。

 とはいえ、実際には彼女以上に危険なことをする人もいる。

 それに彼女はきわどい格好をしてはいたが、今のご時世アニメのコスプレで彼女以上にきわどい格好をしているレイヤーさんもそこそこいた。

 あくまで営業努力である……と言われれば動画配信サイトの運営も強くは出られなかったのである。



 だがここで爆弾が放り込まれた。

 

「まさかぼくの乳首映像をAIがセンシティブ判定して凍結させるなんて……」


 オリガとしてはそのAI開発者の乳首を掴んでねじり上げたい気持ちである。

 なんで男性が乳首をさらしただけで違法扱いされねばならないのだろうか。そんなわけで、以前からイエローカードを貰い続けていたナターシャ=更級はこのたびオリガの乳首に巻き込まれて凍結処分を受けたのだ。


 なんてこったい。携帯端末から文章を打つ。


”乳首をさらしただけで、ナターシャ=更級さんが巻き込まれて凍結されたのは大変遺憾です。

 ぼくの乳首は合法です。

 ナターシャさんの凍結解除の申請をしておきました”



 とトゥイッターで上げておく。

 ナターシャ=更級からもリフォローされ、呟きには意味深な『♡♡♡』が返信された。


「どういう意味なんだろ……」


 自分は彼女の配信を邪魔した格好だし、逆恨みを受ける可能性も考えていた。

 だがハートマークだけだとなんだか不気味である。気にはなったものの……職員さんからの呼び出しを受け、後回しにすることにした。

 なんだか携帯端末のほうではまた通知音が連続で響き続けていたが、先日5万フォロワーを達成した身としては「そんなもんかな?」と思いミュートにした。




「すみません、相談に参りました。山田オリガと申します」

「あ、はいはい。承っております」


 先日万バズした山田オリガは、当然ながら動画配信サイトの運営のことも把握している。

 オリガは今回、運営に法的な相談をしにきていた。

 

 危険なダンジョンで戦いをする。

 その際に火力不足を補うため巫女服の諸肌を脱ぎ、上半身真っ裸になって人工筋肉を纏い、強弓を放つ。

 ……ダンジョンは出現して40年近く。すでに出現当初のパニックは収まり安全にはなったものの、未だに出現の道理も分かっていない生死の境目なのだ。

 

 そんな修羅場鉄火場で、乳首を晒しただけで配信中止にされるのではたまったものではない。


「う~ん……ご意見は賜りましたが」

「当人が気にしてないのになんでセンシティブ判定を取り消せないんです?」


 だが結果は芳しくない様子だった。 

 山田オリガとしてはいったいどうしてなのかさっぱりわからない。



 ……のだが、対面に座する職員さんは果たしてどう答えればよいのかてんでさっぱりであった。

 ……目の前の美少年、山田オリガは先日万バズしていきなり登録者数5万人になった探索者である。こうして目の前で現物を見ると、カメラ越しでは表現しきれないけぶるような美貌が間近にあるのだ。これで股間にブツが付いてるとか神が設計ミスしたとしか思えない。

 この時対応する職員は、勤務年数40年になる、ダンジョンにまつわる問題を引き受けていたプロであったが……目の前の美少年にどう納得して帰ってもらえるか見当もつかなかった。


 昨今では配信者の数も増え、動画に問題はないかをチェックするのはもはや人力では追いつかない。

 そのため人工知能による判定で補っているのだが……その肝心要の人工知能が『彼は男性です』『ハハッ、イッツナイスジョーク』という感じで今回の一件に関して手動入力による改定を受け入れてくれないのだ。


 もしこの問題を解決するのであれば山田オリガ一人のために、探索者協会の人工知能システムそれ自体に手を加えなければならない。

 彼の為にそんな大金を使え、と言われても上が納得するわけではないのだ。

 オリガは言う。


「とにかく……ナターシャ=更級さんにもご迷惑をおかけしているのは心苦しいのです」

「あー……彼女は悪い意味で問題児でしたんですが」

「きっかけを作ってしまったのはぼくですので」


 頼むから配信時は胸を隠してください……と言いたいところだが、彼の人工筋肉は服の上からでは使えない。

 生死のかかったダンジョンで切り札を使うなとも言えず。


 仕方ない、と腹を据えた職員さんは……根気よく、一からすべてを明かすことにしたのだ。

「君の乳首はわいせつ物レベルなんです」と言うのはちょっとはばかられたが、こうなるとすべて明かしたほうが納得を得られるだろう。


 


「つ、つまり……人工知能までもがぼくの事を勝手に女性判定したというんですか」

「は、はい。その……山田オリガさんは一見しても女性にしか見えないもので……」


 職員さんも別にオリガが男性であることを疑ってはいない。外見でそう判断したのではなく、彼の健康診断に書かれたデータを信じた形だ。

 だが、きっちりとしたデータがあっても未だ『ほんとに男性?』と疑問が浮かんでくる。

 

「つまり職員さんにぼくが男性であると明確な証拠を見せればいいんですね!!」


 むっと不貞腐れていたオリガの言葉に職員さんは急激に嫌な予感が膨らむのを感じた。

 練達のダンジョン職員として修羅場鉄火場を潜った経験もある彼は、本能のまま飛びのこうとして……その腕を、ぐわし、と掴まれてしまった。


「そんなにぼくが男性であることに疑問なら証拠物件を握らせてあげます!」


 ……いくら山田オリガが女性と見まごう華奢な少年とはいえ、現役の探索者。

 職員は彼の行動の意図を察知し、顔を赤らめた。まるで綱引きのような状況で、じりじりと職員の手が引きずり寄せられ、ある一点に導かれようとしている。


 職員さんは思った。


(こ……のままでは、わたしは……この花も恥じらう美少年のお〇〇〇んを握らされてしまう!!)


 男性同士である。

 重ねて言うが男性同士であり、しかも職員は拒もうとしていた。被害者は職員のほうであろう。

 しかし職員の心を満たすのは自分が決して超えてはいけない倫理の一線を越えてしまうのではないかという、強烈なまでの背徳感であった。

 職員の心臓はものすごくドキドキしていた。

 じりじりと彼の股間に導かれる掌。そこに存在する絶世の美少年の男性としてのシンボル。

 職員はだらだらと冷や汗を掻いた。今まで異性愛者だと思っていた自分が、山田オリガという絶世の美少年の股間のアレを握らされるという想像を絶するシチュエーションに興奮してしまう。

 このままでは同性愛に目覚めてしまいそうだ――すなわちそれは……今までの自分が決定的なまでに破壊され、美少年の裸に、ネットに流出した彼の乳首に興奮してしまう新しい自分に致命的なまでに変質する、新生の恐怖でもあった。





「イヤーーーー!!」



 その恐怖に耐えきれず――……今年で60歳になる勤続年数40年のベテラン職員さんの喉から暴漢に襲われた女性のような、あるいは武道有段者の掛け声のような叫びがあふれた。



 男性の口から溢れ出たとは思えない裏返った甲高い悲鳴は、今まさに貞操を穢されようとしている乙女じみた必死さが溢れている。

 驚いたのはオリガでもなくこの職員自身であった。


 長年男をやってきたが自分の中にこんなにも明確な女の部分があったなんてっっっ!!!!


 目の前で悲鳴を上げられ、思わず山田オリガは唖然として手を止め。


「今の悲鳴はここかい!?」


 と、どうやら職員さんの悲鳴を聞きつけて、同じく配信に関して訪れていたナターシャ=更級がドアを蹴破り突入してきた。




 ナターシャはたっぷり十秒ほど沈黙したあと、喉から絞り出すように唸る。


「……ええと、何この展開」


 以前自分と出会った山田オリガは職員さんの手を掴んで股間へと導き。

 職員さんは泣き腫らした目でナターシャに助けを求める視線を向けていた。


 美少女にしかみえないオリガが男性職員にハラスメントし、男性職員が悲鳴を上げた。

 これが客観的な真実である。


 しかし職員の甲高い悲鳴に相応しいのは女性であり、外見だけなら完璧に女性である山田オリガ。

 そして美少女(外見だけ)にハラスメント行為をしそうなのは男性職員のほうであろう。



 この時、ナターシャ=更級は予断と偏見で物事を決めつけるオロカなふるまいに走った。

 あのカンダカイ悲鳴が男性職員から発せられたのだと頭が受け付けず、きっと悲鳴の主はオリガだと勘違いしてしまい――。 


「オリガくん! 大丈夫かい!」

「「あれぇぇ?!」」


 被害者である職員さんの手をねじり上げ、加害者であるオリガに気遣いの言葉を発したのだった。

 いくら助けにきたとはいえ善悪を取り違えるなど最悪のミス。事態を知っているオリガと職員さんの二人は、驚愕の叫び声をあげたのだった。

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