第四話 山田オリガくん、妹に説教される!!


 首都郊外に位置し、電車でおおよそ三十分にある日本のダンジョンである「平坂降洞」。

 ダンジョン直通のこの路線のみは終電がなく、帰還する時間がまちまちになりやすい探索者のために24時間、常に列車が運行している。

 オリガはこの路線で帰ってきた。

 当然ながら巫女服はキャリーケースに詰めて、がらごろ引っ張る。大きなパーカーの中に黒髪ごと放り込んで帽子を被れば意外と人にはバレないものだ。


「予想外の出費だったなぁ。ヒナちゃんに怒られるぞ」


 オリガは今回、弓を一つ使い潰してしまった。

「糸使い」の能力で両腕に人工筋肉を纏わせ、弓に強靭な弦を追加すればより強烈な強弓を放つことができる――しかし強い弦は当然引く力も激烈。想定外の圧力を受けたせいで弓は負荷がかかって半ばからへし折れてしまった。

 とはいえそれに気づいたのはダンジョンから外に帰還した後だ。実戦の最中に武器が突然へし折れる……なんてことにならなくて本当に良かった。


 時間はそろそろ夕方。 

 山田オリガの家は都心から少し離れた郊外にある。

 かつてはダンジョンが出現し、その危険性から一時的に土地の値段が大暴落した頃、オリガの師匠が購入した家だ。ちょっと傾斜のある坂道を登っていき、戸をくぐる。足元に清めの塩を撒いて踏んでから中に入った。


「ただいま帰りましたー」

「にいちゃーん、おかえりなさい!」


 二階からどたどたと駆け降りてくるのは、師匠の孫でありオリガの義妹に当たる鳳 陽菜(おおとり ひな)だ。

 黒髪をツインテ―ルにした小柄な少女は、一見すればちょっと年上程度の姉、もとい兄にぎゅーっと抱き着く。


「なんですかヒナちゃん。今日は甘えたさんですね」


 わーい! とオリガに抱き着いて頭をこすりつけるようにしていたヒナ。


「ぐるるるるる」


 だが何かに気づいて、わんわんが唸るような声がオリガの胸元から響いた。

 

「煙草のにおいがする……」

「変なお姉さんに絡まれたんですよ」


 いかんまた顔赤くなる、オリガは甘えたな妹の頭を引き剥がして洗面台に向かうと、髪を縛ってから蛇口を捻って顔を洗う。髪が短かったら気にせずじゃばーと水につけるだけなのに。一度濡れてしまうと量が多いので乾かすのもとても大変なのだ。

 

「ところでにいちゃん。フォロワー5万超えおめでとうっ」

「えっ」


 先ほどナターシャに携帯端末を突きつけられた時はフォロワー数が1万を過ぎたあたり。

 それがこの数時間に5万? オリガはちょっとびっくりする。もともと科学系の配信はしていたものの、フォローしてくれる人は専門家だったり学生だったりでそれほど伸びなかった。

 しかし、今自分のホーム画面を見ると……現在進行形で伸び続けている。


「でもにいちゃんが乳首で世間の話題を掻っ攫った時はちょっとどうかと思ったけど。

 まさか続けざまにメス顔で世間の話題を再度掻っ攫うとは思ってなかったかな……」

「なんですかそれ」

「これこれ」


 妹の携帯端末に表示されるソレは、動画の切り抜きだろう。

 顔に煙草の煙を吹きかけられ、真相を知って真っ赤になった顔がなぜか……すでに10万ちかい再生数を突破している。


「なんでだよ」


 オリガはついつい真顔で唸った。 

 先ほどナターシャに絡まれた一件の動画も、配信を停止したわけではないからドローンが撮影したものだろう。それがどうしてここまで広まっているのか。


「にいちゃんの雌顔が全人類に暴露されてしまった……もはや全人類を滅ぼすしかない」

「はいはい、今日はカレー作ってあげますからね。機嫌を直してください」

「わーいカレーだいしゅきー」


 悪鬼もかくやという顔だった妹だが、好物を作ってあげるといえばあっさり機嫌がよくなる。また抱き着いてくる。その頭を撫で繰り回した。

 こうしてオリガと同居しているヒナは、配信者としてのオリガをいろいろと手伝ってくれている。あまり外に出たがらず、ほとんど引きこもり同然なのが少し心配だった。

 兄代わりとしては自分や師匠以外と接する機会が増えればいいのだが。



 さて。

 ご飯を食べ。

 長い髪をシャンプーしてリンスしてヒナに手伝ってもらいながら乾かして。

 妹が寝静まった頃合いを見計らい……オリガは秘密のスペースに隠したエッチな本を取りだす思春期の中学生のような慎重な手つきでパソコンを立ち上げた。

 配信者となると動画編集も必要になる。

 技術者系配信者としての活動を休んで励んだ、オホーツク海のカニ漁船のように過酷だったアルバイト。

 目的のついでに揃えたハイスペックのパソコンは読み込みも早い。


「……おっぱいでかかったなぁ」


 天才少年としてもてはやされるオリガだがしょせんは男性。やはり昼間見たリアル巨乳の誘惑には抗えなかった。

 動画サイトで『ナターシャ=更級』を検索する。

 セクシー系配信者というだけあって刺激的な格好だった。思い出すだけで顔が赤くなってくる。ドキドキしながらオリガは……最新の動画をクリックしようとしたが、その途中で自分の顔が出てきたら興ざめだよなぁ、と考えて適当に古いものを選択する。

 だが、わくわくのエッチな画像の代わりに無情の文字列が表示された。


『この動画は規約違反により凍結されました』

「なんでだよ!!」


 ワクワクしていたのに!!! このドキドキを返せよ!!! と憤怒を込めて他の動画を探すがどれも視聴不可能であり。

 かといって、ネットに放流された映像を見ようとナターシャ=更級で検索しても、万パズりした影響でヒットする彼女の動画には必ず自分の顔が映っていた。


 例えば。

 エッチな動画を見て。

 画像の黒い部分に自分の顔が反射して移り込んでいるのを見た状態で女優さんの演技に集中できるだろうか?

 オリガはまさにそれだった。ナターシャ=更級はすごく綺麗なのにそこに必ず自分の顔が出てきてエッチな気持ちになれるだろうか、いや、無理。

 

「せっかくいいお写真なのに邪魔してもう! 誰だお前は!! ぼくだ!!」


 昼間からドキドキしていた楽しみを奪われてオリガはたまらずに怒りの声を上げて――。

 

「…………おにいちゃん」

「……しまった」

「そこに正座」


 大声をあげてしまったせいで寝床から起きてきた妹の視線に気づく。

 こうして。

 オリガは……夜静かにしなさい、お兄ちゃん18歳になるまでエッチなのはいけません、とがっつり怒られるのだった。


 

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