第二話 山田オリガくん、舐めプセクシー系配信者を助けて逆恨みされる!



 第一層の階層主を乗り越えてそのまま浅層第二層へと足を運ぶ。

 初心者でも腕に覚えがあるならイケる、と評判の階層主をこともなげに撃破して先に進めば階段と……神社の鳥居が出迎えてくれた。まずは入る前に深々と一礼。


「ボスだった大型ゴブリンを撃破。第二層の入り口にある伊邪那美様のお社に到着いたしましたー」


”お疲れー”

”初心者でもこのあたりは問題ないからね”

”ただ、ゴブリンと戦闘中に巡回中のゴブリンが加勢に来る場合もあるからね”

”探索の基本はやっぱり先手取ることだけど、最近は斥候人気ないんだよなぁ”

”アリーナのせいかぁ。探索者同士のバトルは見栄えするけど” 

”仲間のフォローやトラップ対処の専門家は輝けんからなぁ……”


 時折初心者らしい探索者や、同じく配信者らしきドローン連れも見かけたが丁寧に一礼して深くかかわらなかった。

 サインを求められたことはない。オリガは登録者数がちょっと増えて110人程度だ。雨後の竹の子のごとく乱立する探索系配信者の中では、ちょっとだけ抜きんでいるほうだが……しかし数十万単位のフォロワーを持つ上位層と比すればまだまだである。

 懐から賽銭を取りだして放り込む。二礼二拍手、そして一礼。


「それでは引き続き、浅層第二に進みます」


 地面に手を付けて魔力を注ぎ込む。

 オリガの「糸使い」クラスは様々な糸を必要に応じて精製できる。世間からの評価はそれほどでもないが、一部の有名どころ……例えばオリガの師匠ぐらいなら超一流の支援職として知られるようになるだろう。


「広がれ、地蜘蛛陣グランドネスト


 地面から四方へと伸びる糸。

 地蜘蛛のように地面の振動を検知してオリガに相手の位置を知らせるスキルだ。

 飛行対象には効果がないが、この階層にはまだ敵がいないことは確定済。


 だがそこでオリガはあまり良くないものを検知した。

 緋袴の裾を掴んで持ち上げ、生足をさらしながら疾走する。


「すみません、皆さん! 緊急事態です!」


”アッー!! 生足! エッチすぎ!!”

”ムダ毛処理済とか生かすところ分かってるね!!”

”黙れこのホモども”

”え、緊急事態って何なん?”


「軽めの振動が8つに人間の振動が1つ! 囲まれてます!」


”あ、それは初心者探索者のガチで死ぬパターン”

”手間取ってる間に増援が来た奴だな”

”言っちゃ悪いけどオリガ君が急行してたところでミイラ取りになるかも。逃げてもいいよ””

 

「ご意見ごもっともですが、男の子ですので!!」


 こういう場合でもオリガの「糸使い」としてのスキルは役立つ。

 両足の周りに糸で編んだ帯が纏わりつく。……色こそ生物やむき身の筋肉を思わせる赤やピンクではない。純白のそれは、人間の筋繊維を肌の上から纏ったような人工筋肉帯だ。

 一流の探索者は魔力を運用して身体能力を強化するが、オリガは己の資質を正確に把握し、一流どころにも劣らない強化手段にしている。当然、加速すればするほどダンジョンの角道に激突するリスクは増大するが……まるでプロレスリングに張り巡らされたロープのような糸を先行して飛ばし、それに背中から突っ込んで反発力で加速しながら走る。


”はやいはやいはやい”

”ドローンのカメラでも追いかけるのが大変そう”

”……ってか、オリガくん新人だよね。さりげなくめっちゃ有望やん”

”それは思った。遠距離からレーダーやれるスキル持ちとかなかなかないで”



 

 目的地に着く。

 女のひとがいる。長身。黄金の冠みたいな鮮やかな金髪だ。意外なのは腰に一振り細剣を下げているのに、ゴブリンに囲まれた状況で未だ抜いていない。近くには撮影用ドローンがローター音を響かせながら滞空していた。

 そしてもう一つ、奇怪なことがある。オリガはつい叫んだ。


「えーとそこの……生地の少ないお姉さん!!」


”草生える”

”しかしなんだろ、痴女?”

”いかん、そいつには手をだすな!!”


「助けますので!」


 もちろんオリガは視聴者の誰かが発した『手を出すな』発言を聞いていない。生死の境い目で命を救う行動を躊躇はしなかった。

 弓の弦を外し、代わりの弦を『糸使い』の力で張る。


 そして巫女服の上、襦袢の諸肌を脱いだ。

 それは切り札を使う上で必要不可欠だったが視聴者からすれば意味合いはまるで違う。


 花も恥じらう美少年が突如上半身真っ裸になったのだ。

 ほっそりとした優美な肢体。その二の腕にしっかりとついたしなやかな筋肉。そして大胸筋に見え隠れする乳首。

 男性が上半身裸になっただけなのだからセクシャル要素など一かけらもない――のだが、その裸には少女と見まごう絶世の美少年顔がのっかっているのだ。男女問わず見ている人にアブノーマルな性癖を植え付けかねない、妖艶で、未成熟の肢体が織りなすスケベであった。

 ……もちろんオリガの視聴者は変態という名の紳士諸君だったが、中には悪戯心の持ち主もいる。


”あっ、アッー!!!”

”えちちちちちちちちち!!”

”この美少年、スケベすぎる……!”

”ウホッ///”

”保存しました”

”通報しました”

”じゃあ心のメモリーに永久保存するわ”

”ヨシ!! ……いや、ヨシかなぁ”

”ヌード写真集待ってる”



 各種SNSを通じて拡散された、絶世の美少年が諸肌をさらす雄っぱいフルオープン映像。

 一瞬でRTされまくるのだが、当然ながら切羽詰まった状況のオリガはそんな想像などしていない。

 両足に人工筋肉を纏わせたのと同じ要領で両腕にも施す。

 通常の何倍も太く分厚い、糸で編まれた筋肉が――強靭極まる弦を腕力で引き絞る。

 一時的にだが、自分の筋力以上の強弓を引くための裏技だ。


「撃ちます!」


 ばすんっと強烈な発射音と共に、長身の彼女を囲んでいたゴブリンへと矢が飛ぶ。

 強烈な暴風を纏い、けた外れの速度で飛翔する矢はゴブリンの頭蓋を貫通し、それでも勢い止まずもう一匹の脳天を貫き、にも関わらずさらにもう一匹の頭を刺し貫いて跳ね飛ばした。


”だ○ご三兄弟!(比喩)”

 

 ブラックなジョークに返答する余裕はない。

 相手の包囲網の穴を開けた――これで彼女の生きる目が大きくなる。


「……はぁ~あ、余計なおせっかいどうもありがとう」


 だが絶体絶命の窮地から帰ってきたのは感謝の声ではなく、低めのハスキーな物憂げなため息だった。

 迫るゴブリンの群れに対して、ようやく細い剣を引きぬく。


 次の瞬間には剣風がひらめいた。


 竜巻のように激しく旋回する剣光がゴブリンの群れを八つ裂きにし……それさえも飽き足らず血水と化すまで破壊し尽くした。乱刀分屍という言葉も生易しい、殺戮のミキサーだ。


「えっ……今の」

「周囲をゴブリンに囲まれて、何回まで回避成功するかという企画だったんだけどね。ふふ、君のせいで台無しさ」


”彼女はお色気と舐めプの配信者だ。名前はナターシャ=更級で、危険なことばかりやって視聴者を集めるタイプだよ” 

”クラスは闘獣士マタドールだな。回避タンカーとしても通用する性能の上、回避を重ねるごとに火力バフが蓄積されるカウンター型前衛の完成形みたいなクラスじゃないか”

”さっきのあれ、蓄積した火力バフを消費して繰り出される必殺技の『死の舞踏ダンスマカブル』だよ。ゴブリン相手に舐めプしてたけど……舐めプできるだけの実力はあるね”


 舐めプ配信者ことナターシャはやけに豊満な胸元のポケットにねじ込んだ小箱から、煙草を取りだし銜えて火をつける。

 自分の配信動画を見ている視聴者からのコメントを確認しているのだろう。

 

「いったいどうしてくれるんだい。これじゃ企画が……って。あれ?」


 そうしている間、オリガは彼女の顔をじっくり観察する機会を得た。


(うう……えっちだ)


 山田織雅やまたおりがは美少女顔であるが一応男の子である。

 股間にも、もちろん男性のシンボルがあった。なので正直そう……舐めプセクシー系配信者ナターシャ=更級さんのご恰好はけっこう……股間の紳士が変形するような感じだったのだ。



 探索者と配信者の二足の草鞋を履くものは多い。



 ダンジョンがこの世に生まれた40年前ごろからぼつぼつと出現したその職業は、視聴者の数で収益が決まる。

 で、あれば。命のかかったダンジョンという危険地帯であっても無謀なことをやって視聴者を集めようとする人はいた。彼女もその口だろう。


 まず、彼女は乳がでかかった。

 カメラ映えするような長身。着ているのはブレザーなのだろうけど、一番上のボタンしか留めていないし、多分下着も付けていないのだ。乳首が見えそうだった。

 彼女のようにパンツスーツの女性探索者は多い。ダンジョンで足回りの悪さは死に直結する。

 でもその改造ズボン、なんか下着の紐がちょっと見えてませんでしょうか、とオリガは心の中でツッこんだ。さすがセクシー系配信者、おっぱいのついたイケメンの傍にいると頭の中までおピンク系妄想に浸ってしまう。

 

 つまり、画面越しなら平静に対処できたかもしれないが、お色気を武器にする女性配信者と間近で接していると、まぁその、なんだ。

 照れや恥ずかしさが来る。直視困難であった。


「キミぃ、やってくれたじゃないか……」

「えっ」


 しかしそこで投げかけられた呪いのようなうめき声に首をひねる。

 何もしていない。むしろ助けたのに。

 心の中のちょっとエッチな妄想を検閲されたならともかく……オリガがやったのは文句なしの人助けだ。配信者ゆえにきっちり映像記録も取っている。確かにナターシャの危険な配信の邪魔をしたかもしれないが、状況から見ても無用な危険を冒したナターシャに全面的な非があるだろう。


「キミ、いったいどうしてくれる……!

 ボクは今まさに笑いものだよ!!」

「は?」

「コメント欄を確認しろ!」


 首を傾げるオリガは、自分のコメントをさっそく確かめる。。


「えっ」


”さっきからオリガくんの乳首動画が万バズしているぞよ”

”アッー! エッチ! エッチすぎる!”

”まとめ動画から来ました。……ほんとに乳首さらしたまま直立してて草”

”ナターシャの配信からリンクで飛んできました。お前が……日本一のセクシー系動画配信者だ!!”


「は?」


 オリガは首を捻った。

 今日の動画のどこにセクシー要素があったのだろう? 意味が分からないといった顔だが、目のまえのセクシー系動画配信者のお怒りは収まることを知らない。ナターシャは次いで携帯端末でSNSに送られた自分への書き込みを、オリガの目玉に突っ込むような勢いで見せつけてくる。


”ナタ、ナターシャww お前www おまえww 腹痛いぞwww”

”セクシー系動画配信で売ってた女性が、美少年の乳首モロダシ動画で前例のない万パズしとるwww”

”よかったね! お前の乳は美少年の乳首以下だと世間様が評価してくださったぞ!!”

”オリガくん「ねぇどんなきもち? ぼくの乳首のおこぼれでフォロー数一万の壁超えたのってどんな気持ち?」”

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