【完結】ダンジョン配信者山田オリガくん、不本意なバズり方をする~ パワーアップのために諸肌さらしただけでわざとじゃないんです!性癖を破壊する意図なんかありません!!

八針来夏【肥満令嬢】出版決定です!

第一話 山田オリガくん、ダンジョンに立つ!

 


 

 山田 織雅(やまた おりが)は、ふぅー、と深呼吸をした。

 スマホで時間を確認する。あとちょっとしたら半年ぶりに再開する動画配信の予定だ。

 チャンネルにはすでに配信の予定時間前から待機してくれている視聴者の皆様がいてくれる。


”待機中”

”わくわく”

”今まで講義系の配信してた子でしょ? ダンジョン大丈夫かな……” 

”でもあの超絶美少年をもう一度見られるのはうれしい”

”ガチ目で顔がいいからな”

”これで男子とかウソやろ……”

”もう男でもいい……”

”ホモォ……”


 今やっていたお勉強系の配信動画から一転。

 ダンジョン配信者に転向と聞いて大勢の視聴者から驚きと心配の声を他にもたくさん貰ったが、夢のためだ。


「この顔のおかげか、スタートダッシュ良かったしね」


 山田オリガは妹曰く『道行く人の12割が振り向く美少年』らしい。なんで二割増えてんだよ、と尋ねるとその可憐さを布教しようと友達呼ぶから、だそうな。

 本人としてはいつも鏡を見れば出てくる顔なので、あんまりありがたみはない。

 それにこの顔のせいだろうか、少し前まで住んでいたアメリカの大学では何度も告白を受けたものだ。

 

 全員男からだった、というオチがつくが。



 オリガとしては顔の良さに自覚がない。むしろ毎回女性と勘違いされるのに困り果てていた。

 体は筋肉も付きにくいし、撫で肩で線が細い。おおよそシルエットのすべてが男性という事実を裏切っているかのようだ。ついてるのに。

 なので男性なのに男らしい風貌に自信が持てないオリガであるが……一つ、誰に対しても絶対的に自慢できるものがある。


 髪だ。

 その黒髪の美しさと長さは、ちょっとやそっとではお目にかかれまい。

 鴉の濡れ羽色、黒い墨を流した漆黒の滝、あるいは光を受ければ黒玉のように輝く黒髪。妹が手伝ってくれなければ日々の手入れさえも大変な腰まで伸びた黒髪は、それぞれ八本ずつ丁寧に結っている。

 面倒くさいよ、と妹や師匠にも愚痴をこぼしたものだが、未だに髪を切る許可は出ていなかった。



 まぁ、そんな――滅多にお目にかかれない美麗な黒髪をサムネにすれば、見ず知らずの視聴者も興味本位で集まってくれた。



 山田オリガは技術者系界隈ではちょっとした有名人である。

 まず顔がいい。良すぎる。なんでアイドルグループに入らんの? と毎回コメントされる。

 黒髪がきれいだ。美しすぎる。この黒髪でヘアエッセンシャルオイルやシャンプーリンスのCMに出れば金が稼げるぞと言われっぱなしだ。


 ただし当人はその美麗な顔立ちと黒髪を生かすより、魔道工学を志している。

 おおよそ40年ほど前に全世界に出現したダンジョン。その内部より回収されたアイテムや資源は常識を覆す力を秘めており、これらを利用すれば様々な技術の発展が見込まれるのだ。

 まずはその夢のための第一歩と意気込みながら配信開始のスイッチを押す。



「みなさん、お久しぶりでーす!

 技術者系配信者、山田やまたオリガはオホーツク海のカニ漁船みたいな過酷なアルバイトから無事帰還して半年ぶりに還ってきましたよー!!」


”おかえりー”

”相変わらず顔がいい……”

”何か凄い艶やかな黒髪だと思って興味本位で覗いたらガチで顔がいい”

”きれい”

”オホーツク海のカニ漁船とかガチで死ぬやつやん! おちゅかれ!!”

”やまだ! 俺だ! 結婚してくれー!”


「はい。お久しぶりでーす。お褒めありがとう。興味本位でもいいのでここから魔道工学に興味を持ってくれると嬉しいな。

 ……はい。ぼくの名前は山田やまたです。山田やまだじゃないですよー、濁音消して消して」


”前から言ってるけど、普通はヤマダじゃね?


「仰る通りなんですが、師匠が『絶対に否定しとけ』とうるさいんですよねー。

 ……まぁそんなわけでダンジョン配信第一回目、頑張っていこうとおもいます」

 

 と、そういいながら武器のチェックを始めるが……ドローンが空中に新しいコメントを投影する。


”《英語》オリガくん。君みたいな頭脳明晰な子がこんなダンジョンに入るなんて心配だよ。今からでも止めないかい?”

 

「《英語》ご心配頂きありがとうございます。ただぼくの夢、ロボットの制作で必要な人工筋肉は深層のスパイダー種が持つ『虹の糸』が外せないんです。ご理解頂ければ幸いです」


”なんといってるかよくわからんけどロボットだけは聞き取れた”

”さすがロボ好きの鏡……リアルなロボットの完成待ってるね”

”前は中国語の人とも普通に話してたからなぁ……顔もいいが頭もいい……めっちゃエリートよこの子”

”以前やってた技術者系のチャンネルは登録数は100足らずだけど同時接続数は常に100をキープなんだよなぁ……”

”心配になるよ……気を付けてね”


 様々なコメントが流れるが、その大半は賞賛に加え無謀な挑戦を始めるオリガへの心配が占めている。

 オリガは深々と頭を下げた。


「はい。まずは浅層一階の突破を目指してまいります。皆さんもチャンネル登録よろしくね」


 そう言いながらオリガは背中にかけた弓を手にする。

 ダンジョンの浅層に出現するモンスターはゴブリン。肌は緑色、体毛はなく子供のような体格の小鬼だ。

 だがいくら小柄で一般的な人間より力が劣るといっても……相手より発される本気の殺意に竦みあがり、戦えずに殺される人が毎年出る。一攫千金を求めてダンジョンに足を踏み入れた迂闊な奴に、ここが生死の境い目であることを突きつけてくる脅威だ。決して侮るべきではない。


”え、オリガくんの武器って弓矢か”

”ダンジョンは基本迷宮だからなぁ。遮蔽物が多くて、その手のは危険じゃなかったっけ”


「はい。仰る通り、探索者協会は射撃武器の使用に関してはあまり推奨していません。

 ただ子供の頃に映画の『けののも姫』の主人公、葦鷹が使う強弓の威力にいたく感動して弓道を習ったくちなんです……」


”憧れの武器なら仕方ない……”

”でも気をつけてねほんと”


「おっと。失礼。来ました」


 オリガは滑らかな動作で弓に矢をつがえ、引き絞る。

 弦がきりきり……と音を響かせ、射撃体勢に。


”オリガくん、気をつけて”

”ダンジョンの射撃武器が怖いのは射程が短いだけじゃない! 人間を誤射してしまった場合だ!!”


 いや、まったくもってその通り。

 視聴者のコメントを横目にしながら頷いた。

 こういう場合、人を撃ってしまったなら……その怨恨は容易には消えない。

 ただまぁそういう悪意や殺意は、配信を中止してのアルバイト、オホーツク海のカニ漁船めいた過酷な半年間で慣れてしまった。


 それに識別はすでに完了している。

 オリガのクラスは『糸使い』。

 地面の振動で獲物を探知する蜘蛛のように、糸を四方に張り巡らせる『地蜘蛛陣グランドネスト』が、振動から数体のゴブリンの接近を検知していた。


「ぎっ?」


 ゴブリンが壁の陰から姿を現し、こっちに訝し気な視線を向けた。

 その脳天に一射する。矢弾が頭蓋を貫通し、崩れ落ちる仲間の姿を見て状況を察したのだろう。


「ぎゃぎゃっぎゃっぎゃ!」「ぎひいいぃぃ!!」「しゃああぁぁぁ!!」


 残るは三体。

 仲間が射殺されて怒り狂ったゴブリンは口角から泡を飛ばしながらこっちへと突っ込んでくる。

 ……わかっていても怖い。相手が子供のような体格であっても。実戦前に訓練を積んでいても。こっちを殺害しようと迫る怪物の姿は、人間的の根源的な恐怖を呼び起こす。


”うまい!”

”二体目も脳天!”


 だがそこでオリガは視界の端のコメント欄にある賞賛に気づき……無意識のうちに第三射目の矢をつがえていることを思い出した。

 訓練は裏切らない。無意識であっても戦闘行動に緩みはなかった。弓をつがえ、引き絞り放つ。ひゅんっと風切り音と共に放たれた矢が三匹目の胴を貫通する。

 ただしこれで四匹目は間に合わない。


”避けて!!”

”逃げろって!!”


「いえ、大丈夫です。お忘れかもしれませんが、ぼくのクラスは糸使いなので」


 ゴブリンの目には勝利の確信がある。

 弓を使うやつは近づかれると弱い。近づけたら殺せる。そういうシンプルな思考と殺意で動くモンスターは……足元に絡みつく感触に気づいた。

 まるで家庭内の不快昆虫を始末する罠のように、蜘蛛めいた粘着糸が絨毯のように敷かれていた。


「ぐ。ぎゃぎゃぎゃっ!」


 怒りと腹立ちで、無理やり脱出しようと力を籠めるが……一歩を踏み出したところでバランスを崩して前のめりに倒れ伏す。そうすればもう全身が粘着糸に絡みつかれてしまう。

 詰み、だ。

 オリガはそのままゼロ距離で矢を放った。




”いやー……画面越しでもやっぱ怖いもんは怖いね”

”こんな雑魚相手に手間取ってて情けねぇなぁ”


 お、さっそくアンチも沸いてきたかな、とオリガは死体から矢玉を回収しながら思った。

 コメントの大半は無事勝利を祝うものがほとんどだが、やはりそこそこ人が集まると攻撃的コメントも沸いてくるものだ。

 まぁいい。すべての人に好かれるなどできはしない。


”初陣お疲れ様です。戦勝祝いにスパチャ送りたいけど、収益化はまだだっけ”


「ありがとうございます。お気持ちだけで充分に嬉しいですよ」


 こうして暖かな応援や心配の言葉があれば心無い非難の言葉など欠片も心に響かなくなる。

 武器の具合を確かめ、水筒から水を飲むと――コメント欄に目を向けた。


”やっぱりアウトレンジからの攻撃は強いね”

”でも前衛あってこそだし、早く仲間を作ってほしくはあるな”


「ご心配させてすみません。まだ浅層なので十分ソロで行けると聞いていますのでこのまま続行をいたします。

 目標は浅層の階層主前にある社です」


”社か。まずはそこに行けるかが分かれ道”

”探索者協会の功績の中で一番でかいのは絶対的に安全な休憩場の社を築いたことだよな”

”伊邪那美様への賽銭も忘れずに”

”ところでなんで巫女服なん?”


 ちょこちょこ歩きながらコメントを流し見ていたオリガだが、その指摘にはウッと詰まった。

 両手を肩の高さに持ち上げてくるりとその場で一回転して見せる。


”くそ、あざとい! かわいい!!”

”(*´Д`)ハァハァ そんなやり方で魅了されると思うな♡”


「……ぼく個人としては普通の作務衣当たりで行きたかったんですが。

 妹から『お兄ちゃん、配信者として上を目指すならカワイイという武器は出し惜しみしちゃだめ!』というアドバイスを受けまして」


”ありがとうありがとう……”

”いぇーい妹さん見てるー!?”

”お兄さんに巫女服着せた君に感謝の気持ちを金で送りたい”

”この画像に乳盛っていい?”


「……好評なのが男の子としては悔しいですねー。

 あと乳を盛ったら〇す」


”お怒り顔もいいぞ”

”これで男か……興奮してきたな!!”


 オリガは微妙そうな顔をしたが、不平不満はそっと心の棚にしまい込む。

 だいじょうぶだいじょうぶ。

 生身をさらして戦ったのは久しぶりだが、視聴者からのコメントに返信できる程度には平常運転。

 モンスターと初戦闘を行い、生死の境目を掻い潜ったらいったん引き返すことは決して恥ではないと探索者協会も言っているほどだが、問題はない。


「それでは参ります。神のご加護がありますように」

 

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