――第三線――(七月五日)
『すき いつも見てる』
想いのカケラは今日も五線譜に増えていた。
朝練を終えたわたしが最初に行ったのは机の中の五線譜ノートのチェックだった。
昨日『いたずらはやめて』と刻んだけど、どうやら向こうは止める気はないみたい。
朝のホームルームまであと十分ほど、クラスメイト達はほとんど登校をしている。
『わたしの机に何かしている人いなかった?』とか誰かに聞きたいところだけど、他の人に五線譜のことが知られてしまうかもしれない。
わたしは五線譜ノートに刻んでいる人のことを知りたいけど、騒ぎにはしたくはない。恋愛に
『アナタは誰?』
新たな言葉のカケラに対し、わたしはそう五線譜に刻む。
ほんと誰なんだろう?
柔らかな文字はどこかで見たような気もする。
どんな想いで五線譜に刻んでいるの?
本当に特別な気持ちで刻んでいるなら、その気持ち自体は嬉しいと思うけど、五線譜のアナタはとても辛いし、痛くないかな……
恋愛は知らなくても、特別な気持ちは知っている。知っているからは胸が痛くて苦しくて仕方ない。
特別は誰にも言えないから一人で耐えるしかないけど、心を焦がし続ける……
アナタのことはわからない。
でもアナタのことは知りたい。わたしたちは同じなのかもしれないから……
わたしは五線譜ノートに机にしまい、気持ちを閉じ込めるよう両手で頬を覆う。
しばらくの間、指のカーテンで周りから自分自身を遮断し心を落ち着かせた後、両手の指と指を開き、隙間からツカサを探す。
教室のどこにもいない。
ツカサどこ?
「ごめん、ツカサがどこに行ったか知らない?」
「ツカサ? 清家ならさっき保健室に行くって言ってたよ」
「ありがと、ちょっと行ってくるね」
「え、
由美子の云う事を全部聞き終える前に、わたしは教室を飛び出していた。
第二校舎一階、東奥側の生徒会室横に保健室にある。
白いカーテンで囲まれた三つあるうちの真ん中のベッドでツカサは静かに眠っていた。
少し蒼白い顔をしている。元々透き通るように肌が白いから顔色が悪いと目立ってしまう。
保健室にいるはずの養護教員が今はいないので許可は貰ってないけど、ツカサが目を覚ますまで、ベッドの横で待つことにした。
ツカサ……。
毎日黒塗りの車で送迎されるようなお嬢様なのに、誰に対しても気さくで、両親の方針でスマホを持たせてもらえないことを「スマホないから出会いもないし、カレシできないよ~」ってボヤいて皆を笑わせた次の日、どこかで貰ってきた廃材とタコ糸で糸電話を作り、油性マジックで『スマホ』と書いて、自席に置いてみたり……少し風変わりで素敵な女の子。
声に出しては言えないけど、ツカサのそばにいれるだけでわたしは嬉しい……。
「あれハル……?」
長い睫毛が大きく揺れる、どうやら目を覚ましたみたい。
「ツカサ、大丈夫?」
「……ん、ちょっと貧血気味だっただけ、もう大丈夫だよ」
「ハルこそ大丈夫?」
「え?」
「困ってますって顔をしてる、かわいい顔が台無し」
ツカサはゆっくり起き上がるとひんやりとした右手をわたしの頬に当てる。
「ツカサの方がかわいいし」
「ううん、ハルはね、わたしのお姫様だから……」
その澄んだ瞳を細め、ツカサは柔らかな微笑を浮かべる。
清潔な白のカーテンとベッド、そしてツカサがいるこの小さな世界はとても心地よい。
そして、これ以上ないくらい胸の高鳴っていく……。
「ハルどうかした? 顔が赤いよ」
ツカサのせいだよ――なんて言えない。
「今日も暑いからだよ。あと別に困ってることはないよ、ところで次の時間から授業に出れそう? もう少し休んでる?」
恥ずかしいから、早口でツカサにそう答えた。
ツカサはフッと笑い、わたしの頬から手を離すと、両手を天に伸ばし、大きく伸びをする。
「はぁあ~もう大丈夫! よく寝たから元気元気! 教室に戻るよ」
校庭からテニスボールを打つ音と歓声が、保健室にも届くとわたしとツカサだけの白の世界は終わりを告げる。
できることなら、もう少しだけふたりで過ごしたかった。
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