1-4
「ただいま」
結局、家まで帰ってきてしまった。
せっかくだしシャワーを浴びて着替えてから真野のところに向かうことにするか。
「おかえりー」
リビングに入った瞬間に返ってきたその言葉に足が止まる。
「お、お前……」
「ん? どうしたん」
俺の目の前には、リビングのソファに堂々と座ってる妹の美海の姿があった。
「お前、部屋から出たのか!? 半年も引きこもっていたお前が遂に、り、リビングにー!?」
「落ち着きなよ、
久々に見る美海は、ぼさぼさの髪の毛が伸びきっていて、肌の色が白くいかにも引きこもり感があったが、肉付きは年相応、というより少しむっちりした感じだった。
思わず涙が出そうになる。
よかった。俺はちゃんとこいつを養ってやることができていたんだ。兄として最低限のことをしてやれていたんだ。
「それで、兄さんよ。なあーぜ、妹がわざわざここまでやってきたかわかる?」
「えっ……」
自分もソファに座ろうと腰を下ろそうとした瞬間、美海の口からそんな言葉が飛び出してきた。。
――もしかして、美海も真野のことを?
ソファに落ちる寸前で止まった体が一気に緊張を帯びる。
美海には、真野のことを話してはいけない気がしていた。
真野との関係で一番の不安はこの引きこもりの妹の存在だったからだ。
「な、なんだよ? 部屋から出たんだから結構重大なことなんだよな?」
そうして、じっとお互いの視線がぶつかって数秒後。意を決したように美海は声を上げた。
「なんか、最近。兄さんがコンビニ弁当ばっか買ってくるからクレーム言いに来たんだよ! 今日はコンビニ弁当嫌だからね!」
――えっ? それ?
まぁ、確かに放課後は真野に会いに行っててバイトをしてた頃よりも帰りが遅くなっていたし。料理をする時間が無くなっていた。
だからついつい、弁当を買って帰るようになっていたけど。
マジでそんなことで部屋から出てきたのか?
「そっか。それは……すまん……」
半信半疑で曖昧な返しをしてしまう。
まぁ、でもそうだよな。さすがに、俺が真野に会っているって話がいくら広まっても引きこもりの美海のとこまでは届かないか。
「でも、料理かぁ。冷蔵庫の中は空っぽなんだよな。明日はちゃんと作るからさ、今日はまた弁当じゃダメか?」
それに、そろそろ真野のところに行かないとさすがに今日はもう会えなくなってしまうし。今から買い物行って、料理して食べてなんてやっていられない。
「だめー。絶対に今日は兄さんの料理を食べる!」
「……えぇ」
こいつ、こんなにわがままだったっけ?
美海が引きこもりだったが兄弟の会話はなかったわけじゃない。同じ家にいるのにわざわざ通話をしたりチャットアプリで日常的な会話もあった。
だから、俺は美海のことを全くわかってないってわけじゃないはずだ。この違和感は正しい直観のはずだ。
だって、たかが飯のことで、わざわざ部屋から出てくるかって話だし。
そうなってくると考えられるのは……。
「お前、何か隠してるんじゃないか?」
「……えっ!? イヤーソンナコトナイヨー」
美海は露骨に驚いて、視線を俺から逸らしていく。
はっきりいって、わかりやす過ぎるぞ妹よ。
「お前もしかして」
「えーっと……」
「なんか、ゲームの課金でめちゃくちゃ使ったな!」
「えっ? いや、して無いけど」
シン、と場が静まる。
そ、そっか。高額請求書が来ないなら大丈夫か。
「……わかったよ。もう、仕方ないな」
さすがに、妹のわがままには折れてしまうお兄ちゃんだ。
――妹よ、いい兄を持ったな。
真野への思いが止められないように、俺は妹への甘さをなくすことができないんだ。こればかりは仕方がない。
わずかな希望を抱えて、夜に会いに行ってみるしかないか。
いや待てよ。買い物のついでに会いに行くのも手だな。
「よし。じゃあ、買い物にいくから。さすがに外に出る気は起きないだろ? お前はそこで待っていればいいから。なんか食いたいもんでもあるか?」
「えっ、兄さん外に出るの?」
「そりゃ、言った通り冷蔵庫の中空だしさ。飯作るなら買いに行かないとだろ」
「や、やっぱウーバーでもいいかなーなんて。そうだ、マックが食いたい! 兄さんと一緒に食いたい!」
「……? なんだそりゃ」
俺の手料理が食べたいんじゃなかったのか? 弁当じゃなかったらなんでもいいってことか。ちょっとがっかりじゃないか。
それに、自分の事じゃなくても外に出るって話だけでここまで過敏になるなんて……やっぱりまだまだ社会復帰は無理そうだな。
「うーん」
「な、なにさ? 妹だからって女の子の顔をじろじろ見るものじゃないよ兄さん」
――なんか怪しいんだよな。
「本当に、高額請求が届いたりしないよな?」
「なにそれ? あるわけないじゃん」
「あ、あぁ。ならいいんだけど」
これは、本当に大丈夫そうだな。よかった、よかった。
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