パパ


 マドにーにからたくさん謝られて、そして何度もリシアは関係ないと説明された。

 マドママが、自分以外の妃の子供をよく思っていないから出任せを言っただけだって。

 私自身、自我が目覚める前の記憶なんて分かりっこないし、自分のせいで、なんて考えたくもない。


 私はよく分からない振りをして、大丈夫だと伝えた。

 体も自由に動かせない幼児に何か出来るわけが無い。マドにーにの言った通り、他の女の子供だから突っかかって来たのかもしれない。そう信じることにした。


 マドにーにが部屋を後にすると、ディリア筆頭に侍女達がワラワラやってきて謝ってきたり、私をギュッと抱きしめたりしてくれた。

 身分の差がどこよりも根強い皇宮で、もしあの時侍女達が前に出ていたらどうなっていたか分からない。

 私にはみんなを守る力がない。だから、侍女達の傍観する態度は正しかった。


 疲れたせいか、夜ご飯を食べるとすぐに眠たくなり、早々にベッドに入った。


「パパ……」


 目を閉じると、数日前のパパとの別れの日を思い出す。私に背を向け部屋を出ていったパパ。

 まだお別れしてから少ししか経っていない。


「パパぁ……」


 じわぁっと、目の端に涙が滲み枕を濡らす。その夜、何度もパパと呟きながら眠りについた。



 翌日以降、あからさまに元気の無い私の様子に、ディリアを初めとする侍女達と、私の護衛達、マドにーにが心配そうに私を元気づけようとおもちゃを持ってきてくれたり、変顔をして笑わせようとしてくれたり、たくさんのことをしてくれた。


 私も心配をかけたくなくて、頑張って笑ったりはしゃいだりしているものの、どうしても無理をしているように映る。幼いせいで、感情を押しこめることが出来ない。

 マドママから向けられた、人を否定するような視線が頭から離れない。気にしたくないと思っても、マドママの視線や放たれた言葉はぐるぐると頭を周り、気持ちが沈んでいく。

 沈んだ気持ちは回復することなく、時間は過ぎていった。


「リシア」


 マドにーにとの昼食中、ぼーっといつまでも咀嚼を辞めない私を見兼ねてマドにーにが声をかけてきた。

 私はゴクッと飲み込むと、美味しいねとマドにーにへ笑いかける。


「……そっか、よかった」


 ニコリと笑い返してくれたマドにーにに、心配かけまいとニコニコしながらご飯を食べる。

 マドにーにと温室に行った日から1ヶ月近く経っていた。


「明日、僕学校ないんだけど、良かったら朝から散歩しない?」

「さんぽ? ………、や、やだ! リシアしない!」


 私の中で散歩イコール温室という方程式が出来上がっているため、散歩をするということは、怖いマドママに会う可能性があるということ。

 そんなの嫌だ。


「リシアいや! いや!」

「っ、ごめん、ごめんねリシア。……僕があの日……」


 いやいやする私を慰めながら、マドにーにが後悔するように下唇を噛んだ。

 私の近くに来てくれて、横からぎゅっと抱きしめてくれる。


「うわぁぁん、パパ、パパぁー!」

「リシア、リシア、ごめんね」


 ディリアが柔らかいタオルで私の目元を拭い、大丈夫ですよと声を掛けた。

 唸るように泣く私の目から涙がとめどなく溢れる。

 マドにーにの私を抱きしめる力が強まり、そして小さく、鼻をすする音が耳に届いた。

 びっくりして、マドにーにを見上げる。薄らと涙の幕を張りつけ、溢れまいと堪える少年の姿。

 体格はいいが、まだ10歳の子供であることを唐突に思い出す。


 すっと涙が引いた。まだまだ悲しいし、涙は出し切っていない。

 でも、泣きそうなマドにーにの前でこれ以上泣けないと思った。


「にーに……」

「ごめんね、本当にごめんね。……リシア、僕が何とかするから」


 私の目を見つめて、決意に満ちた表情を浮かべるマドにーに。その言葉の意味を知るのはさらに1ヶ月と少し経った時だった。

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