だあれ?



 噴水の傍に2人掛け用のテーブルと椅子を用意してもらい、マドにーにとお昼ご飯。

 一緒のものを一緒に食べるって、こんなにも美味しさが増すなんて初めて知った。


 お昼を食べ終わると、マドにーには黒い苦そうな飲み物を飲みながらそのまま椅子に腰掛けて、私は噴水の石垣に腰を下ろしてパチャパチャと片手で水遊びをした。

 噴水の水は人肌くらい温かい。

 パチャパチャと遊んでいる手から水が跳ね、顔にかかる。その水を仕切りに柔らかいタオルで拭うディリアに、どうして温かいのか聞いてみた。

 ディリアは噴水の水が温かいことを知らなかったようで、少し驚いた顔をしたが、すぐに魔法で常に温かくしているのでしょうと教えてくれた。

 魔法ってスゴすぎる。私も魔法を使えるようになりたい。空を飛ぶ魔法とかないのかな。


「リシア、楽しい?」


 いつまでもパチャパチャと遊ぶ私を見て、マドにーにが可笑しそうに笑いながらそう問いかけてきた。

 私は満面の笑みで頷く。

 この場にパパと、どタイプのシャドウが居ないのは寂しいが、家族とこうして過ごす時間は何にも代え難い大切なものだ。楽しくないわけが無い。


「にーにも!」


 来て来て、と手招きする。マドにーにはすぐに席を立ち来てくれた。

 隣に腰かけたマドにーにの膝の上によじ登り、マドにーにの両手を掴みホールドするように自分のお腹に回す。背中をマドにーにの胸に預けて、ぐったりと力を抜いて寛いだ。

 後ろに倒れたら噴水に落ちてしまうが、マドにーにはそんな過ちを犯さないと信頼出来る。


 水の流れる音と、柔らかい日差し、マドにーにの心臓の音が心地よくてだんだんと睡魔が襲ってきた。

 もっと遊びたいのにと思うも、抗えそうにない。


「もー、と、あしょ、うーたあ、やゆ、うー?」

「ふふふ、全然言葉になってないよ。寝なさい、少ししたらお部屋に連れて行っとくからね」


 その言葉に返事できないまま、夢の国へ旅立った。



 突然、体の締めつけを感じて目を覚ました。もぞもぞしながら目を開けると、どうやら私はまだマドにーにの腕の中におり、更には温室から動いて居ないようだった。


「にーに?」


 目を擦りながら小さな声で名前を呼ぶ。マドにーにはハッとしたように私を見下ろした。

 それから申し訳なさそうに私を抱きしめる力を弛め、ごめんねと口にする。

 私は首を振って大丈夫と伝えた。

 周囲を探って、マドにーにの体が強ばっている理由を探すと、数秒もかからないうちに誰の仕業か分かった。


 2mほど離れた場所に、豪華なドレスを着た女性が一人。女性の後ろにはその護衛と侍女が控えている。

 女性は嫌悪感を隠しもせずにこちらを、というより私を見ている。

 今世では初めての悪意のある目線に、怖くなってマドにーにの服を握りしめた。

 それに気づいたマドにーにが、トントンと優しく背中を叩いてくれる。少し安心してほっと息を吐いた。


「……だあれ?」


 勇気を振り絞って女性に問いかける。

 女性は目を細めて鋭い目付きを私に向けた。マドにーにがその視線を遮るように、私の目の上に手を添える。


「いつの間に仲良くなったのかしら」

「……母上には関係ありません」

「あら? 関係ないことは無いわ。わたくしの息子のことですから」

「───、はっ」


 蔑むような笑いだった。マドにーにから聞こえたのが不思議なくらい、とても似つかわなくて。

 驚いて、マドにーにの手を退けて見上げた。

 やっぱり似つかわしくない。どうしてそんな顔をしているの。


「にーに……」


 そっと手を伸ばして、マドにーにの頬を撫でた。マドにーにはもう一度私の目元に手を添えて見えなくする。

 その手を退かすことが出来なかった。見ない方がいいのかもしれないと思ったから。


「随分大切にしているのね?」


 女性、──マドママは可笑しそうに笑いながらそう言った。


「妹ですから」

「妹ですって?」


 少し声を荒らげたマドママ。それからこちらに近づく足音。

 マドにーには、私を抱かえたまま石垣から立ち上がった。そのため目元から手が離れてしまったが、向かい合うように抱えられたため、私はマドママに背中を向ける形となった。


「あなたとその子では立場が違うのよ」

「立場? 僕もリシアも父上の子に変わりありません」

「………」


 冷たい空気が辺りに流れる。ぎゅーっとマドにーにへしがみついた。


「失礼してもいいですか? リシアを部屋に寝かせに行きたいので」

「話しは終わってなくてよ」

「僕は話すことなどありません」


 そう言ってマドにーには静止の声を無視して歩き出し、マドママの横を通り過ぎた。

 通り過ぎたことにより、マドにーにの肩から顔を出していた私は冷たい表情と向かい合ってしまった。


 私の産みの母親ではないけど、マドにーにの妹だから私のママってことにもなるよね。


「…………マ、」

「嫌になるわ、母親を殺した子供が皇族にいるなんて」

「───え?」

「っ、母上! なんてことを!」

「あら、本当のことを言っただけよ。殺したことに変わりはないわ」

「違います! リシア、聞かなくていいからね」


 殺した? 出産時、出血が多くて亡くなったわけではないってこと?

 でも私に亡くなったママとの記憶は無い。……本当に?


 そう言えば、前世の記憶を持つ私という自我が初めて目を覚ましたのは産まれてすぐではなかった。ママから産まれる瞬間の記憶は無い。

 少なくとも、産まれてから体を綺麗にされたり服を着せられたりする時間を考えて、自我を持つまで数時間以上は空白の時間があった。

 その間に亡くなったってこと?


 マドにーにが怒ったように荒々しく温室を後にし、真っ直ぐ私の部屋へ向かう。

 その間静かにマドにーにの肩に顔を埋めていて、部屋についても直ぐには顔を上げられなかった。

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