めげない
起きて寝てミルク飲んでパンツ替えられて、そんな時間を何度も繰り返すこと数日。
やっと理解した。いや、認めたくなくて数日理解に時間を有してしまった。
赤ちゃんになってるー!!
「ばふぅー!」
まさか漫画や小説みたいな出来事が私の身に起こるとは思わなかった。普通思わない。
転生した、ということだろうか。前世の記憶を持っていて赤ちゃんからやり直しなんて、聞いたことありすぎるテンプレだ。
元18歳の女性から、幼気な赤ちゃんにジョブチェンジした私に現在の状況を把握するのは困難。
分かることは精々いくつか。
まず、私のお世話をする人が沢山いること。
私に与えられている部屋が引くほど広いこと。
男性を見ていないことから、父親にまだ会えていないこと。母親は世話役の誰かの可能性あるが、分からん。
1番辛いのは言葉が全く分からず、自分の名前は疎かここがどこなのか、お世話をする彼女たちが何者なのか皆無見当もつかない現状。辛すぎる。
入れ代わり立ち代わり部屋を訪れる女性たちはとても優しい。が、どこか事務的要素が強い。
不満も不平もないが、満足はしていない。
赤ちゃんなんだからもっとベタベタに構って欲しい。
必要以上に近づかない女性に悲しさが募る。
赤ちゃんの仕事の一つである大泣きを噛ましていたら、初めての出来事が起こった。
突然ガタイのいい、背の高い男性が部屋に入ってきたのだ。
お世話をする女性に抱かれながらあやされている私のそばまで一直線に近づくと、じっと無言で見下ろしてきた。
こ、こえええぇ!
ぼやけてよく見えないが、オーラというか、雰囲気が怖い。
男性は何かを女性に話しかけると、女性は怯えたように頭を下げながら、震える声で言葉を返した。
ギャン泣きの私を抱く腕が可哀想なくらい震えている。
その時、何を思ったのか男性が私の頬をムニっと引っ張った。驚いて涙が止まる。
微妙に痛い。何をするんだこの人。
「ちゃい、ちゃー!」
訳、痛い離せ。そんな私の訴えなど通じるはずもなく、頬を引っ張ったまま顔面を近づけてきた。
「ちゃー……」
今のは感嘆の声だ。ぼやけてても分かる容姿の良さ。色合いはまだよく判別できないが、こんなに顔が整っていればどんな髪色でも似合うだろう。
ていうか、あれ? この人私の父なんじゃない?
部屋の広さ、お世話をする人の数からいいとこのお嬢様に生まれたことは想像に容易い。
女性が男性に頭を下げていることから、この家の持ち主なのではないだろうか。
私の、お父さん。
……前世では早くに両親を亡くしているため、なんだか不思議な気分。
半年以上経ってようやく会いに来た父に、怒りと同じくらい悲しさを感じる。
生まれ変わってもまた居場所がないのかと思うと、止まった涙がまたでてきた。
もうあんな思いをしながら生きたくない。
……そうだ。私はあの時、願ったじゃないか。死ぬ直前のあの瞬間に。
優しさと思いやり、愛想と愛嬌。1番大切なのは媚びること。それを備えて誰からも愛されたいと。
私はただの赤ちゃんじゃない。前世の記憶を持って生まれたスーパー赤ちゃんだ。
よし、決めた。愛されるために頑張る。まずは父であるだろうこの男性からだ。
頬をつまむ手を小さな両手で掴む。えぐえぐと嗚咽を漏らしながら、大きな手を自分の口元に持っていき、あむっと加えた。
そのまま上目遣いでちゅーちゅー可愛く吸い付く。精一杯考えた、私なりの可愛さだ。赤ちゃん効果で可愛く映るだろう。
男性が手を引こうとしたので、慌てて捕まえた。
嗚咽をなんとか抑え込むと、大サービスのお見舞いだ。
「きゃっ、あぅ!」
愛くるしさを意識して、満面の笑みを浮かべた。あなたが大好きって気持ちを全面に出すのがポイントだと本で読んだ気がする。
男性はニコニコな私を見つめたあと、ぽそりと何かを呟き少しだけ笑った気がした。
男性が部屋にいる女性たちに何かを伝えると、今度こそ手を引き部屋を出ていった。
めげないもん。頑張るもん。
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