リフレシア・グラハム
週に一度位の頻度で来るようになった父に、愛想を振る舞うこと半年。
この半年で良く見え、言葉も理解できるようになった。
お世話をする女性たちの噂話から、段々と判明していく事実に何度驚いたことか。
まずは私の名前。
グラハム皇国の第二皇女。リフレシア・グラハム。半月前に一歳の誕生日を迎えたばかりのピチピチの幼児だ。
皇帝はディグライド・ドゥ・グラハム。私を含む、3男2女の父親だ。年齢は32歳。イケメンパパで、とても30代には見えない。
グラハム皇国はこの世界で1番の大国で、皇帝ディグライドは冷帝と呼ばれるほど各国に恐れられているらしい。
1番驚いたのは魔法がある世界だということ。この部屋の外には、剣を扱う騎士と魔法を駆使する魔法使いが常に控え私を護っている。
扉が開く度にちょこちょこ顔ぶれが変わるから、かわりばんこで対応しているのだろう。
私の世話をしてくれる女性の中に母親はいなかった。
どうやら、私を産んで直ぐに亡くなったらしい。
皇帝ディグライドには、母を含めて3人の皇妃がいる。皇后の席は空席で、侍女の噂によるとその座は今後も空席のままだろうとのこと。
皇妃たちとは全員政略結婚らしく、愛していないようだ。夫としての情もなく、ただ義務を果たしに後宮へ通っているらしい。
そんなもんだから、彼女たちが産んだ子供にも一切興味がなく、自分から会いに行くなどもってのほか。
私に乳を与える乳母が、週に一度会いに来る陛下を見て、リフレシア様は一番愛されていますと毎度のように私に伝えてくる。
ちなみに、父だけでなく世話をする女性たちにも媚びを売りまくった。愛想良くして、なるべく泣くのを控えた。
そしたら、可愛い可愛いと用がなくても構ってくれるようになって、とても満足している。
この調子で、屋敷中をメロメロにしてみせる。
「あー、うー、うぅー」
「まあ、リフレシア様、お喋りが上手ですね」
一歳になってから、私は毎日言葉の練習をしている。昨日の夜、やっとある言葉を話せるようになった。
ドヤ顔で胸を張る私の姿に、乳母兼筆頭侍女のディリアは頬を緩めて私の頭を撫でた。
きゃっきゃと笑って、きゅるんとした顔をディリアに向ける。ディリアは可愛いと叫んで私をギュッと抱きしめた。
周りにいた侍女も頬をつついたり手を握ったり、赤ちゃんパワー炸裂の愛らしい私を可愛がってくれる。ああ、いい気分。
その時、ノックもなしに誰かが部屋に入ってきた。そんなことをする人はただ一人しかいない。
「へ、陛下! ご、ご挨拶申し上げます」
ディリアに続くように、周りの侍女も陛下──父に頭を下げる。
一昨日来たばかりなので、不意打ち訪問に侍女だけでなく私も驚いた。
父の後ろに、侍女たちから優良物件と呼ばれている公爵家出身の宰相が控えている。
燃えるような赤髪に同じ色の瞳を持つ父もかっこよくて好きだが、私的には金髪碧眼のメガネ男子である宰相の方が好みだ。父より2つ下だが、未だ未婚。
公爵家の次男で、宰相の地位。彼専用の屋敷も父から承ったらしい。口が軽い侍女のおかげで色々な情報をゲットできて感謝だ。
シャドバーズ・フォンドという名前もかっこよくて好き。いつかその白い肌に頬を擦り付けてみたい。
……、しまった。つい変態な妄想をしてしまった。
「それは、どうだ」
父が私を指さして言った。くっそ、またこいつ私をモノ扱いした。
まあこれでもよくなった方だ。前は、これ、だったし。
……いや、今とそう変わらないな。くっそ。
「陛下、ご息女にそのような言い方は……」
「どう呼ぼうが俺の勝手だ」
「はあ、全く。そう言いつつ仕事を抜け出して逢いに来てるくせに」
えっ、ほんと? 頑張った甲斐が有る!
父はシャドバーズを人睨みすると、私に近寄り頬を引っ張った。
力加減を覚えてくれたため痛くは無いが、毎回頬を抓られる身としては少しイラつく。
「リフレシア様は昨日つかまり立ちを致しました。もう少しで私共の手を借りずに歩けるようになるかと思います」
「……遅いな」
「た、確かに他の皇族の方と比べると遅いかもしれません。リフレシア様は一般的な平均よりお小さくあられます。ですが、少しずつ確実に成長していっております」
ディリアは震える声でそう父に伝えると、さらに強く私を抱きしめた。
その守るような言動、態度に頑張って愛想を振る舞って良かったと感動する。
「陛下、そろそろ仕事に戻りますよ。会議が始まっています」
父は私を一瞥すると背を向けた。
ディリアがホッと息を吐く。
私はそんな父の背に向けて、口を開いた。
この数日、睡眠時間を削って練習した二文字。披露してやろうじゃないか。
「ぱ、ぱ。……パパ」
父へと手を伸ばす。
背を向けていた父は、勢いよく振り返った。いつも無表情で分かりにくいが、今は少し目が見開いていて、どうやら驚かせることに成功したようだ。
「パパ」
もう一度、今度はしっかり言えた。
「パパ、だーっ、パパー」
抱っこを強請るようにディリアの腕の中から身体ごと伸ばす。
父の後ろでシャドバーズが私を凝視しながら口を抑えだした。
「いま、」
一歩私に近づくと、恐ろしいほど整った顔を私に向ける。彼の一歩は私の何倍だろうか。たった一歩でもう目の前だ。
「ぱーぱ」
ここで恐れては行けない。早く抱っこしてと愚図るように手をバタバタと揺らす。
未だに抱っこされたことは無いが、私は挑戦を諦めない女だ。
「俺に言っているのか」
「ごほん、陛下以外パパはいませんよ」
「何故だ」
「何がですか。……それより、抱っこしてあげて下さい。小さい手をあんなに伸ばして、お可哀想に。それとも、私が抱っこしましょうか? 陛下の子とは思えないほど可愛らしいので抱っこしてみたいです」
意外とはっきり物を言うシャドバーズが私に手を伸ばし抱っこしようとしたその時、ヒョイっと体が浮き、どこかへ着地した。
見上げるとイケメン……じゃなくて父のドアップ。
思った通り、身体はがっしりしていて硬い。それから、凄くいい匂いがする。
やっと、やっと冷酷野郎に抱っこしてもらえたー!
半年前よりかなり大きくなった私は、よじよじと父の腕を支えに体を持ち上げ、首に手を回してギュッと抱きつく。
「パパ、きゃーあ、あぅー!」
「なんて可愛らしい!」
シャドバーズがご機嫌な私の様子を、胸を押さえながら見ている。よしよし、いい調子だ。
父の髪を触ったり、頭を擦り付けたり、父が固まっているのをいいことに色々楽しんでいると、ベリっと引き離された。ここまでか、と残念な気持ちになっていると、そっと、今までとは考えられないくらい優しく私の頬に手を添えてきた。
その手にぐりぐりと顔を擦り付け、ついでに親指を口に含む。
ちゅっちゅ吸いながら父を見上げると、どういう訳かショックを受けたような顔をしていた。
「なんだ、これは」
呆然と私を見てそう呟く。ええー、ここまで頑張ったのにまだ落ちないの?
「世界一可愛いですね。……はっ、陛下! 会議に行かなくては! 戻りますよ!」
「……ああ」
返事した父は面倒くさそうな様子で部屋を出ていく。部屋が閉まると同時にディリアの声が聞こえた気がした。
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