ニンフ探しと消しゴムマジック

「よし、出来た。後は送信っと」


 芽衣めいはそう呟きながら、弟の衣弦いづるに写真を送った。

 今、適当に撮った幹の写真を、アプリで加工して相合い傘を描いた。上手く出来たから、きっと衣弦は騙されてくれる。


 山の頂上に着いた。

 ベンチがあったから自撮りした。フリー写真サイトで見つけたおじいさん、おばあさんとピクニックの弁当の写真をいい感じに合成した。どこからそう見ても宴会写真。「頂上に着いたー!おじいさんと仲良くなって宴会中!」とメッセージ付きで衣弦に送信した。

 衣弦は今神戸にいるらしい。「お土産はプリンでいいよ〜」って送ったら「破産させる気か💢」って返ってきた。プリンってそんなに高いのかなぁ?


 山を降りながら、弟が無事に帰ってくることを願った。

 嫌な事件が多いから。いい人に見える人ほど本当は怖いから。私が送った写真だってほとんど加工してるし、最近のJKのプリクラとか人間不信になるレベル。神戸ってこないだ嫌な事件あったよね?ま、山を降りている私も、無事に帰れるかどうか分かんないし、熊出ないよね?急に改憲されて、戦争始まらないよね?あの後ろを歩いてるおじさん、ナイフ持ってないよね?今夜、寝てる時急に窓ガラス破られて、強盗入って来ないよね?某鬼退治マンガみたいに突然一家全滅させられたりしないよね?

 ねえ。私っていつまで生きられるんだろう?いつまで平和な世界で生きられるんだろう?いつまで家族と一緒に生きられるんだろう?いつまで私達は何も奪われずに生きられる?

 世界の未来も優しさも信じられない。心の平安はとっくの昔に失くした。

 夜、ベッドで仰向けになると嫌でも、病院みたいに白い天井が目に入る。じわじわと心に狂気が入り込みそうになる。上から何かに覗き込まれている気がする。あれって深淵なのかなぁ?

 私は首を傾げた。気づけば家に着いていた。

まだ中学生の衣弦にはこの境地に至ってほしくない。


***


 芽衣はバイトでティッシュを配っていた。あと3時間くらいで日が沈む。

若々しさと健気さを全面に押し出した営業スマイルを貼り付け、残っているティッシュ5袋を配りきろうとしている。



女子高校生、という若さと需要をフルに活かして残り1袋になった。やたらおっさんが来た。正直、気持ち悪い。何で自分にも可能性があるって思い込もうとするんだろう?なんか「帰り送ってあげような」って言ってきたキモいおっさんも来たし。「父が迎えに来るんで〜」ってやんわり断ったら、舌打ちしてどっか行った。母子家庭だけど助かったぁ。


そのまま近く近くにいた人にティッシュを配った。帰ろう。

急に後ろから声を掛けられた。「お姉さん、元気がいいけぇ。若い子が元気良けりゃ日本の未来は安泰や」って言われた。キャラメルみたいな構造の箱を貰った。そのままおばあさんはどっかに行った。

フィルムが張られているから未開封。どっかで見たことあるようなみかんっぽい絵が描かれている。

周りを見てから開封して、1個だけ透明で破れやすいシートをペリペリ剥がして食べてみた。素朴で温かい、マーマーレードみたいな味がした。

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未知の△ 未知の◯ 神永 遙麦 @hosanna_7

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