2章

第1話 登校

 これはアルルと仲直りしないVerの話。当初はアルルと仲直りせずクラス対抗ストラテジーウォー終了まで仲直りを引っ張る予定だった。手を握るくだりは気に入っている。




 4日目。朝。


「玄咲、SDでの簡易召喚は、学校では、もうやめてね。冷や冷やした」


「うん……」


 通学路。シャルナに注意されながら歩いていると、前方に見知った金髪が見えた。ふらふら歩いてなんだか元気がない様子。らしくない。だが、間違いない。


(ッ! アルル……!)


 玄咲はちら、と隣のシャルナを見る。それで勇気を充填した。


「……よし!」


「玄咲?」


 玄咲はアルルに後ろからこそこそ近づく。そして近距離でこそこそ声をかけた。気まずさが、玄咲にそんな行動を取らしめた。


「ア、アルル……」


「うひゃっ!?」


 アルルは肩を大袈裟なまでに跳ねさせる。少なくとも玄咲は大袈裟だと思った。それから、ゆっくりと後ろを振り向いた。


「うっ!」


 アルルはげっそりとやつれていた。眼の下にはなぜか隈がある。キララ程ではないがはっきりと。玄咲は一瞬で察した。


(プ、プライアだ。絶対プライアに襲われたんだ……)


「……何?」


 アルルは不機嫌そうな声を出す。仲直りしよう。その類の言葉を言おうと思っていた玄咲はその視線に気圧された。なんとなくアルルの顔を指さす。察しながらも聞いてみる。


「……そ、その顔は」


「……半分は君のせいかな」


「!?」


 想定外の答えに玄咲の顔が強張る。アルルはビクッとする。


「じゃ、じゃあそういうことで」


「あっ」


 足早に、逃げるようにその場を立ち去っていくアルル。玄咲はうな垂れた。全く同じタイミングでアルルもうな垂れたことには気づかず。うな垂れた顔を、しかしいつまでも下を向いていては前方確認ができず危ないので上げようとした玄咲の頭を――。


 ポン、ポン。


「――え?」


「大丈夫、大丈夫」


 いつもは背中を叩いて励ましてくれるシャルナが、今日は正面に回って背中の代わりにポンポン叩いて励ましてくれる。そうされると前にも進めないし頭も上げられないが、玄咲は黙って頭を叩かれるがままになった。嬉しかったからだ。


「私がね、ずっと一緒に、いてあげるからね」


 シャルナは3日前のバトルルームでの一件以降、気持ちを隠しているようであまり隠さなくなった。友達という線引きこそしているものの、もう殆ど気持ちが筒抜けだった。もはや無理があると判断して、少し付き合い方を変えたのかもしれない。いつも背中を叩くところを頭を叩いたのも関係性の進展の証だろうと思う。シャルナのポンポンに頭と心を蕩けさせながら玄咲はその変化を喜んだ。


「……えっと、シャル」


 ただ、その一方で、面映ゆい戸惑いがない訳ではなく、多分に照れを含んだ混沌とした感情が結果的にとても素直な形で玄咲の口から溢れ出る。


「なに?」


「その、あまり、隠さなくなったよな。ええっと……こ、ここ、好、意、いや、その、えと……」


「――」


 シャルナはその白くて大きな瞳をパチクリとさせて、それから玄咲の肩をガシッと掴んだ。戸惑いがありありと顔に浮かんでいる。


「お、お友達、だよ? 私がそう、言ってるんだよ?」


「う、うん。でも、それはもう、流石に無理が……」


「げ、玄咲が、おかしい……? なにか、悪いものでも、食べた?」


「……シャル」


「な、なにかな?」


「流石に俺だって気付くよ」


「――」


 シャルナの顔がボフっと赤くなる。それから無言で俯き、スカートの裾を握って数秒後――。


 ギュ


「ッ!?」


「と、友達なら、普通なんでしょ。学校まで、手繋いで、歩こうよ」


「!? う、うん!」


 どういう思考と感情の果てにそのような発言と行動に至ったのかはまるで分からない。だが、戸惑いつつも玄咲は即座にシャルの手を握り返した。玄咲はシャルナの小さな手が大好きだった。クララ先生のもちもちむにむにした手も甲乙を付け難いが、シャルナの方が好意を換算すれば好きだった。しなければ、正直、その先の思考を玄咲はなかったことにした。


(ああ、あったかくて、小さくて、でもちょっと冷たくて、固さもあって、そこに妄想とは違う等身大のリアルさがあって、なにより大好きなシャルの天使のように白く優しい手で、それと固く結びあってて――ああ、幸せだなぁ……)


 玄咲は浮かれ切って夢心地でシャルと手を繋いで通学路を歩く。だが、その握った手が。


 くにゅ。


(?)


 くにゅ。むにゅ。きゅっ。きゅっ。


(!?)


 シャルナになぜか妙にねちっこい手つきで愛撫される。こねくり回される。さらに、


 きゅっ。きゅっ。する。さら。なで。なで。むにぃ……。


「!?」


 優しく挟み摘み、するっとすり抜け、その際擦り合うきめ細かい肌が砂丘の滑らかさで手に官能を残し、余韻も冷めやらぬまま手の甲をさら撫でられ、さざ波の快感に皮が骨が悦び粟立ち、さらには掌全部でむにぃ……と手を包み込まれつつ手首の上の柔らかい肉球部分を押し込み付けられて、途方もない幸福に襲われて、玄咲はもう何が何だか分からなくなった。


「っ……! くっ……!!? うぅっ……!! ひぅっ……!?」


 必死に呻きを抑える玄咲にシャルナは、


「――えい」


 キュ――と。


 最後は五指を絡めて、玄咲の手を固く握った。引き寄せて身を同時に寄せながら。


「……お友達、だから」


「――はっ! え? う……ううん……?」


「お友達、だよね?」


「……うーん?」


 友達だと言いながらその繋ぎ方は何なのか。そしてさっきの隠微な撫で方はどういう感情の発露なのか。シャルナの内心を察しかね非同意というよりは混乱から語尾が疑問符になる玄咲の手を。


「っ!」


 シャルナが再び愛撫する。


 ぐに、ぐに、きゅ、きゅ。ぴと……。


「っ!?」


 降参。そんな調子で玄咲は慌てて言った。


「わ、分かった! 俺たちは友達だ!」


「うん。それでいい。玄咲はね、それでいいのっ……!」


 涙目かつ俯いた赤らんだ顔をシャルナはコクンと頷かせた。


 固く手を握ったまま。


「……」


「……」


 この状況は何なんだろう。嬉しいが何なんだろう。シャルナのセンス・オブ・ワンダーランドに久々に迷い込んだ玄咲。戸惑いと歓喜と緊張が等量混ざり合い心の中に混沌を産み出す。混沌は言語化できない。言葉が、出てこない。


 沈黙を破ったのはやはりというかシャルナだった。


「……ね、さっきも言ったけどさ。このまま、学校まで、歩こっか。友達なら、普通だもんね……」


「うん……」


 結局二人は手を繋ぎ合ったまま、あるいは絡め合ったまま登校した。他生徒から視線を逸らされる機会が、いつもより少しだけ多い。照り付ける日差しが、包み込む空気が、いつもより少しだけ暖かい。快晴の空を仰ぎ見て、玄咲は眩し気に、愛おし気に、笑む。飽和した幸せが一滴、その細めた目元から溢れ零れる。地面に落ちる。


「……いい天気だ」



 ――幸せな、一日の始まりだった。

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