第3話 ヘル・シーフード

主な変更点


ラーメンを食べるくだり。ネタに凝り過ぎた。バランスが悪かった。登校前日仕事中に思いついて付け足した没ネタのパッチワークをそのまんま削除した形です。個人的には気に入っている原稿。




「あ、チャイム。授業終わり。解散」


 やる気がない割には内容自体はしっかりしているクロウの授業が終わり、昼休み。いつものようにシャルナとお弁当を持って校舎裏の木陰の下のベンチへ。最近では何故か人通りが露骨に少なく2人の専用スポットみたいになっている。シャルナがお弁当箱を2つバッグから取り出しながら言う。


「今日はね。凄いよ」


「凄いのか」


「うん。開けてみて」


 シャルナに貰ったお弁当を膝の上で開けてみる。その瞬間。


 鼻を焼き殺すような刺激臭が弁当箱から解き放たれた。


「うぐっ!?」


 お弁当の中身は一面赤黒い焼きラーメン。まるで地獄のような色。戦慄を顔に浮かべる玄咲を見てシャルナが笑う。


「あはは、予想通りのリアクション。私も、これの調理中、何度もせき込んだ。一人で食べるのは、無理かなって、思ってたから、2人で分けるのが、丁度いい。お弁当に、最適だね」


「これは、もしかしなくても、あれか? ヘル・シーフード味か?」


「うん。ヘル・シーフード味だよ。本当は、玄咲の部屋で、そのまんま2人で食べようと思ったんだけど」


「だけど?」


 そこで一旦言葉を切って、シャルナは太陽のような笑みを浮かべた。


「……やっぱりさ、学校で、太陽の下で食べるのが、気持ちいいよね!」


「! うん! そうだな!」


 シャルナらしい明るく朗らかな理由に玄咲の相好が崩れる。先日頭を過った想像は既に脳内から削除している。玄咲は自分のメンタルをある程度操作する術に長けていた。そうして精神のバランスを取ることで何とか生き延びてきたのだ。戦争で何人も自殺者が出る中で玄咲が生き残れた理由は精神安定を保つ術を独力で身に着けたお陰でもある。もちろん一番の理由はCMAだが。シャルナが笑む。


「だよね! 決して他意なんかないよ!」


「うん! そうだな!」


「じゃ、食べようか!」


「うん!」


 2人は弁当に箸を伸ばす。そして麺を掬い、同時に口に含んだ。


「「……」」


 そして同時に顔を蒼褪めさせて無言になった。箸が止まる。休憩中に食う食べ物ではない。フードファイトや激辛チャレンジなどの何らかのイベント中に食う食べ物だ。決して学校の休み時間に食う食べ物ではない。決して。決して。特にシャルナが強くそう思った。


「ど、どうする? 残すか」


「食べる」


「え?」


「全部食べる。玄咲の私への、プレゼントだもん。残すなんて許されない」


「えっと、俺は構わないが」


「私が構うの。さ、一緒に食べよ」


「……うん」


 玄咲はシャルナに逆らえない。一人で食ってくれなんてましてや言えるはずもない。気の進まないままに地獄のような辛さの麺を淡々と食い続ける。玄咲は何だかんだで食い物の範疇なら大抵食べられる。ゴキブリだって殺菌すれば食べられる。蛇だって、人肉だって、無論食べられる。だから地獄のような辛さだろうと、所詮舌や喉の痛さを我慢するだけなので、拷問の訓練を受けているものだと思って割り切って食べられた。それに慣れればちゃんと旨みがある。ゴキブリに比べたら全然食える。隣にシャルナという最高のスパイスがあることも手伝って玄咲は気づけばぐいぐいと焼きヘルシーフードラーメンを食べ進めて一気に完食してしまっていた。


「ふぅ。意外と何とかなったな。食べ物なだけあってちゃんと食える味だ。まぁ当たり前だけど。慣れるとちゃんと旨みがあって、美味しかった、流石月清って感じだった。うん、もう少し辛味を抑えたら普通に大ヒットするんじゃないかな。獄辛タンメンみたいな商品名でさ。シャルはどんな感じ――」


「熱い、痛い、苦しい……でも、こ、これが、玄咲の……! はふっ、熱っ! いたっ! で、でも、美味しい! すごく、美味しいなぁっ! はふっ! はふっ!」


「……」


 シャルナは顔を蒼褪めさせつつ赤くもした赤と青が入り混じった凄まじい相貌で顔一杯に汗を掻いて明らかに無理をして食べていた。美味しいと言っていた。涙をぽろぽろ零している。


(……なんかシャル、最近キャラ変わったな。明るくなった。多分これが地なんだろうな。確かにこれはシャルナの母が言っていた通り元気過ぎると表現しても過言ではないかもしれない。これはこれで可愛いな……)


「はふっ、はふっ。はぅぐっ!? や、やっぱ無理! もう限界! 水っ! 水―っ!」


(……ちょっと残念感――というかポンコツ感も漂うがな。一昨日の騒動は酷かった。昨日も小さなトラブルを起こしてたっけ。そんなところも含めて、やっぱり俺にとってシャルは天使だ。あるいは天使の子だ。可愛いなぁ……)


 無理と言いながら決して食べるのをやめないシャルナがヘルシーフード焼きラーメンを完食するまで、玄咲は断続的に水筒に水の蓋を注いで渡し続けた。




 5分後


「あづ……いた……な、なんでこんなものを……これが……愛……?」


「……」


「うっ!? お、おぐぅおごごご……がはっ。はひぃーっ! はひぃーっ!」


「俺が食べようか」


「私が……食べる……だから見てて……」


「……うん」


 玄咲はシャルナのことが心配になった。






 10分後


「う、うぇええん! ひっく、ひっく、うぅ、ごぶぇっ! おぶぇっ! も、もぐ、まず、もぐっ、もぐぅっ!!? ぶっ、ひっいつっ、痛っ、が、がぁああっごうぐっ! ごくっ、ごくぅっ!? うっ――ごくんっ――あ、まま、あれ? まm――あ、そっか。ごくっ、もぐっ――ママっ!? た、食べると、ママッ! ごぐっ! はむぅっ!? ママ―――ッ!」


「――シャル、もうやめた方が」


「私は、玄咲のためにっ、食べてるのっ! 邪魔、しないでっ!」


「……」


 玄咲はシャルナのことがほんの少しだけ怖くなった。





 15分後


「燃えた……燃え尽きた……真っ白な灰に……」


 15分かけて死にかけながらもヘルシーフード焼きラーメンを完食したシャルナ。その顔色は死人の白。だが、妙に満足げな笑みが口元には浮かんでいた。玄咲は涙を拭いながら思う。


(そうだった。シャルは純粋なのに馬――考えが足りないところもあってそれが組み合わさってとんでもない暴走をしでかすタイプだった。ラグナロク学園への入学がその筆頭。一昨日のあれも、他には昨日のあれも酷かった。見た目に反してシャルは結構ポンコ――ドジっ子なんだよな。うん。可愛い。可愛いな――じゃなくて)


 ベンチに腰掛けて死体のようにピクリとも動かないシャルナにそっと声かける。


「……シャル、大丈夫か?」


「大丈夫……生きてるよ……」


「それは大丈夫じゃない奴だ。いいか。今から俺が教える呼吸法を実践するんだ。行くぞ――」





 20分後


「ひっ、ひっ、ふー! ひっ、ひっ、ふー! ……玄咲に教えてもらったこの呼吸法繰り返してたら段々楽になってきた。火、火、吹ーって言ってるのかな? きっと辛みを抑える呪文なんだね。腹の底から辛みが下に抜けていく感じだったよ。お腹に、食道にもひりひり感はまだ残ってるけどね。だいぶ楽になった」


「それは良かった。由来は知らないが確か腹を楽にする呼吸法だったはずだ。軍用男子トイレの個室から時々そんな感じの噛み殺したようなくぐもった甲高い声が聞こえてきた。案外シャルの言う通りの語源かもしれない。シャルにも効果があったみたいだな」


「うん! ありがとう! まだお腹が、むずむず、ひりひり、するけどね……」


 そう言ってお腹をさするシャルナ。制服の上からでも瞭然な相変わらず細い腰。昼食を入れた直後にも関わらず何らサイズの変化が見られない。玄咲は何だか凄くドキドキした。


「じゃ、玄咲。こっから一旦、別行動しようか。私、1人で行動するね」


 何の前触れもなくシャルナが突然言い出した。玄咲は慌てた。自分の想像以上に、シャルナと別行動をするという事実が胸にきた。


「な、なんで、これから俺たちはバトルルームに行って新しいADの試運転をする予定だったじゃないか。シャルもあんなに乗り気だったじゃないか。なのに、急に、なんで……!」


「わ、私にだって、1人になりたいとき、くらいあるよっ!」


 シャルナが何故か慌ててベンチから立ち上がる。玄咲も慌てて立ち上がりその背を追い縋った。


「ま、待て! 俺もついていく! ふ、不安だ。シャルを1人にするのは不安だ! トラブルに巻き込まれたとき、俺が傍にいなかったらと考えただけで気が狂いそうになる。気のせいかもしれないが、何か嫌な予感もする。とにかく心配だ。だから一緒に行く。絶対にだ」


「わ、訳があって、ね? その訳があって、さ? さ、察して、くれるよね?」


「ッ!?」


 察してくれ。その台詞から玄咲は察する。シャルナの本心を。


 ――流石にずっと一緒は、ないよ。愛が重いよ。それって、ちょっと引く……。


(っ!? げ、幻覚だ! まやかしだっ! シャルは――使はそんなこと言わない。俺の、天使で、堕天使のシャルは、そんなこと、絶対、言わないんだっ! だ、だって、シャルにそんな風に思われた、もう、俺は、俺はっ…!)


「……いや、一緒に行く。絶対だ。俺は絶対シャルについていく。例えそう思われたとしてもだ。そ、その、今日は何か、嫌な予感がして……」


「っ!? 玄咲、絶対、何か勘違いしてるよねっ!? い、いいから、1人にして!」


「なんで!」


「なんでも!」


「せ、せめて理由を教えてくれ! しゃ、シャルにまで嫌われたら、シャルにだけは、俺は、俺はっ……!」


「っ!」


 泣きそうな表情の玄咲。それを見て、シャルナが動揺する。結局は本音を吐いた。


「と、トイレ……」


「……」


「トイレ、行かせて……」


「……」


 絶対言いたくない言葉を絶対言いたくない相手の前で言った。そんな表情で顔を真っ赤にして、涙目で、体を、特に腰をぷるぷると震わせて、シャルナはまさしく断腸の思いで言った。


「……ごめん。そりゃシャルだって、そういうことするよな。考えてみれば当たり前だった。そりゃ、1人になりたいよな。そういうことを、するときは――」


「ッ!?」


 シャルナの顔が茹でだこになる。腰と、腰の横の手をぷるぷる震わせて、精一杯の声量で叫んだ。


「ば、馬鹿ァ! 馬鹿っ!」


「あっ!」


 シャルナは走り去った。トイレの方角に。軌跡に涙が一粒散った。


「……や、やっちまった」


 玄咲は放心してベンチに背中から倒れ込んだ。両手を投げ出して、機の枝々に覆われた太陽に呟いた。松ぼっくりが一つ落ちて玄咲の脳天に直撃した。


「――あぁ、俺はどうしてこんなに馬鹿なんだろう……。シャルに嫌われたどうしよう。うぅ、うぅ……。でも、不安だ。なんかすごく不安だ。一緒にいないと、不安だ。俺はずっとシャルの傍にいてシャルを守らないといけないんだ……! ああ、傍にシャルがいない。不安だ。不安だ……」


 ごく短期間で、隣にシャルナがいるのが当たり前になり過ぎた。何せ今では家に帰っても隣にいる。いつも一緒。そんな夢のような状況が、感覚が当たり前になり過ぎた。だからこそ、ギャップが大きかった。シャルナの不在が玄咲を果てしない精神不安へと陥らせる。


「……でも、よく考えてみれば、確かにずっと一緒にい過ぎてるかもしれない。互いに互いに依存し過ぎている。そういう状態にあるのかもしれない。それは、良くないことなのかもしれない。多分、レベルも――」


 玄咲はSDを見る。



 魂格 52



「上がってない。よくない。よくないな。そう簡単に上がるものではない。分かってるが、なんとなく今のままだとあまり上がらない気がする。どうすればいいんだ。俺はどうすればいいんだ。うぅ、うぅ、シャ、シャル、俺はどうすればいいんだ。俺を導いて――あっ!」


 思わず話しかけた隣席にシャルナがいない。玄咲の視界が回り始める。心臓がバクつく。呼気が荒れ、心臓を抑え、自分への殺意を口から迸らせる。


「本当に、俺は何でこんなに馬鹿なんだ。どうしても頭が回らない。色々制限しているからなのか? 俺は、俺は、俺は、くっ! 殺したい。駄目だ。駄目だ。駄目だ。この精神状態は、良くない。CMA、はないから、これで、ADで気を紛らわせよう。武装解放――!」


 カードケースからカードを取り出し、詠唱する。


「シュヴァルツ・ブリンガー」

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