第28話 ノーハンデマッチ

ヒッジョーに評判が悪かったです。最近では間違いなく次話PV数が一番減った。とりあえず目に付く問題点は全部修正したつもりですが、まだ足りないかな。ホモネタが駄目だったのだろうか……。







「うぇえええええええええええええええええええええん! なんでキララちゃんに酷いことするのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 殴らなくたっていいじゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!」


「悪いが俺は戦いでは手加減はしない。相手が女子供でもだ」


「……」


 ウソ泣きの陰でキララは「あ、こいつ意外とヤバいな」と思った。ウソ泣きをやめて立ち上がる。


「あーあ、負けちゃった。ちぇ、キララちゃんの魔法は嵌れば格上でも嵌め殺せるのになぁ……」


「だが、対策・突破されたら脆い。失敗した時のケアを考えるべきだ。相手に接近された時には突き放すとか、逆に相手の虚を突いて反撃するとか、常に接近戦対策のカードを入れておくとかな」


「そんな暇もなかったんだよぉ。天之くん強すぎ。勝ち目なかったや」


「いや、あのフュージョン・マジックが刺さらなかったらワンチャンはあった。君の符合魔法は恐ろしいよ」


「えへへありがと。そっか、キララちゃんはちゃんと強いんだ。あーあ、チームメイトがもうちょっと使える奴だったら、ワンチャンものにできたカモナー?」


 ちらっ、としるけんを見る。


「……」


 しるけんはくいっと眼鏡を弄った後、やたらと貫禄のある背中を見せつけながらリング上から退場した。他の生徒たちもリング上にいてもどうしようもないので観客席に戻る。キララはため息をついた。


「はぁ、指揮って面倒臭いね~。そっか。当たり前だけど、思った通りに動かなかったりもするのかぁ。を考えなきゃなぁ」


「そうだな。指揮は難しい。部下をぶち殺したくなったすることなんて日常茶飯事――いや、俺のことじゃないぞ? 知り合いの話だ。うん。知り合いの話」


「……そだね☆」


 キララはやっぱりこいつ意外とヤバいなと思った。そういうところも、悪くないとも。


「おい、天之」


 クロウがリング上に上がってくる。そして玄咲が返事の声を上げる間もなくその肩をガッと掴んで、


「お前未知のフュージョン・マジックを幾つ知っている。いや、それは今はいい。お前、一体、幾つ属性を持ってるんだ!? 数えてただけで5つ属性を使ってたな!? どういうことだ! 答えろ!」


「えっ、全属性です。虹色の魔力って言って、学園長も知ってるはずです」


 玄咲はクロウのリアクションに驚きつつ答えた。ゲームでは学園長が教師には周知させている。だからてっきりクロウも知っていると思ったのだ。


「――全属性、だと……」


 玄咲の返答で、バトルルーム内の空気がその日一番凍った。予期せぬリアクション。玄咲は凄く不安になってしまった。慌ててクロウに問いかける。


「べ、別にちょっと変わってるけど大したことありませんよね? 個性の一つで――」


「――天之」


 クロウは玄咲の肩をポンと叩いて告げた。


「全然大したことある。全く、今日ほどお前に驚かされたことはない」


「……そうですか」


 そうらしかった。クラスメイト達も物凄くざわついてる。


「あ、あいつ、一体何なんだよぉ!? 意味分かんねぇよぉ!?」


「クソ、チート系ハーレム野郎が。ドブ沼に嵌ってそのまま頭ぶつけて死ね」


「も、問題です! これは問題ですぞ! とにかく問題です! 僕にも一属性分けてください! (くいっくいっくいっ!)」


「ふん。くだらん」


 一人の生徒が歩み出る。赤髪の、ちょっと前に伸びた、イケメンで、悪で、クールな男子生徒。火撥狂夜がリングに上がる。そしてポケットに手を突っ込んでスタスタと玄咲の元まで歩いて、告げた。


「多属性だから何だ。多属性より強い単属性の魔符士の話など枚挙に暇がない。案外、相応のデメリットを抱えているんじゃないのか?」


「よく分かったな。俺の魔力は個々の属性の威力が弱いんだ。多属性のデメリットが極端に出ている。ぶっちゃけ特別強力という訳ではない」


 ゲームよりはそのデメリットが薄れているとまでは言わない。


「ふん。やはりか。では、さっさと始めようか。消えろキララ。雑魚に用はない」


「あんたあの日サンダージョーにビビッてたんだってね? よくそれでデカい口叩けるね。天之君以下の雑魚なのに」


 ビキビキビキィ!


「わ、怒った! 怖―い! 隠れちゃおーっと!」


 サッ。


 キララが玄咲の陰に隠れる。


「!」


 シュタタタタタタタッ!


「行こ。邪魔しちゃ、悪いよ」


「あ、ちょっと」


 リングに上がったシャルナが返事も聞かずキララを連行する。観客席で隣り合って座り、なんと手すりの上で手を繋ぎ合う。シャルナの生真面目さと優しさと2人の仲の良さに愛しさと切なさと心強さを覚えつつ、狂夜を振り向く。怒っている、なのに、


(……前から思っていたが、やはり)


 覇気が、まるでない。





「彼、強いねー」


「うん。強いよ。一度も、勝ったことない」


 キララはシャルナと観客席で会話する。その手はシャルナに拘束されている。リング上では相変わらず火撥狂夜が上がって天之玄咲と何やら話し合っている。


「あのフュージョン・マジック、何?」


「光の床を生成して、その上限定で、状態異常を反転して、メリット効果にしてしまう魔法、とか言ってた」


「何それ、反則じゃん」


「んーん。見えづらいから、分かりづらかった、だろうけど、あれ、地形干渉力は、強いけど、地形干渉範囲は、狭いの。意外と使いづらいって、言ってたよ。反転できる魔法量も、限度があるし」


「あ、そうなんだ……って、キララちゃんメタのカードじゃん。そっか、戦闘能力だけじゃなくて、カードチョイス能力もあるんだ」


「うん。いつも的確。ただ、初めて会ったときは――」


 シャルナは思い出し笑い。大真面目にアイスバーンを選んで、酷く後悔していたことも今では笑い話だ。キララはなんとなく天井の白い照明を見上げた。


「仲、いいね」


「うん。友達、だからね」


「……あっそ。そういえばあんた、なんかキララちゃんには親しげだよね。なんで?」


「あの時、あの場所にいなかったから」


「ん? あー、凄かったらしいね、例の事件。勉強のし過ぎで寝坊して後から聞いたキララちゃんも、実際に見たらドン引いただろうなって思う。でも、実際に見てないから、サンダージョーがいなくなってよかったなーって、その程度の感想を抱くのが精々かな。ちょっと、クラスメイトとの感覚のギャップについていけないときがある。たまにその時の彼が見て見たくなるかな――で、だからなの?」


「うん。変な感情、抜きで接せる。キララちゃんも、変な遠慮、しないし。結構、好きだよ」


 ギュ。


「……」


 サっ。


「クス」


「……あんた、天之くんの前とそれ以外で、人変わり過ぎ」


 シャルナはサっと視線を逸らした。


「そ、そんなこと、ないよ?」


「……まーいーけど。そーいえばうん――さとしの馬鹿も開始時刻覚え間違えて遅刻してきたらしいけど。あいつ」


 キララが無造作にリング上の狂夜を指さして言った。


「あの時、あの場所にいたんだよね。プライド高そうだけど、今何思ってんのかな」






「君、あの場にいたのか」


 最も気になったことを最初に問いかける。狂夜は腕組瞑目。そして静々と語り始めた。


「まぁな。自分の程度を自覚した、この学園に来て最初の挫折だ。未だに忘れられん。俺は、あいつにビビッて、何もできなかった臆病者だ。ふん。笑え……」


「いや、笑う気はないが。サンダージョーは強いんだ。ビビッて何もできなくても仕方がない。分を弁えた判断だと思うよ。しかし、そうか、いたのか。意外だな。はは、全く目に入らなかったからさ、いたことに気付かなかったよ。君の性格なら噛みついてもおかしくないと思ってたんだが、ビビってたのなら仕方ないな。まぁ確かに今の君があいつに勝てるはずないからな。強さを見極める目があるから尚更分かってしまったんだろう。勝ち目がない。どころか、あいつが化け物だと。……いや、でも本当に意外だ。君が、な……まさか、ただビビッて動けなかっただけとはな……」


 玄咲は結構狂夜に関する好感度が高い。そして相手は男。何のためらいもなく話せる。無駄な言葉がべらべら出てくる。玄咲は喋るときは喋るオタク臭い性格の持ち主だ。そして本質的にコミュ障だ。話している間は話すことで手一杯になる。話すのが得意な訳ではないからとりあえず自分の思ったことを口にする癖がある。


 だから、正直に、包み隠さず、狂夜をDisりまくる。そしてその事実に気付かない。しかも結構楽しそうに、緩く笑ってさえいる。クロウが慌てて止めに入る。


「天之、それくらいにしておけ。どうしてお前は一々人を煽るんだ……」


「え?」


 狂夜を見る。表情は変わらない。クールなままだ。クールなまま、腕に爪を激しく食い込ませている。血は滲み出ていない。だけど悔しさが滲み出ていた。玄咲は謝った。


「すまない。正直な胸の内を吐露しすぎた。悔しかったんだな。そりゃそうか。君はプライドが高いもんな。プライド、案件だよな……」


「天之、黙れ」


「……」


 玄咲は黙った。クロウに怒られたのがショックだったからだ。狂夜がフン、と鼻を鳴らす。


「いや、いい。事実だ。……そうだよ。俺は弱い。俺は、あの事件で俺の弱さを自覚した。……衝撃的な光景だった。まだ、忘れられないよ」


「……」


 玄咲は黙っている。クロウに言われたから以上に何と言ったらいいのか分からなくなったからだ。そんなシリアスな胸の内を明かされるなど思っていなかったのだ。ただ黙って、自然と相手に口を開かせるいつもの作戦に出る。視線でそれとなく続きを促す。狂夜はため息をついて、


「そう、責めるような目で見るな。お前にそんな目をされると、少々堪える」


「えっ」


「最初に言っておこう。俺はお前のことを認めている。別にリーダーになりたいなどとは思っていない」


「えっ。でも。だって、そのつもりで挙手したんじゃ」


「勝手に周りが勘違いしただけだ。ふん。勘違いするな」


「!」


 勘違いするな。狂夜の名言。玄咲の胸が高鳴る。そして狂夜は玄咲に腕組してクールに告げる。



「俺はただお前とヤりたいだけだ」



「――そうか」


 思ったより普通の台詞だった。まぁゲームと現実は違うよなと自分のゲーム思考を反省する玄咲の耳が、



「――が攻め」

「はぁ? 逆――」

「――×狂夜」

「イケメンで強い――」

「――嫌いじゃないわ」

「意外とあいつも――」

「――掘りてぇ」



(……? 距離があり過ぎてよく聞こえないが、まぁ、狂夜君がイケメンで堪らないって会話か。男の声が混じってるのが気になるが、まぁどうでもいいだろう。うん。どうでもいい。どうでもいいからな)


 玄咲はどうでもいい雑音と今しがたの会話を脳内で切り捨てた。脳内でそれ以上の傾聴に謎の警鐘が鳴るのが不思議だった。まぁとにかくどうでもいいと玄咲は狂夜に向き直り、告げた。



「俺も君とヤりたいと思っていた」


「なぜ」


「ただ、強くなって欲しいからだ」


「……そうか。器が大きいな」


「いや、個人的な事情が100%だ。器は小さい方だと自負している」


「卑下がお前の癖か。くだらない。もっと堂々としてろ」


「っ!」


 その言葉は、効いた。玄咲の悪癖を、端的に言い抜いていた。狂夜にはこういうところがある。ずけずけと、本質を言い当てる。相手の反発などお構いなしに。だから嫌煙されることもある。だが玄咲は。


(……狂夜、好きだ)


 そのあけすけさに、好感を持った。


「ただ、変なハンデなどつけるなよ。もしつけたら貴様を殺す」


 作中で一度も有言実行されなかった殺す宣言。玄咲は微笑んで答えた。


「ああ。大丈夫。その心配はない」


「? どういうことだ」



「俺は最初から君とはノーハンデでやるつもりだった。対等な、条件でな」



「――――」


(対等な条件で真正面から叩きのめす。それが一番こいつには効く。ハンデなど、逆効果だ。だからつける必要はない。まぁ、その余裕があるかどうかも分からないし――ん? 狂夜が動かないな)


 狂夜は動かない。見えてるのか見えていないのか、玄咲と視線を合わせたまま時を止めてしまっている。胸襟は動いている。バトルジャンキーらしく対戦前の高揚感からか武者震いからか、結構激しく。その眼は揺れている。どこか純真な、狂夜らしからぬ子供らしい、可愛らしい子犬の色をしている。そしてその頬が――。


 少し、赤らんで――。


「――ちっ、武者震いが止まらんか。ふん、勘違いするなよ。俺はただ貴様を血の海に沈めたくて高揚しているだけだ」


「? 何を勘違いなんだ? よく分からないから詳しく説明してくれ」 


 真顔の狂夜と見つめ合う。数瞬、そうした後、狂夜が唐突に、


「くっ! とにかく、俺はな!」


 胸倉を掴み上げ顔を接近させてメンチを切る。男にしては長めの黒ずんだ赤髪が目に入る。玄咲好みのカラーリング。そして悪っぽいイケメン顔。思わぬ急接近に玄咲は目を剥く。狂夜が睨み返す。


「お前に勝たないと前に進めんのだ」


「どういう意味だ」


「それも言わせるのか」


「言わないと伝わらないだろ」


「……ちっ」


 狂夜はそっぽを向いて、苦虫を潰したような表情で胸の内を語った。


「お前が上で、俺が下。分かってるんだ。その程度のことは。魂が、お前を認めてしまっている。上に立つに相応しいものだと。俺はそれが嫌で嫌で仕方がない。俺がな、お前の上に立ちたいんだ。俺の下に跪かせたいんだよ。血と、涙で、お前の顔をぐちゃぐちゃにしてやりたいんだよ……そして分からせてやりたいんだよ。俺とお前の本当の上下関係をな……」


 狂夜が頬に手を添えて顔を近づける。女子生徒が歓声を上げる。狂夜は人気だなと玄咲は思った。


「俺はお前を越えなければプライドを取り戻せん。最近の俺は腑抜けている。まるで子犬だ。だからこそ、お前に今の俺の全てをぶつけたい。何もかもぶつけて、ぐちゃぐちゃになった自分の中を一度真っ白にしたいんだ。だからお前も」


 狂夜が胸倉を掴み顔を1センチの距離まで近づけ、ギン、と睨んだ。




「全て出し尽くせ。お前の全てを俺にぶつけろ。壊れるくらいの本気でな」




 突如として黄色い歓声が爆発。玄咲はビクッと観客席を振り向いた。眼をハートにした女生徒の群れに戸惑う。その中の一人が気絶する。


「……クラっ」


「あー! ジュンコが気絶した!」


「ぶ、ぶふっ、ぬこぬこ、ぶふふっ……」


「いっ! 満子が鼻血吹きながら気持ち悪い感じで笑ってる! キ、キモ……」


「うーっ、え? え? どっちが、攻めで、受け?」


「どっちも描けばいいのよ!」


「! 真理ね!」


「……キララちゃん。あいつ、嫌い。キモっ」


「……やっぱり、顔?」


「キャー! MCムーンライト・セレナーデ―! やっぱりあなたがいつでも最高―! 愛してるー! 愛してるー!」


「……」


 煩わし気な一瞥。


「キャー! 視線くれたー! いつも優しー!!!!!!!!」


(……なんだこれ)


 一瞬でシリアスな空気がぶっ壊れたバトルルーム内。玄咲は迷い子のようにその場に立ち尽くす。狂夜が闇夜の輝きと狂熱を秘めたその赤黒い瞳で玄咲を睨む。ゲームで大空ライト君にも吐いたセリフを玄咲にも吐く。



「さぁ、始めようか。天之玄咲。互いの獣を、ぶつけ合う時間だ」


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