第36話 シャルナ VS B組 2 ―ダークネス・エルフィン―

 久々投稿。ややヤンデレ気味のシャルナ視点の部分を不安に駆られて書き直したのですがどうにも固い感じになってしまった。でも、こっちの方がいい気もしていて……まぁ、決めきれないいつもの奴です。





 カードショップにて。


白夜幻創天照白刃ダークネス・エルフィン? なんか、名前、被ってるね」


「ゲームでは未実装の、データだけ残っているフュージョン・マジックらしい。シーマから聞いた。名前を聞いてピンときた。これはシャルのために用意されたフュージョン・マジックだと。性能もまさにだった。高速戦闘に最適な常時発動型の魔法だ。黒翼の性能を強化し、ADを特殊強化状態にする。威力が強化される他、モーションに応じた魔力波を飛ばせるようになる。おっ、あった。これが素材の1枚だ」


 隣を歩く、カードショップに入るとやたらと饒舌になる玄咲が語る。その視線の先には、ガラスケースに収まった1枚のカード。


「ランク6、黒翼魔法、闇属性、エンジェル・フォール――う、うん。カードが、私に、露骨に合わせにきてる……一応、エルフィンって、意味の通った、言葉だから、偶然被った、だけなんだろうけどね……」


「そうなのか?」


「うん。光り輝く翼とか、そんな感じの、意味だったと思う」


「なるほど。シャルにぴったりだ。どうする、買うか?」


「うん。買う。玄咲を、信じる」


 玄咲は凄く嬉しそうな顔で、照れて視線を外す。その間に、シャルナはさりげなく身を寄せる。


「そ、そうか! じゃ、残り2枚の素材も一緒に買おうか。ルスト・エッジとダークネス・エナジーってカードなんだが――」





白夜幻創天照白刃ダークネス・エルフィン


 シャルナのADから白い妖炎のような魔力が絶えず揺らめいている。黒翼は鳥の大翼のような形状から、より抽象的な魔力の塊になって、無数に枝分かれした先端から魔力のスパークを常時迸らせている。アルルは油断なくシャルナの状態を見分する。


(未知のフュージョン・マジック……ADと翼を強化する魔法か。高機動戦闘を可能にする魔法かな。……つーか名前被ってる。こんな偶然あるんだな。どう、対応すべきか――)


「この魔法さ、5分しか持たないの。だからさ」


 アルルの思考を遮り、シャルナが飛ぶ。


「5分で、終わらせるね」


 夜空と三日月を背負って、猛襲する。






「――糞! 私じゃなくて、まず生徒の方を! ポイント稼ぎ!?」


 ――シャルナが暴れる。人と人の間を闇の風となり駆け巡る。誰の目にも止まらない。捉えられない。早すぎる。移動速度も、攻撃速度も。常に先手を取られる。一合の手数が多すぎる。並の生徒が一撃繰り出す間にシャルナは三撃は繰り出す。そのADが振るわれるたび、闇色の衝撃波が吹き荒れて、生徒が纏めて2,3人吹き飛ばされる。HPを0にされる。尋常でない威力と鋭さ。間違いなくクリティカル。滅多に出せない致命の一撃。のはずなのに、常に、その調子。あの速度域で、狙ってクリティカルを出している。意味が分からなかった。クリティカルは、狙って出せるものではない。F組の射弦義カミナはクリティカルの名手だったらしいが、その比ではない。呼吸のようにクリティカルを出している。明らかに異才だった。シャルナ・エルフィンには才能があった。異常な、才能があった。


(――なんなのこの子! 滅茶苦茶強いじゃん!? 天之玄咲のおまけじゃなかったの!?)






(大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫。私には玄咲がついてる。だから、平気。だから、へっちゃら。何でも、できる)


 シャルナは人見知りだ。人間嫌いだ。見知らぬ多勢の中に飛び込むのは勇気が必要だった。けど、問題なかった。


 なぜなら、玄咲がついているから。耳をすませば、聞こえてくる。玄咲の声が。


 ――シャル、右だ。


(うん)


 ザシュッ。


「いっでぇえええええええええええええ!」


 ――身を翻して、背後纏めて二人。


(うん)


 シュパパ!


「うわああああああああああ!」

「血、血がぁあああああああ!」


 ――一旦空に離脱し、さっきとは違う場所に着地。


(うん)


 スタ。


 ――フュージョン・マジックを発動しようとしている敵がいるだろ。潰せ。


(うん)


 ズチュ。


「うぉぼぼぼっぼぼぼぼぼぼぼぼ!」


 血の粘つくエンジェリック・ダガ―を相手の頬から引き抜く。魔法で強化された刃は容易く刺さった。武器だから当たり前。さらに横合いから斬りかかってきた相手にエンジェリック・ダガーを振るい、斬撃波で2,3人纏めて吹き飛ばす。当たり所が悪かったのか、一人死ぬ。少し身がすくむ。でも、大丈夫だった。


 ――大丈夫だ、シャル。


 一人じゃないから。玄咲がついてるから。


 ――俺がついてる。ずっと、ずっと、永遠に一緒だ。


(――うん!)


 いつものように、玄咲がシャルナを導いてくれるから。ずっと後ろで、シャルナに指示を出してくれるから。


(離れていても、心は一つ、だよね!)


 ――ああ。いつだって、俺たちは一つだ。


 玄咲が、後ろを振り向かなくても、笑顔を浮かべていると分かる声で頷いて、肩を掴んでくれる。


 それだけで、シャルナは舞える。






 シャルナが集団の只中で一瞬淀む。魔法が集中する。一瞬で天に飛び立つ。同士討ちが発生する。動揺も束の間、一瞬でまた急降下して密集地帯に現れ、1回転。ADが残光を引きながら衝撃波の渦を生み出し、直撃した生徒たちのHpを0にする。そしてまたすぐ消える。全てが遅きに失する。あっという間にB組の無事な生徒が数を減らしていく。


(糞! 常に生徒を肉壁にしてる! 攻撃が、しづらい! そもそも――動きを捉えられない!)


 シャルナは早い。そして性格だ。その思考までも。常に動き回っている。1秒も淀まない。なのに、常に最適な判断を下し続ける。冷徹に。迅速に。まるで彼のようだった。きっと、鍛え上げたのあろう。明らかに彼以上の素質を持つ彼女を、戦闘センスの化け物の彼が、惜しみなくその全てを教え込んだのだろう。


 シャルナ・エルフィンは天之玄咲を吸収して、とてつもない化物になっていた。


(ど、どうすれば……! あ、ああ、もう残り、最後の一人が、やられ――! 来るッ!)


 シャルナが、アルルに突進してくる。一瞬で、距離を埋めてくる。


「ッ! Wild SpeedにはWide Spread!  逃げ場なんてないただRide On Beat!」


 点の攻撃は容易に躱される。だからこその広がる面の攻撃。だけど、自分でも分かる。まるで威力が足りていない。小説と同じで厚みが足りない。相手が早すぎた。2小節を唱えるのが限界だった。アルルの弱点がもろに露呈していた。シャルナが翼に丸まり、弾丸のように回転して衝撃波を突き抜ける。そしてアルルの前、地に降り立つ。


「――最初から私に、逃げ場なんてない。強くなって、切り開くしかない」


 シャルナがエンジェリック・ダガーを振るう。超音防波壁に罅が入る。


「夢を、叶えるしかない。玄咲と一緒に、叶えるの」


 シャルナがエンジェリック・ダガーを振るう。超音防波壁が眩い魔力光を撒き散らしながら破壊される。


「一緒なら、どこまでだって、行けるの」


 シャルナがエンジェリック・ダガーを引き絞る。そして、いつかの玄咲の教えを100%再現して、突き込んだ。



 戦場に、HPが0になるブザーの音が高らかに響き渡った。







「――強い、ね。シャルナちゃん……」


 地面に倒れるアルルが肩口の刀傷を抑えて、それでも笑う。シャルナは夜闇を背景に、微笑んだ。


「玄咲が、私を、強くして、くれるの」


「は、はは。愛の力だ。羨ましいなぁ……ぐっ!」


「だ、大丈夫?」


 苦痛に顔を歪めるアルルの傍に、シャルナがしゃがむ。そして何もしない。何をしたらいいか分からないからだ。ただうろたえる。アルルは再び顔に笑みを浮かべてから、シャルナを手で制した。


「僕のことはいいから、早く次の戦場に向かいなよ。戦場じゃ1分1秒を急くべし。1秒の差で、大事な存在の命を落とす――実体験に基づく、ママの教えだよ。別に本物の死者は出ないけどね。模擬戦だろうと、そのつもりで戦うんだ。その意識が、大事なんだから――」


「……分かった。急ぐ。ありがとう。アルルちゃん」


 シャルナはアルルの手を両手でギュッと包み握る。それから立ち上がり、背を翻しかけたところで、


「あ、最後に一つだけいい?」


「? なに」


 スッ。


「ナイスファイト」


 アルルが拳を突き出す。いつかラップバトルをした時のように、屈託のない笑みを浮かべて。


「……うん!」


 シャルナもまた笑みを浮かべて、あの時よりも重みの乗った拳を突き出し、それでもあの時のように、打ち合わせた。


「ナイス、ファイト」


 コツン。







(あーあ……)


 シャルナがあっという間に遠のいていく。もう振り返ることはない。アルルは地面に寝そべり、そして、戦闘時のシャルナ・エルフィンのADが放つ鮮烈な白い輝きがまだ網膜に残っているからか、やたらと黒く見えるようになった夜空を見上げながら嘆息した。


(……あれが、本物って奴かぁ。ウェアウルフの彼も、絶対あっち側だよね。うん……。ああ、この学園に入学してから打ちのめされることばかりだ……)


 アルルの瞳にずっと堪えていた涙が滲む。この世界は数字で管理されるゲームの世界以上に才能の差が残酷だ。その才能の差を、アルルは今まざまざと感じていた。もう一度、アルルは大きく嘆息する。


(本当、化け物ばっか。才能の差、感じちゃったな。この学校にきてから、敗北ばっか。挫折ばっかだ。魂成期だし、在学中は全力で最強の魔符士を目指す。でも、もしかしたら僕は、将来的にはママみたいに別の道を選ぶことになるかもな。あぁ……強かった。きっと、ああいう子が、符闘会に出場するんだろうな)


 もう一度、短時間の間に随分遠くに行ってしまったシャルナの小さな背を見て、口元に笑みを浮かべた。


「――ファイト。シャルナちゃん。応援してる。君ならきっと、辿り着けるよ」

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