第21話 うんこドリル

この話の執筆時は本気で頭が疲れ果てていたので、もうろくに添削ができませんでした。今は思いっきりシンプルにしてますが、初稿のこれは、濃度100%の糞みたいなネタ塗れです。これでも、ちょっとはネタ削ってます。





「ぷいっ」


 キララが自席で玄咲から顔を背けて頬を膨らましている。相当な不興を買ったらしい。だが、その容姿の可愛さが微笑ましさしか生んでいない。だから、痴話喧嘩の一種程度にしか受け取られていない。キララも玄咲の威嚇の効果を見込んであえて誤解を解こうとはしない。


 ただ、態度程には内心嫌がっていない。


「よし。こんなもんだろう」


 クロウが黒板に巨大な地図を張り終えて生徒たちに向き直る。玄咲もシャルナも地図に目を向ける。シャルナはばっちりメモ帳まで開いている。そんなことをしている生徒は他にいない。


「次は舞台についての説明と作戦会議だ。黒板に張ったこの巨大な地図を使って、まず俺が地形の特徴と各クラスの初期位置の説明。それからリーダーとサブリーダー主導の下生徒同士で作戦会議。質問があるなら答えられることなら何でも答える。これが今日最後の議題だ。終わり次第解散して各自帰宅。ではこれから作戦会議を――」


 スッ……。


「……」


 鋭い爪が伸びた手で挙手したのは端正なルックスの男だった。リーゼント、という程ではないが前に大きく垂らした、男にしてはかなり長めの長髪。瞳は鋭く、立ち振る舞いに隙はない。ちょっと陰を背負った、悪で、クールで、イケメン。遠目にもその瞳は赤黒くぎらついている。身動きするだけで女生徒が歓声を上げる。女子生徒から多大な人気を誇る生徒。そんな生徒がただのモブである訳がない。クロウは嫌そうな顔をした。同時、玄咲も憂鬱そうな顔をした。今後の展開を予想したからだ。


「なんだ。質問があるなら答えられることなら何でも――」



「天之玄咲。俺とカードバトルをしろ」



 クロウでなく玄咲の方を向いて狂夜は言う。その台詞はクロウの、そして玄咲の予想を少しも違わない台詞だった。クロウと玄咲は全く同じタイミングでうな垂れる。そして、


(……やっぱり)


「……お前はそういうことを言い出す奴だと思ってたよ」


 全く同じタイミングでため息をついた。




 火撥狂夜。


 ゲームでの1年G組のフラッグ・リーダー。そして1,2学期間級長として1年G組を率いて主人公と何度も激突するライバルキャラの一人。強さを標榜とする孤高の男で、弱者には冷たい。その一方で強者と認めた相手には認めた度合いに応じて態度が柔らかくなる。プライドは高く、自分より弱い相手と気に入らない相手の下には絶対つかない。後者のサンダージョーが3学期に復学した際には真っ先に激突して、フルコンディションで戦える状況というハンデをもらって、部分的にはサンダージョーを上回る力を見せ圧倒しながらも、戦闘技術で翻弄され、最終的にはサンダージョーに圧倒されて敗北し、サンダージョーが力・技ともにそれまでの敵とは次元の違う強敵であることを印象付けるためのやられ役を演じることになる。だが、サンダージョーと戦った相手の中では主人公以外ではもっともサンダージョーを追い詰めた存在であり、その株が下がることはなかった。むしろサンダージョーに敗北した後は主人公の味方となってプレイアブルキャラと化して最後まで強力な味方キャラとして使える上に、「ふん、勘違いするな」で始まるいくつもの名言を産み出すツンデレぶりを発揮したことで多大な女性人気を獲得した、その悪っぽいイケメン顔も相まって男性キャラの中では最も人気の高いキャラ。人気投票順位は5位。男性キャラの中では唯一の一桁順位にして、ヒロインにも負けない高順位。女性票のお陰だ。楽器を持った時のギャップもまた、引かれるかと思いきやむしろコアな女性ファンにぶっ刺さった。とにかく狂夜は人気キャラだった。玄咲も子供のころは天然シュールな性格をしている大空ライト君の100倍格好いいので大好きだった。子供のころ一番最初にファンアートを書いたキャラ。本当はクララ先生か明麗の絵が描きたかったのだが、親の前で女性キャラを描くのが恥ずかしかったという裏事情もある。勿論子供の頃の話で、今はヒロインの方がずっと好きだ。狂夜の絵など一枚も書かない。玄咲も大人になってアダルティーな魅力に目覚めたのだ。


 ちなみに子供のころ、玄咲は狂夜のことをネットで画像検索した結果出てきた大量のクロウとのカップリング本の中身が一時トラウマになっていた時期がある。大空ライト君とのカップリング本もあったが、見た目だけは大人びたイケメンで同じく女性人気の高かったクロウとの絡みが圧倒的に多数だった。大空ライト君の魅力はシュール過ぎるので一般受けしなかったのだ。


(っと、変なことまで思い出してしまった。なんで中央に穴がついてたんだろ……)


 そこまで思い出した当たりで、玄咲は思考を打ち切った。幼いころのトラウマが脳裏にちらついて平常心を侵されかけたからだ。改めて、狂夜を見つめる。


(火鉢狂夜。格好いいぜ。俺はお前のことが嫌いじゃない。が、リアルだと面倒臭い性格なのも事実。狂人の類に分類されるのも事実。俺は基本常識人だから気は合わなそう。だが、嫌いじゃない。だが、面倒臭い。対応に困るな。しかし、うむ。格好いい。格好いいな……)


 玄咲は狂夜に熱視線を送る。子供のころの憧れが乗っているため、男に向けるには少し過剰な熱量。それが勘違いを産む。狂夜の視線が尖る。クロウが慌てて言葉で割って入る。


「天之玄咲。あまり挑発し返すな」


「え、いやただ格好いいなって」


 言い訳を装った煽り。シャルナ以外の誰もがそう判断。クロウは慌てて玄咲の言葉を遮り狂夜をなだめにかかる


「火撥狂夜。カードバトルで勝った方がリーダーにとか言うつもりなんだろうが、これは既に職員会議で決まって――」


「――ふん」


 狂夜が、クールに言い放つ。


「勘違いするな」


「!」


 玄咲は興奮した。


(出た! ふん、勘違いするな! 狂夜がデレる! お、俺に! ハァ、ハァ。狂夜ァ……)


 ヒロインではない。美少女ではない。だから玄咲の好感が暴走する。美少女相手なら無意識に抑える興奮が、ヒロインに比べてどうでもいい相手だからこそヒロイン以上に燃え上がる。子供のころの憧れが、他の子どもが特撮ヒーローに抱いていたような感情が今まさに玄咲をときめかせていた。韓流スターに憧れるおばさんのマインドのようでもある。とにかく玄咲の視線がさらに熱を増す。狂夜が視線を逸らす。凄く珍しいこと。自分以上の狂人を相手取っているような気分に襲われたからだ。狂人にも格がある。


(……? 俺に、デレる? ……いや、ノーセンキューだ。男に好かれても何も嬉しくない)


 だが、すぐ冷静になった。男でなく美少女だったら抑えつつ永遠に熱が持続していた。男なのですぐどうでもよくなった。突然冷静になった玄咲を訝しみつつ狂夜が口を開き、発しかけた言葉を、


「俺はただ――」


 ガタリ。


「リーダーを賭けたカードバトルか! 面白そうじゃねぇか! その話、俺も乗ったぜ!」


 新たに立ち上がった一人の男がナチュラルにドでかい声で遮る。教室中の視線が狂夜の台詞をそのドでかい声で完全にかき消し立ち上がった一人の男へと集まる。いかつい体躯。いかつい顔。その上に乗った黄土色のドリルリーゼント。昭和のヤンキー漫画に出てきそうな、濃ゆい画風の番長じみた男だった。グッと親指を立てて自分を指さし、肩目を瞑って自信満々のウィンクを見せて歯をキラリと光らせる。


「へっ、俺もよぉ、戦いもせずあいつより格下だって決めつけられるのが癪だったんだよ。なにせ実際に戦ったら俺の方が強いに決まってるからなぁ! クロウセンセに義理立てて黙っておいてやったけどよ。他にも不満持ってるやつがいるってんなら話は別だぜ! あいつに番格張るカリスマが足りねぇってことだからなぁ。そんな奴にリーダーの資格なんてねぇよなぁ!」


「おい。お前。何を勘違いしている。俺はただ純粋に」


「分かってるって」

 

 さとしが親指を立ててウィンク。


「リーダーになりてぇんだろ? 俺と同じだァ」


 ピキ。


「……誰と、同じだと」


 すぅ。


 さとしが狂夜の言葉を聞きもせず息を吸い込み、玄咲を指さして廊下に響く程の大声で宣言した。


「天之玄咲ゥ! 俺とカードバトルしろやァ! チンコついてんならふにゃちんじゃねぇって証明してぇだろうが!? 男なら前も後ろも一本糞よォオオオオオオオオオオオ!」





 C組教室。


「天之玄咲ゥ! 俺とカードバトルしろやァ! チンコついてんならふにゃちんじゃねぇって証明してぇだろうが!? 男なら前も後ろも一本糞よォオオオオオオオオオオオ!」


「……」


 クララ、そしてリュート、アカネ、ユキ含むC組の生徒全員が廊下へ視線を向けた。滞りなくリュートがリーダーに、アカネがサブリーダーになった直後の出来事だった。


「……クロウくんは相変わらず苦労してるわね。あ、今の駄洒落じゃないわよ」


 ちょっと慌てて釈明するクララの姿に教室に笑いが満ちる。どこまでも朗らかで平和な日常のワンピースがそこには広がっていた。今の玄咲が見たら血の涙を流しそうな、かつて玄咲が切望した日常のワンピースが。







「天之玄咲ゥ! 俺とカードバトルしろやァ! チンコついてんならふにゃちんじゃねぇって証明してぇだろうが!? 男なら前も後ろも一本糞よォオオオオオオオオオオオ!」


(うっ)


 玄咲は鼻をつまみたくなった。視界からさとしを消したくなった。シャルナの引きつって尚美しい顔を一瞬見て、気分を立て直す。


(糞下品で面倒臭い。そして俺が一番嫌いなタイプの漢と書いてオトコと呼ばせるノリの男だ。ちっ、最下位はサンダージョーで固定の人気投票ブービー賞争い常連は伊達じゃない。ゲーム中で牛のうんこと同じ色でドット画面ではうんこ状になる自慢のドリルリーゼントが着色されていることからうんこドリルの蔑称を戴いた男。ゴロゴロコミックのPTA中指系漫画【うんカスくん】にも客演出来そうなお下品さだ。ちっ、面倒臭いが相手してやるか。平和的に、平和的に解決するんだ。クララ先生みたいに……!)


 本当は殴って視界から今すぐ消したいところだが努めて玄咲は平和的な解決を試みる。その第一声が、


「その、うんこドリル」


 教室の空気を一瞬で今日最低温まで冷やした。

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