第15~18話 過剰な暴力2

 主な変更点


 第15話 当初はカードバトルは必ずポイントを賭けて行わなければいけない設定でした。ちょっと融通が効かない設定だったので変えました。あと主人公の意識の切り替え方が最初に来ています。あまり険悪な雰囲気にしたくなかったので殺意を削っています。


 第16話 投稿初稿。バリアを殴らない。日和り過ぎました。


 第17話 かなり不評だった投稿初稿です。全体的に劣勢です。PVが、激減しました。


 第18話 最後、主人公の異常性と殺意をフォローするために必死になっています。あまり後味の悪い終わり方にしたくないという思いがありました。次話投稿までにあまりもやもやさせたくないので。





 第15話 カードバトル1  準備


(――実際経過時間はそこまででもないはずだが、なぜだろう。随分と久しぶりのカードバトルに感じる。きっと体感時間が濃密だったからだろうな)


 バトルルーム内に2つある、20メートルほどの距離を置いて床に書かれた魔法陣の上で、玄咲とアルルは対峙していた。あとはSDの戦闘開始ボタンを押せばいつでもカードバトルを始められる。シャルナはバトルルームの隅っこで正座している。コロコロと口の中で飴玉を転がしながらも、2人を見つめるその眼差しは真剣そのものだ。


「それじゃ、始めようか」


「ああ」


 アルルがSDを操作する。対戦申請の操作をしているのだろう。その間に玄咲は自分の心の準備を整えることにする。


(――さて、少しだけ、切り替えるか)


 玄咲は瞑目する。そして頭の中のスイッチを入れる。丁度、ポケットボーイの電源を入れるような感覚で。カチッと。


 思考が冷たく澄む。平時とはまるで大違い。普段頭が良く働かないのは無理をして自我を抑えているせいかもしれないなと思いながら、玄咲はメンタルを整える。


(――よし、この程度でいいか。さて、久しぶりのカードバトルだ、楽しんでいこう)


 玄咲は目を開く。そして、アルルを見た。アルルはSDを操作する手を止めて動きを凍り付かせて、玄咲を見ていた。


「――君」


 瞬きもせず、アルルは尋ねる。


「本当に、天之玄咲?」


「ああ。これも俺だ」


「急に雰囲気変わったね。まるで、別人だ。読めない」


「よく言われる。俺もあまりこの自分は好きじゃない。必要だから活用しているだけだ」


「――そっか。コントロール、できるんだね。とにかくバトルを始めようか。SDの操作の続きをっと――あ」


「どうした」


「忘れてた。賭けるラグナロク・ポイントはいくらにする? 項目設定しなきゃいけないんだけど」


 学内でのカードバトルは必ずラグナロク・ポイントを賭けて行わなければならない。入学直後の現時点での最低レートは1000ポイント。学期・学年を経るごとにそのレートは上がっていく。そうしてバトルで稼いだラグナロク・ポイントでラグナロク学園の生徒はラグマやデバイス・カードショップで買い物をする。つまり戦わなければ生き残れないシステムになっている。毎月補充される他、カードバトルだけがポイントの供給源ではないが、基本はカードバトルだ。


「1000ポイントだ」


「1000ポイント? 最低レートなんだ。僕は1万ポイントくらい賭けてもいいけど」


「いや、やめておこう。負けた時の被害は少ない方がいいだろう?」


 ピクリ、とアルルの表情筋がひくつく。それから、確かめるように聞いてくる。


「――一応聞いておくけど、どっちの意味?」


「どっちって、単に俺が負けた時の被害は少ない方がいいと、そう言っただけなんだが」


「……ああ、そっち。君、よく誤解されるでしょ」


「ああ。毎日誤解される」


 この眼付きのせいだろうなと思いながら玄咲は答える。アルルはため息をついて首を振った。


「なんかとんちきなこと考えてそうだな―……ところで、ADの武装解放はいいの? スペルカードは対戦開始後だけどADは対戦開始前から取り出しておけるよ」


 己のAD――ライブ・マイクを振りながらのアルルの言葉を受けて玄咲は手に持つカードを目の前に掲げる。


「今する。武装解放――ベーシック・ガン」


 玄咲の手に真白手抜きの銃型ADが顕現する。試験で使ったシングルスロットの低性能ADだ。


「――それでやるの?」


「ああ。問題ない。これで十分だ」


「一応僕のAD、リミットギリギリまで性能高めてあるんだけど、流石に補正値10のベーシック・ガンで戦うのはきつ過ぎない?」


 学内で使用するADは生徒間の実力の公平さを保つため補正値にリミットが設定されている。そのリミットに収まる範囲内かつ、学園長の直接審査を潜り抜けたADのみ、外部から持ち込んだADは使用できる。入学時点での補正値のリミットは50。つまり単純計算でアルルのADは玄咲のADの5倍――という訳ではないが、数段上の威力のカード魔法を放てるということになる。本当に公正を保つためならADの持ち込み自体を禁止にするべきだが、持ってる力を使わせないのはそれはそれで実力を腐らせると言う学園長の考えの下、現在の制度になっている。


 また、カードにもリミットがあるが、今考えることではないなと思い直し、思考を打ち切って玄咲はアルルに答えた。


「知ってる。その上で言ってるんだ。これで十分だと」


「ッ!」


 アルルの表情が獰猛な戦意に満ちる。


「凄い自信だね。それだけサンダージョーとの戦いでレベルが上がったの」


「かなり上がった。だからまぁ、君ともこのADでギリギリバランスが取れるんじゃないかと思ってる」


 流石に厳しいかもしれない、という言葉は飲み込む。戦いで弱気を表に出すべきではない。


「……OK。今度は勘違いの余地はなさそうだね。いいよ。ADも魔符士の実力の一部だってことを教えてあげる。補正値の違い、そしてシングルスロットとマルチスロットの性能の違いを見せつけてあげるよ!」


 アルルが対戦開始ボタンを押す。玄咲のSDにボタンが表示される。


【対戦が申請されています。受諾しますか】


 YES    NO


「YES」


 カウントダウンが始まる。SDに巨大な数字が表示される。その数字が5、4と進んでいく。


 そして、0になった。


 ビーッ、とSDから音が鳴る。アルルがカードケースから3枚のカードを取り出す。


「行くよ!」


 玄咲もまたカードケースから1枚のカードを取り出しながら、アルルの台詞に応えることなく白い床を蹴った。




 第16話 カードバトル2  アルルVS玄咲


 玄咲は駆ける。一直線にアルルの元へと。駆けながら、ベーシックガンのグリップ底のカードスロットに1枚のカードをインサートする。まだカードの扱いに慣れていないため一瞬だけ逸らした視線を即座にアルルに戻すと、アルルは既に1枚目のカードをインサートし終えて、2枚目のカードをインサートしているところだった。熟練の差が出ている。カードを素早くインサートする特訓を積まなければいけないなと思いながら玄咲はADをアルルへと向けた。


 そして、詠唱する。


「ダーク・ハイ・バレット」


 ランク2・・闇属性・銃魔法【ダーク・ハイ・バレット】。ランク1・闇属性・銃魔法【ダーク・バレット】の上位カード。ダーク・バレットよりも威力と弾速に優れた小型の闇属性の魔法弾を発射するカードだ。ファイア・ボールなどの【ボール】系と並ぶ汎用カードの代表格。汎用カードとされるだけあって、使いやすくて優秀で、それ故流通量が多く、安価で購入可能。玄咲はこのカードを学校価格とはいえ3000Pで購入した。ちなみにダーク・バレットは1000pだった。


 そして闇属性の銃魔法――銃型のADと相性が良く、バエル曰くこの世界での玄咲の主属性であるらしい闇属性と一致し、何より玄咲の符合魔法ソウルリンクスと符合する種類タイプのカード。それが玄咲がダーク・ハイ・バレットを購入した一番の理由だった。ADのスリットから闇色の光が迸る。


 アルル目掛けた銃口から闇色の魔法弾が発射された。


「!? 早っ――!」


 現実の銃と同程度――とまではいかないが、弩弓と同程度には豪速の魔法弾がアルルの胴体へと一瞬で迫る。手足頭部などの体の末端と異なりどうしても大きく体を動かさなくては回避できない部位。


「ダーク・ハイ・バレット」


 玄咲の予想通りアルルは、発射時点での体勢からしてより重心を逃がしやすいであろう右へと身を大きく傾けて魔法弾を回避した。その間に2枚目のカードのインサートを終え、回避しざまに3枚目のカードをインサートしようとしたアルルに、アルルの動きを予測して既に回避位置に置きに行く感覚で放っていた玄咲のダーク・ハイ・バレットが迫る。右へと身を倒して避けた直後、慣性の法則からして急に逆方向には身を戻せない。しかも狙いはまたも体のド真ん中。腹。これをもろに受ければ息がつまって、隙を晒す。そう判断したアルルは無理やりにでも回避しようと、さらに右に倒れ込むも、完全に予想外のタイミングで、狂気的なコントロールで放たれた魔法弾を完全に回避することはできず、カードを持つ左手にダーク・ハイ・バレットが掠った。


「あっ!」


「ダーク・ハイ――」


 玄咲は少しだけ左に銃口をずらして、一拍遅らせた最後の詠唱を着地させた。


「バレット」


 落としたカードを拾おうとしたアルルの手の少し先に、ダーク・ハイ・バレットが着弾した。カードの、僅か数センチ横。アルルの顔が輝く。カードを急ぎ拾って、即座にADへとインサート。アルルが玄咲の方を向く。


 残り5メートルの距離で自分へと迷いなく向けられた銃口を見る。アルルが顔を引きつらせて詠唱する。


「フュージョン・マジック――」


 声が、重なる。



「ダー「超防音波壁スーパーサウンドバリア―――ッ!」ト!」



 玄咲の声を掻き消すほどの大音声がフュージョンマジックを発動させた。音の波がバトル・ルーム内を幾重にも反響して、尚止まらない。声量、という理由だけでは片付かない現象。声そのものでなく、声に宿った魔力が、バトル・ルーム内を跳ね回っているのだ。なぜか胸を叩いてせき込んでいるシャルナの姿を視界の端に捉えながら、玄咲はアルルの種族特性を思い出す。


(精霊人の2つある種族特性。外見の不老でない方、言葉に魔力を宿す力か――!)


 精霊人の言葉には魔力が宿る。魔力の宿った言葉は音だけでなく魔力波としても音を伝える他、言霊が強化される――つまり、言葉のその本質が強化される。例えば、演説をすればその言葉は広く聴衆に響き、論絶をすればその論は実態以上の説得力を帯び、歌を歌えばカラオケレベルでもなぜか絶賛される。


 そして、魔法を使えば、威力が強化される。精霊人が強力な種族とされる由縁だ。


 アルルのADから音が、魔力が、迸る。マイク型ADの大声程、綺麗に発声・歌い回す程、魔法が強化されるという特性で強化された魔法が発動する。


 アルルのADから視覚化できる程に空気を揺らす無形の波が迸った。それは球形に留まり、アルルを包む薄膜の防御壁となる。薄膜、されど強固。魔力現象はしばしば視覚的認識と矛盾を引き起こす。微振動しながら滞空し続けるその防御壁にダーク・ハイ・バレットがぶつかる。そして、弾け、フラッシュを残して掻き消えた。音の防壁に一切の傷跡を残すことなく。全くの無為に。超防音波壁スーパーサウンドバリアは一定威力以下の魔法を無効化する効果を持つ。ゲームでもそうで、この世界のカード図鑑にも記載されていた現象。魔力を帯びた音の振動で魔力を分解する。想定の範囲内。


 だから、玄咲は迷わず次の行動に移った。一気に距離を0にし、超防音波壁スーパーサウンドバリアへと銃口を接着。そして、詠唱。


「ダーク・ハイ・バレット」


 0距離射撃。しかし超防音波壁スーパーサウンドバリアは僅かにさざなぐのみ。効果はある。だが、威力がまるで足りていない。もう一度ぶち込むが、結果は変わらない。アルルがカードを新たに1枚、ADにインサート。そして叫ぶ。


「――――ちょ、ちょっと、ビビったけど、超防音波壁スーパーサウンドバリアを貼った状態で僕にこれを発動させたら、終わりだよ! もうシングルスロットじゃ太刀打ちできないよ! ! 行くよ! これが僕の切り札――!」


 アルルがカードスロットから1枚のカードを取り出し、ライブ・マイクにインサートする。


「ランク4! ラップ魔法――!」


 そして、詠唱した。


「ヒプノシス・マジック!」


 金色のADが光を放つ。




 第17話 カードバトル3 アルルVS玄咲2


 ヒプノシス・マジック。


 ランク4。無属性。ラップ魔法。マイクからランダムで流れるビートに応じたラップを行うことでそのラップに応じた魔法を魔力を固定値消費して発動する、マイク型AD専用の常時発動型カード魔法。起動自体には魔力を殆ど消費せず、一定時間の経過、魔力切れ、カードの排符まで効果が途切れることはない。CMAではアルルの代名詞たるNPC専用カード魔法で、強力な溜め攻撃だった。


 CMAでのアルルは一言で言えばギミックボスだった。通常の敵とは異なる仕様がふんだんに盛り込まれていた。


 まず0ターン目に先制行動で超防音波壁スーパーサウンドバリアを貼ってくる。ダメージを大きく減衰し、状態異常にまで耐性をつける、強力な防御系のフュージョン・マジックだ。その超防音波壁スーパーサウンドバリアで5ターンの間守られながら、


 1ターン溜め攻撃。ヒプノシス・マジック4小節。

 2ターン溜め攻撃。ヒプノシス・マジック8小節。

 プレイヤーの命中率を25%低下させつつ、次のヒプノシス・マジックの溜めをなくすサウンド・バースト。


 の3つの行動をランダムで使用してくる。超防音波壁スーパーサウンドバリアが切れたら張り直しもしてくる。攻撃行動が溜め攻撃オンリーで、他の行動もそのサポート行動のみ。とにかく清々しいまでにヒプノシス・マジックに特化した非常にユニークなキャラクターだった。そして、それだけ特化するだけあって、ヒプノシス・マジックは非常に強力な魔法だった。


 1ターン溜めの時点でプレイヤーのHPを半分消し飛ばすのは当たり前。2ターン溜めとなるとレベルが足りず乱数に嫌われれば一撃死もありうる。とにかく超防音波壁スーパーサウンドバリアが切れるまでの5ターンを防御魔法と回復魔法で耐え切り、6ターン目から状態異常・フュージョン・マジック、エレメンタル・カードで攻勢を仕掛けるという、攻略方法のメリハリがはっきりしたキャラクターだった。5ターン我慢した分を一気に畳みかけると言うシンプルで爽快感のある攻略方法は受けが良く、アルルは敵キャラとしても中々人気のあるキャラクターだった。味方キャラとしては先制で超防音波壁スーパーサウンドバリアを貼ってくれずヒプノシス・マジックが隙だらけで使いにくい不人気キャラだったが。


 ちなみに玄咲はヒロインとしてのアルルは好きだったが敵キャラとしてのアルルはあまり好きではなかった。周回するとなると超防音波壁スーパーサウンドバリアが鬱陶しいし、何よりサウンド・バーストが嫌いだった。命中率を25%も下げつつ、ヒプノシス・マジックの溜めを失くす技。この技のせいで何回事故死したか数えきれない。25%もさげられれば連続して攻撃が外れることもよくあり、その間にヒプノシス・マジックを決められ、デバフ解除、防御、回復と後手に回されてる内に押し負けると言うアルル相手の鉄板負けパターンを何度繰り返したか数えきれない。なので後期の玄咲はバエルで一撃で吹き飛ばすか、後にも敵が控えているならメリーでメタるかの2通りの攻略方法を好んで使っていた。


 ゲームでのアルルの戦い方を思い出しながら、さらに2発、玄咲はダーク・ハイ・バレットを打ち込む。超防音波壁スーパーサウンドバリアに無効化される。アルルがマイクに口を近づける。玄咲はカードケースに手を伸ばした。


(さて、この世界でのヒプノシス・マジックはどんな魔法かな。図鑑で読んで尚未知数の部分が多い。見るのが楽しみだ……!)


 ADのカードを手早く入れ替える玄咲。その顔には笑みが浮かんでいる。憧れのカード魔法を使うのも、見るのも、食らうのも、玄咲にとってはワクワクしかなかった。


 このバトルルーム内で行うカードバトルはまさに玄咲にとって最高の遊びだった。平和に、カード魔法で遊びつつ、自分の才能を振るえる。加えて、相手を傷つけたり殺したりすることもない。一生遊び場として活用したいと思うほどに、玄咲はこの特異空間でのカードバトルを気に入っていた。まるで子供の頃連れて行ってもらった遊園地のアトラクションのように玄咲はカードバトルを楽しんでいた。だから、自然と笑みが零れた。


「いくよ!」


 アルルが黄金色に光るマイクを握り締める。マイクから流れるビートに合わせて、笑みを浮かべる玄咲に向けてバースを吐き出す。



 不敵な笑みを即Erase 

 公開処刑のShow case!



(2小節、溜め攻撃まであと2小――)


 小節を数える玄咲の視界の中、マイクが光る。玄咲は即座に銃口をアルルへと向けた。果たして予想通り――というか直感通り、ヒプノシス・マジックが発動した。


 アルルのマイクから玄咲目掛けて音の衝撃波が発せられた。その中央にはギロチンの刃のような形の一際濃密な魔力。それが真っすぐ玄咲の顔目掛けて向かってくる。


(カード図鑑通りだな。ラップの中身で衝撃波が変形する――!)


 ヒプノシス・マジックは基本的にはただの衝撃波攻撃だ。だが、その衝撃波の威力と波形にラップで幅を持たせることが出来る。衝撃波を広範囲に満遍なく放ったり、一点に集中して放ったり、その両方の性質を持たせたりと、変幻自在に衝撃波を変質・変形させられる。アルルの放ったヒプノシス・マジックは玄咲の笑顔をDisったことにより、顔への殺意が増した形に変形したらしい。それも公開処刑というワードを使ったからかギロチンの形に。そういえばサンダージョーもギロチンで公開処刑されたなと玄咲はふと思い出した。


(処刑人はプライア。当然アルルも目撃しただろう。おそらくそのせいでアルルの頭の中に公開処刑=ギロチンというイメージがこびりついていて、魔力を通して魔法に反映されたんだろうな)


 冷静に分析しながら玄咲は銃公をギロチンに向ける。音速とまではいかないまでも高速で飛来するそれに、タイミングを合わせて詠唱した。


「フラッシュ・ガード!」


 ランク2・無属性・銃魔法【フラッシュ・ガード】。ゲームでは1ターン限定で強力なダメージ減算バリアを貼る魔法で、アルルのメタに最適な魔法だった。この世界でも効果はさほど変わらない。ごく短時間強力なバリアを前方に貼るというもの。だからこそ購入し、ヒプノシス・マジック迎撃の初手に選んだ。防御札としても、ゲームとの差異を把握する上でも、一番有効だと判断して。


 銃口からマズルフラッシュのように迸った白い魔力光が前方に一瞬で中身を繰り抜いた半球状のバリアを形成する。そのバリアにギロチンがぶつかる。喰いとどめる。魔法同士が魔力光を火花のように散らして折衝する光景に希望を抱いた玄咲に。


 バリアを迂回して左右から同時に飛来した衝撃波が直撃した。玄咲は背後に吹っ飛ぶ。ただ、威力自体は大したことなく、レベル差による抗魔力の減衰効果もあって、衝撃もダメージもそこまででもない。すぐに地に足が付く。SDに表示される5%程減ったHPゲージに一瞬視線をやってから、視線を前方に戻す。バリアはまだギロチンを食いとどめていた。


(――やはり完全に防ぐのは無理があったか。何となくそんな気はしてた。だが、ギロチンは防げたからその点は有用――)


 ピシッ。


「……」


 罅割れる音。罅割れは一瞬で一直線状に亀裂を広げ、バリアはまるで裂かれるように崩壊した。バリアを形成していた魔力光の残滓を突き破ってギロチンが飛来する。玄咲は無言で横に避けた。ギロチンがちょっとホーミングして玄咲の顔を狙う。全く予想外の軌道。しかも音をベースにした魔法だけあって超高速。玄咲は咄嗟に首を捻るも避け切ること敵わず、顔に魔法が直撃した。玄咲はぶっ飛んだ。


「ぐはっ!」


「玄咲!?」


 シャルナが声を上げる。玄咲はシャルナに安心感を与えるために一瞬笑みを向ける。虚を突かれたように目を丸くするシャルナ。どういう心境なのかは分からないが不安は消えた。それを確認してから玄咲はアルルに向き直る。ADからカードを排符し、カードケースに仕舞いつつ新たなカードを取り出す。そして即座にインサート。笑みは、崩さない。


(なるほど。ラップの効果を忠実に再現しようとする訳か。ホーミングするとは思わなかった。それに2小節から発動できるのも予想外。ただ、威力は)


 チラリ、とSDを見る。SDのHPゲージは15%程減っている。大したダメージではない。


(相応に低くなる。だが、小回りが利く。なるほど、大体どういう魔法か分かった。しかし、攻撃に移りたくても移れない。本来ならこういう時間に攻撃を挟んでおきたいところだが――)


「攻撃に移れないでしょ? シングルスロットの欠点だよね。カードを入れ替えないと別の魔法を使えない。カードバトルじゃ致命傷だよ」


 玄咲の思考をアルルが図らずして代弁する。そしてマイクに笑んだ口元を近づける。


「ま、遠慮はしないけど。じゃ、次のバース行ってみようか」


 アルルが再びラップをする。



 ベーシック・ガンで舐めプするWack

 手加減しないよ? 勝利は分捕るType

 チェスで言えばこの状況Zugzwankツークツワンク

 もがく程沈み込むDoomドゥーム toトゥSwampスワンプ



(4小節――さっきより強力な攻撃がくる!)


 身構える玄咲目掛け、アルルのマイクから地を這う衝撃波が滑り飛ぶ。Swamp――沼のように広がる。浅く隆起し玄咲へと伸びてくる。沼に引きずり込むイメージだろうかと思いながら、玄咲は足元の地面に銃口を突き付けて詠唱した。


「アース・シェル」


 玄咲の足元の床に土色の光が生まれる。玄咲を取り囲むように円周上に広がり、その縁から一気に土の壁がせり出す。頭上で合流し、溶け合う。360度を包囲する土の壁が一瞬で完成した。


 ピシッ。


「……」


 土の壁が壊れる。玄咲は衝撃波に轢かれる。隆起に引きずり込まれる、などということはなく普通に打ち上げられる。宙を舞いながら玄咲は考える。


(ランク1・土属性・土魔法・アース・シェル。防御に優れた土属性の基本魔法。だが、全体を満遍なく覆うだけあって、フラッシュ・ガードより遥かに耐久性は低いな。詠唱が4小節だったということを加味してもだ。うん、なるほど)


 そして結論付けた。


(アルルの攻撃は防ぎようがないな。流石アルルの符合魔法で、尚且つ言霊に魔力を宿し魔法を強化する精霊人の種族特性とも相性のいい音魔法の亜種のラップ魔法で、条件さえ満たせば同ランク帯でも屈指の威力を誇るヒプノシス・マジックなだけはある。さらにADの差まである。うん。勝ち目はないな)


 SDのHPゲージは残り6割。防御魔法の減算とレベル差――アルルの魔力と玄咲の抗魔力の差が効いている。ゲームより遥かにHPゲージを保てている。だとしても、相手の攻撃を防ぐ手段がなく、防御を突破する手段もない以上、玄咲に勝ち目はない。


(まぁ別にいい。まだまだ試したいことはある。付き合ってもらうぞ、アルル!)


 着地し、即座にカードを入れ替え、玄咲はアルルに銃口を向ける。アルルが再びバースを吐き出す――。




 第18話 カードバトル4


 Final count down 3秒前!

 AD買い直すのが残当だね!

 蝶と蜂のRate 言葉のWaight

 そして天まで飛ばそうTornado!


 竜巻のような衝撃波に吹っ飛ばされて玄咲は高く舞い上がった。そしてきりもみになりながら吹っ飛び、シャルナの傍の壁に激突した。驚き身を避けたシャルナが、逆さまになって壁に張り付く玄咲に尋ねる。


「大丈夫?」


「全く問題ない。ノーダメージだ」


 答え、体をひっくり返し、玄咲はSDに視線をやる。HPゲージが消滅し、代わりにLOSEの文字が表示されている。玄咲がカードバトルに敗北した証だ。


「うーむ、強いな。流石学年で3指に入る実力者なだけはある」


「負けちゃったね。勝つと思ってた」


「俺は負けてもおかしくないと思ってたと。そもそも最初からそこまで勝ちには拘っていなかったからな」


「そうなの?」


「ああ。だからトレーニングモードにしたんだ。今回の俺の目的はアルルの魔法を実際に戦って知ることだったからな」



「――君さ。もしかして、3射目、わざと外した?」



 20メートルの距離から、アルルがそう問いかけてくる。玄咲はギクリ、と身を震わせた。


 3射目――銃口を僅かに逸らして、カードの横に直弾させたダーク・ハイ・バレットのことを指しているのだろう。わざと外した? という台詞からして間違いない。言い淀む玄咲に白い床をツカツカと歩いて距離を詰めたアルルが、間近で視線を尖らして言う。


「違和感はあったんだよね。でも、気のせいだと思ってた。的は小さいし、銃型のADはコントロールが難しいし、そりゃ外すこともあるかなって。でも、今の君の台詞を聞いて確信したよ」


「……聞こえたのか? 20メートル以上距離が離れてたはずだが」


「僕、耳がいいんだ。100メートル先でコインが落ちる音だって聞き逃さないよ」


「……」


 そういえばそんな裏設定もあったなと愕然とする玄咲にアルルがさらに追及する。


「それにさ、3射目のダーク・ハイ・バレットだけ、詠唱が一瞬止まったよね。他の魔法は全部淀みなく詠唱してたのに、3射目だけ。あの間ってさ、試合が終わるかもって一瞬考えた思考の間だよね? そういう感じの音の途切れ方だったよ」


「……」


 単純な聴力と、おそらくラップバトルで鍛えたのだろう、発音から感情の機微まで読み取る力で、その耳で、アルルは玄咲の企みを看破する。もう誤魔化せないと悟った玄咲は気まずげに顔を逸らしながらアルルの推測を肯定した。


「そ、そうだ。わざと外した」


「なんで、そんなことしたの。とは聞かないよ。僕の全力を見るため、だよね」


「ああ。その、あそこでフュージョン・マジックの妨害に成功していたら、おそらく、接近戦で片がついていたんじゃないかと思う。スーパーサウンドバリアの構成魔法を考えたら、俺の接近を阻めるとは思えない。ADを取り上げて勝ちだ。それじゃ、何も得るものがないだろう。メリットがない。だから、もっと有意義な戦いにしようと思った。だって、これは模擬戦なんだから」


 ピクっと、アルルの眉が動く。玄咲の最後の言葉を反芻する。


「模擬、戦?」


「ああ、だからトレーニングモードなんだろ。死なず、傷つかず、しかもポイントの増減もない。なら、勝敗よりも実力を高めるために使った方が――」


「……君さ」


 アルルが尋ねる。


「魔符士としての誇りってないの」


 魔符士の誇り。いわゆる騎士道にも通ずる、正々堂々と弱者救済を旨とした、漠然とした精神論のことだ。玄咲は少し考えて、これ以上の虚偽を重ねることはなんだか凄く失礼なことな気がしたので、結局は答えた。


「……まぁ、ないかな」


 正直に。


「あれは、アンリアルだ。非現実的で、非効率的だ。戦いはもっと効率的に行うべきだと思っている」


「……リアリストなんだ」


「まぁ、そういう言い方も、できる」


「ふーん……そっか。なるほどなるほど。戦闘時の君はそういう人間か」


 アルルはニコリと笑う。そして玄咲に近づく。


「メリットがないなんてとんでもない。うんうん。当初の目的が果たせて良かったよ。君のことがよく分かって、良かった。天之玄咲」


 アルルが手を伸ばす。正直に答えて良かった。そうほっとする玄咲の肩を掴んで。


 ミシリ。


「え?」



「僕、君のこと、キライ」



 刹那、玄咲の脳裏にゲームでのアルルとの思い出が吹き荒れた。


「どうしよう、僕、君のこと好きになっちゃった」

「え、えへへ、マフラー、編んでみたんだ。こんな女の子らしいことしたの、初めてだよ」

「――どう、かな。この格好。私に、似合うかな」

「えへへ、やっぱり君は、この僕が、いつもの僕が大好きなんだね!」

「今日うち、ママが国家間会談でいないんだ」

「僕と付き合うってことはさ、つまり結婚するってことで、それってつまり、王族になって、ママと……うん。ハードル、高いよ。君が思ってるよりもね」

「ねぇ、玄咲。話があるの。放課後、校舎裏の木の下で、待ってて」

「――あの、ね。僕、僕ね、やっぱり君の、君の、ことが!」


 アルルが笑顔で告げる。


 ――キライ。


「――」


 アルルとの思い出が罅割れ、粉々に粉砕される。玄咲の心も粉々に粉砕される。爆弾の直撃を受けて形は保っているもののボロボロに罅割れ、ちょっとした衝撃で崩れ落ちるコンクリート壁のように、玄咲はその場に崩れ落ちた。玄咲の横を無表情に通り抜け、アルルは背中を見せたまま後ろ手でシャルナに手を振る。


「じゃあね。シャルナちゃん。バトルでもサイファーでもいいからまた一緒にラップしようね」


「え? ああ、うん」


 バトルルームの扉を開けてアルルが早足に退室する。あとには地に蹲ってうな垂れる玄咲と、シャルナだけが残された。


 シャルナが膝を曲げて、玄咲の傍にしゃがみ込み、バトルルームの出口を見ながら言う。


「嫌われちゃったね」


「……ああ。嫌われた。ああ、終わった……」


「――あのさ、ショック、受けないでね。あの子さ、多分さ、玄咲のこと」


 シャルナはさらっと言う。

 

「多分、あの子、嫌ってる以上に、怖かったんじゃ、ないかな」


「――え?」





 バトルルームの裏。


 人気のない場所。


 そこまでアルルは早足で辿り着き、周りに人がいないことを確認すると、白い壁にもたれかかり、帽子を深々と被って。


 嗚咽した。


「う、うぅ……!」


 アルルは試合に勝った。けど、まるで勝った気はしなかった。むしろ敗北感しかなかった。ダーク・ハイ・バレットをわざと外されたこともそうだが、そもそもADに差があり過ぎる。


 なにより、天之玄咲は勝負に勝つことを重視していなかった。カードのチョイスからしてそうだ。明らかにアルルの実力を測りにきていた。あの、冷徹な目。魔法を喰らっても、魔法を撃っても、笑みを浮かべていても、ずっと冷静に、アルルを見据え続けていた。見分していた。まるで実験動物でも見るみたいに、アルルで魔法の実験をしていた。


 どこまでも、冷静に。


 アルルはギュッと身を抱き締めて、さらには声までも震わす。悔しさと、もう一つの理由で、アルルが泣く。


「……怖かった」


 アルルは天之玄咲が怖くて仕方がなかった。思い出す。超音防波壁を殴った時の天之玄咲の眼を。アルルを見つめる瞳を。その瞳に籠められた。


 殺意を。


 アルルは虚勢を張っていた。ずっと、そういう性格なのだ。弱気を表に出せない。明るさで誤魔化していたが、足が震えてもおかしくなかった。それくらい、怖かった。


 まるで地獄を覗き込んでいるかのようで。


 地獄の奥から現れた悪魔と相対しているようで。


 本気で殺されるかと思った。そんな訳がないのに。


 戦ってる時の天之玄咲は平時とまるで別人だった。天之玄咲が同級生、特に彼と直接戦った生徒から過剰に恐れられている理由をアルルはようやくその身で知った。


 怖すぎる。ただ純粋に。怖いから恐れられている。それだけの話だった。


 戦闘時の天之玄咲は悪魔のような男だった。地獄のような殺意。機械のような冷徹さ。それを飼い慣らしてる。そして、感覚が狂ってる。


 どれだけ血生臭い戦いを繰り返せばあれだけ平然と人に殺意を向けられるのか、アルルには想像もつかない。プライアは過去のない正体不明の男だと言っていた。未だその正体は知れないが、どうやら、まともな人生を歩んでいないことだけは確かだった。戦乱の世から、抜け出してきたかのような男だった。


 プライア――母が危惧する通りの危険人物だった。


「――でも、悪い奴じゃ、ないんだよね」


 平時の彼を思い出す。ちょっと、いやかなり馬鹿で、鈍感で、自分のことが大嫌いで、でも平和と恋人のことが大好きな男の子。特に隣に立つ恋人は堕天使族アマルティアンと知りつつ命懸けで守る程に溺愛している。そのエピソードを知って、アルルは天之玄咲に興味を持った。だから話しかけた。良い奴だった。友達になれると思った。


 勘違いだったのかもしれない。


「でも、悪い奴じゃないんだよな。普段は。これからどう付き合えばいいんだろ。あんなこと言っちゃったし……とにかく、気持ちを落ち着ける時間が必要かな」


 アルルはその場を去って、一旦少し遅い昼食を取ることにした。天之玄咲を探すのに忙しくてまだ取ってなかったのだ。頭の中で先程の戦いを思い返し反省しながら歩くアルルの歩みがふと止まる。


 そして、今日一番の驚愕の表情をその顔に張り付けた。


「――あいつ、ふつう多くても3属性しか使えない魔法を、全属性、使ってた?」





「――怖がってた?」


 予期せぬ言葉を発した隣にしゃがみ込むシャルナがコクリと頷く。


「うん。多分、間違いない、かな。気づかないのは、玄咲、くらいだと思う。初めて、見たけどさ。玄咲のバトルって、過激だね」


「だが、俺は普通に戦っただけだ。怖がられる要素なんて」


「玄咲の当たり前はね、歪んでるの」


 シャルナが哀し気に笑って、質問する。


「あのさ、玄咲。あのバリアを、殴った時みたいに、私を殴れる?」


「そんなことできる訳がない。シャルに殺意を、ましてやバトルルーム内とは言え、殴るなんて――」


 玄咲は気づいた。今己が発した言葉が全ての答えだと。シャルナにはできないようなことを、自分はアルルにしでかしたのだと。


 アルルに嫌われて、怖がられて当然のことをしたのだと。


「あ、ああ……俺は、また失敗した。いつもそうだ。俺はいつも、失敗ばかりする。そんなつもりはないのに、傷つけたくなんてないのに、バトルルームは誰も傷つかない施設のはずなのに……」


「死なないし、傷を負わないから、遠慮なく全力で戦える。そんな風に考えてた、だよね?」


「ああ」


「――確かに、体に傷は負わないけどさ、でも、やっぱり、あんな剣幕で殴り掛かられたら、怖いよ。私だって、怖い」


「シャル、もか」


 シャルナが、自分を怖いと言った。その事実は今日一玄咲の心を凹ませた。


「うん。怖い」


「そう、か……」


「玄咲ってさ、この世界よりずっと荒んだ世界から来たからさ、平和ボケの反対で、戦争ボケ、みたいな状態にあるんだと思う。時々、あ、ずれてるな、って、感じる」


「……かもしれない。俺も時々、何かずれてるなと思うことはあるから」


「私さ、普段の玄咲の方が、好き。平和が大好きで、ちょっと間抜けな、玄咲の方が、絶対いい」


「――」


 戦いを抜いた玄咲。そこには何の価値も生まれない。そんな玄咲がいいと、シャルナは言ってくれる。胸に熱いものが湧き上がる。


「だからさ」


 シャルナが玄咲の手を両手でギュッと握って言う。


「少しずつ、ギャップを、正していこう。状況に応じてさ、そういう自分を、暴力の程度を、使い分けられる、くらいには」


「……自分を変えよう、とかじゃないんだな」


 暴力的な玄咲が嫌い。だから変えよう。消そう。そんな言葉を予期していた玄咲はシャルナの言葉に少し呆気にとられる。


「私は、そんな玄咲に、助けられたんだもん。それにね、戦ってる姿は、怖いけど、格好いいよ。だから、さ、なくさないで、欲しいな。状況判断、できるように、なればいいだけだよ」


 シャルナは笑顔で言う。


「私はね、怖い玄咲も、好き」


「――好き、か」


「え? あ、好ましいって、意味で」


 シャルナは慌てて表現を言い直す。しかし、程度の差はあれ、肯定的に捉えてくれていることは間違いない。シャルナの言葉に玄咲は大分救われ、気を取り直せた。沈んでいた心が前を向く。


「ありがとう。シャル。お陰で自分の間違いに気づけた。そうだな。ダメージがないとはいえ殴られたら怖いよな。そりゃ、そうだ」


「そりゃ、そうだよ」


「……本当にシャルがいて、良かった。間違いを指摘してくれて、ありがとう。俺一人だったらどうなっていたことか」


「大丈夫、大丈夫、私が傍に、いてあげるから。変なこと、したら、正してあげる」


 シャルナは背中をポンポンと叩く。その行動と言葉に勇気づけられて玄咲は立ち上がった。


「よし、早速アルルに謝りに行こう!」


「あ、私もついていく。不安だから」


「よし、行こう!」


「うん」


 玄咲はバトルルームを出てアルルを探しに行った。




「あ」


 アルルはすぐに見つかった。ラグマの前で肉まんを買い食いをしていたからだ。玄咲が近寄ると、ふん、と顔を逸らして、隠す気もなく不機嫌そうな表情を作る。


「何の用? 僕今、高級豚まんを自棄食いするので忙しいんだけど」


「その、謝りたくて」


「謝る?」


「すまない。アルル」


 玄咲はアルルに頭を下げる。キョトンとするアルルに続けて、


「その、バトルルームだからって、やり過ぎた。シャルに指摘されて気づいた。俺は君に凄く失礼なことをしていたんだって」


「……ああ、その子が」


「だから、ごめん。俺は、本当に、間抜けで、よく間違いを犯す。赦してくれ、とは言わない。とにかく、君に謝りたかった。だから、ごめん」


「……」


 アルルはしばらく頭を下げる玄咲を見た後、ふっと笑った。


「いいよ。許してあげる」


「本当か!?」


「うん。ま、ずるずる引きずるのは僕のキャラじゃないしね。これから君との関係をどうしようって悩んでたし、いっそ仲直りしちゃった方が楽だよね。しめっぽいのとかシリアスなの、キャラじゃないんだ」


 玄咲は顔を輝かせる。アルルが店の中を指さす。


「豚まん、奢ってあげるよ。仲直りの印。シャルナちゃんも、食べるでしょ」


「カップラーメンがいい」


「……じゃあ、カップラーメンを奢ってあげるよ。それで仲直り。それでさ」


 食べ終えた豚まんの紙をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱にポイっと捨て、2人の背中を叩いて、ラグマへと入店しながら、アルルは明るく言った。


「友達になろうか」

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