第57話 心臓
主な変更点
途中ヒロユキが出てきます。バエルの容姿について言及します。無駄なので削除しました。
心臓の話が少しくどく、不謹慎です。MCバトルMAVEL vs CHILL Bが元ネタなのですがこういうブラックジョークはおおやけにするべきではないと思い削除しました。思想を疑われてしまう。絶無に等しくPVがないから開き直って載せてる所があります。その内削除するかもしれません。
※後から振り返るとコンプラを意識し過ぎたかもしれない。
誰もが絶句していた。
信じられないものを見たと表情で語っていた。
今なお目を奪われていた。
バトルフィールドに底が見えない程深々と穿たれた奈落への直通路に。
魔力結界をぶっ壊しドームの天井を空気のように透過し雲を晴らし天をも突き刺した黒い柱の記憶が視界に生々しく重なる快晴の空に。
そんな醜悪な破壊をもたらした存在とは思えないほどの絶世の美を天上から降り注ぐスポットライトを受けて煌びやかにまき散らす、今まさに召喚者へと抱き着いた悪魔神バエルという名の精霊神に。
震えながらバエルを指さす光ヶ崎リュートも当然その中の一人だった。
「あ、悪魔、神、バエル、だと? ランク10の
「う、噓でしょ……あいつ、そんな凄い奴だったの!?」
「ああ。ただものじゃないとは思っていたが、ま、まさかこんなことが、ありうるのか? 現実、なのか。アカネ、ちょっと僕の頭を叩いてくれ」
「う、うん! えいっ」
「ごはっ!」
リュートは血を吐いた。
「だ、大丈夫? やりすぎちゃった」
「も、問題ない。回復魔法で治る程度だ。しかし」
流血した頭を抑えながらリュートは視線をバエルから天之玄咲の持つADに移す。注目する。
「あのADも精霊神と同じくらいイカれている。一体何なんだあの色は。形は。禍々しく巨大なオーラは。悪魔的な感性の持ち主がこの世ならざる材料を用いてデザインし極限まで鍛え抜いたかのような異様じゃないか。この世界の存在とは思えない。この世で最高の補正値を誇る学園長のADと比べても規格外だ。あのADの補正値は一体いくつなんだ。まさか理論上最高値と呼ばれる999じゃないだろうな?」
「まさか、そんなのありえないわ。人類が補正値999に辿り着くにはあと300年はかかると言われているのよ。技術革新ってレベルじゃないわ。未来からのタイムスリップよ。……まさか、あいつタイムトラベラーなんじゃないでしょうね? それか似て比なる別世界からきたとか……」
「アカネ。君の好きなマンガの読み過ぎだ。そんなことあるわけないだろう。そう思いたくなる気持ちは分かるけどな」
「そうね。ごめんなさい。あるわけないわね。学園長にだってそんなことはできないんだもの」
「ああ。……しかし、あのサンダージョーが、ああも一方的に。僕が手も足も出なかったサンダージョーが……天之玄咲、なんて、強さだ……」
「え? でも10割あの精霊神のお陰よね? あいつ自身は何もしていないわ」
「馬鹿! 何を言っているんだ! 精霊と召喚者は一心同体だ。精霊との絆はそう簡単に育めるものではない。僕だってステラ様に未だ認められていないから力を貸してもらえない。だから、あれだけの格の精霊に力を貸してもらえるということは、それだけの魂の格があるということ。天之玄咲の実力はもう疑いようがない!」
「!」
アカネは納得した。
「確かに、そのとおりね。天之玄咲、恐ろしい男だわ」
「ああ、恐ろしい。そして……くっ!」
光ヶ崎リュートはわなわなと震える。バエルに対する驚愕にではない。自分への惨めさにだ。リュートは以前天之玄咲にカードバトルを申し込んで屈辱的な言葉と共に断られたことがある。その時は、一応納得した。だから引き下がった。だが心のどこかでこいつはリュートに勝てる自信がないからそれっぽい理由をつけて断っただけなのだと自分を安心させる醜い気持ちがあった。その言い訳に安心感を覚える自分がいなかったと言えば嘘になる。リュートは自分の強さに自信があった。サンダージョー以外の同年代の相手ではそうそう負けるはずがないと思っていた。
甘かった。
天之玄咲の言葉が脳裏に蘇る。
――今の俺と君では勝負になるはずがないだろう。
なんの誇張もないあるがままの事実だった。認めなかったのはただのリュートの弱さ醜さのせいだった。こんな相手と勝負になるはずがなかった。
リュートは井の中の蛙だった。
「悔しいよ。自分の弱さが。僕は増長してた。この学園に特待生として入学したことで自分は強いんだと勘違いしてた。その弱さが恥ずかしくて仕方ない……!」
「リュート……」
リュートは涙を流して拳を震わした。
「くっ、うぅ! 僕は、もっと強くならないといけない。必ず、あいつより強くなってやる!」
「そうね。私もあいつに負けてる現状は悔しいわ。私と一緒に強くなりましょう!」
「ああ!」
「……強いん、ですね」
マギサ・オロロージオの再来と言われる美貌の才女【ミス・ラグナロク】ルディラ・メルキュールは、氷のような無表情を驚きに崩して水銀色の長髪を掻き寄せ天之玄咲の姿をしかとその眼に刻む。
「……凄かったですね。生徒会長。……? 生徒会長?」
「……彼は」
「え?」
天使族特有の白翼をばさりと羽ばたかせて、ラグナロク学園生徒会長、
「彼は、素晴らしいですね」
「バエル、その、おっぱいが……」
「いいじゃない。私は細かいことは気にしないわ。何より気分がいいんだもの」
「そ、そうか」
言葉通り余程気分が良いのだろう。決闘が終わるなりバエルは玄咲に抱き着いてきた。巨大な胸の圧迫感にドギマギするも、シャルナのおかげで玄咲も少しは女性に耐性がついてきたのもあり、過剰に慌てることもなく、むしろ自分のために頑張ってくれたのだからと、バエルを浅く抱きしめ返す余裕さえあった。余裕といっても1円玉硬貨よりも薄く軽い、あと少し加圧を加えられたら吹き飛ぶ程度の余裕だが。
「なんか、手慣れてる?」
「そ、そんなことはない。無理しているんだ。心臓がバクバクしているのが分かるだろう」
「そうよね。あなたに限ってそんなことあるはずないわよね」
「ああ、あるはずない。少しだけ慣れたのも事実だが」
「どっちなのよ……え? 慣れた?」
「ああ、少しだけな」
「……」
バエルが無言で玄咲の背中に爪を立てる。抱きしめる力が増す。胸がさらに密着する。玄咲の余裕は秒で剥がれた。
「……ごめん、やっぱり、慣れてない。も、もう離れよう。その、視線も気になるし……」
「そうね。サービスし過ぎたみたい。それに確かにこんな衆目のある場所でこれ以上のことは無粋かしらね」
バエルが玄咲から離れる。玄咲は胸を撫で下ろした。まだ暖かかった。
(……それにしても)
玄咲はバエルの背後を見る。バエルの力は凄まじかった。昨日よりも遥かに。理由はいくつか考えられる。玄咲のレベルが気づかぬ内に上がっていた。隣で頭を揺らす眠たげなシャルナの存在。アトミックバーンを吸収したと思しき技。それら全ての相乗効果――おそらく、それだろうと玄咲は思った。
バエルは力はもちろん技も多彩だった。全体超火力防御無視攻撃しか持ち合わせていなかったゲームとは大違いだった。おそらくそれすらも一部でしかないのだろう。玄咲の想像の100倍は強いと言っていた意味が分かった。力も技もゲームより強大だった。
なにより最後の攻撃が凄まじかった。あの黒い柱。バトルフィールドに奈落を穿ち、天を晴らした、ヘヴンズヘルとかいうバエルオリジナルネーミングの魔法攻撃。玄咲は前世でもあんな凄まじい攻撃を見たことがなかった。玄咲の死因となったあの爆発の威力さえも局所的には超えているだろう。果てなく穿たれた黒い大穴を見ればそれは明らかだった。あんな真似は玄咲の知るどんな兵器にも出来はしない。あれはもう神話だ。科学では追いつけない神の領域の技だった。玄咲にはもう凄まじいとしか言いようがなかった。
(……)
凄まじいと言えば。
バエルの暴虐もそれはそれは凄まじかった。凄惨だった。音しか聞こえなかったとはいえその残虐さは十二分に伝わった。
玄咲でも引かざるを得ないほどに。
だがそれを含めても
力を振るった理由が玄咲のためなのならば。
バエルに抱く思いを形容する言葉は。
「バエル」
「何?」
「愛しているよ」
それ以外に存在しなかった。
「――ええ。当然よね」
バエルは笑う。外見年齢相応の無邪気な笑み。その笑みは――。
「私もあなたのこと、好きな方よ」
頭上から降り注ぐ太陽の光にも負けないくらい眩しく、明るかった。そんな風にも笑えるのかと玄咲は意外な思いでバエルを見て、見惚れて、精霊であることを一瞬忘れた。
「…………」
バエルがその笑みをやや右方に向ける。釣られて玄咲も横を見る。シャルナが中途半端な位置で手を泳がせたまま固まっていた。バエルが笑顔で告げる。
「どうしたの? 私が命を助けて(見逃して)あげたか弱いシャルナちゃん? 変な体勢で固まって」
「……なんでも、ないです」
「そ。腕が吊るから下げた方がいいわよ。下げなさい」
「は、はい……」
バエルの言われるがままに手を下げるシャルナ。バエルの優しい面が見れて玄咲は少しほっとした。
(……さて、ゲーム通りに行くならばこのあと)
玄咲がそう思った矢先。
「召喚――時廻神クロノス」
学園長の声が極大の気配が呼び起こした。
そして――。
「
この世ならざる男の美声がバエルの破壊の痕跡を全て掻き消した。
天井は言うに及ばず。
深々と穿たれた大穴。
そしてサンダージョーたちまでもがこの世に巻き戻った。
「――お前」
荘厳なる白き衣装を纏った金色の長髪の絶世の美青年――時廻神クロノスがバエルに言う。
「こいつら、魂ごと滅ぼしたな?」
「ええ? なにか問題でも?」
「大ありだバカ者め!」
こともなげに答えるバエルにクロノスが怒鳴る。
「輪廻転生は人に与えられた摂理。それを土台から消し去るなど神の所業ではない。お前は何も変わっていない」
「ゴミは消えた方がいい。それだけのことよ」
「そもそもお前、なぜここにいる。私が施した時廻封印はどうした?」
玄咲はクロノスの言葉に驚いた。
(こいつがバエルの封印者だったのか!? そんな情報ゲームには出てこなかった、まさか、こんな身近にいたなんて)
「さぁ、どうしたのかしらね? ふっしぎねー」
「仕方ない。原因を探って封印を強化するか。何か異常があったらしい。帰ったら封印の間に向かうとしよう」
バエルが毛を逆立たせた猫のようにビクついた。
「ふ、ふざけないでよ! 私がどんな思いで封印されていたと思ってるの!? 大体あんたどういうつもりであんな悪趣味な封印を施したのよ! 納得のいく理由を聞かせてもらいたいものだわね」
「お前を愛しているからだ」
「殺す」
バエルが手のひらから放った黒弾がクロノスの手のひらの前で掻き消えた。破壊の後と同じように一瞬で掻き消えた。
「ちっ、全力を出せれば」
「精霊神総がかりでお前を止めるのはもううんざりだ。この性格。何も変わっていないな。やはりまた封印し直すしか――」
「あ、あの」
「なんだ。矮小な人間」
「バエルを解放してやってください」
「……なぜ?」
玄咲はクロノスに断言した。
「バエルは本当はとても優しい女の子なんです。少なくとも俺はそう信じています」
「げ、玄咲……!」
バエルが涙目になる。やはり、気丈に振舞っているだけで封印が相当怖いのだと見えた。玄咲はバエルの前に出てクロノスに頭を下げた。それしかできることがなかった。
「お願いします。彼女は俺の大事な存在(相棒)なんです」
「う、うるうる……大事な、存在(愛人)――」
「――そうは言われてもな。バエルが改心しない限り――む?」
バエルに視線をやったクロノスがその時初めて気づいた、といった感じに眉を顰めた。
「お前、何か混じっているな?」
「ああ、シーマちゃん? ええ、私の大親友なの。混じってるなんて言い方は失礼ね。共存しているのよ」
「親友? 共存? お前が? そんな言葉を? ――いや、お前、さっきは変わってないと思ったが、魂の奥底まで見たら、少し変わったな。シーマ。それに、その男――1万年変わらなかったバエルがようやく変わりつつある、か。この機会を逃すのは、惜しいな。よし、分かった」
クロノスがバエルに向かって言う。
「問題を起こさない限り放置してやろう。そのADの中に入っているお前を召喚する魔法陣が刻まれたカード、破壊してやろうかとも思っていたがやめた。今の状態でしばらく経過観察しよう」
「やったー! やった! やった! ありがとっ! 玄咲っ!」
「う“っ!!!?」
バエルが再び抱き着いてくる。今度は頭がおっぱいに埋まる。ぱふぱふにされる。ぱふぱふ状態。破壊的な官能に意識が破壊される。玄咲は気絶した。
「ありゃ、気絶しちゃった」
「……お前がそこまで気に入るとはな。強大な魂の持ち主だが、お前と似ているが、それだけではあるまい。単純に性格が合うのだろうな。良くも、悪くも。危ういよ見てて。ともに地獄に落ちそうな、あるいは作り出しそうな、そんな予感がする。だが、その一方で、中和し昇華し良い方向に向かいそうな予感もする。未来は不定形で私にも定かに見えない。だが、か細くも希望の糸はあるようだ。後者の可能性に賭けてやろう。私はお前を愛しているのだからな」
「気持ち悪いからやめて? あなたは私の好みからデッドボールレベルに外れているわ」
「そうか。別に構わない。しかし、なんだ、そのでっどぼーるとは」
「私と彼だけの造語とでも言いましょうかね。2人の間だけで意味が通じる言葉よ」
「……」
「どうしたのシャルナちゃん? 私を何か言いたげな眼で見て?」
「なんでも、ないです」
「ああ、羨ましいのね。アハハハハハ! ……せっかくだから軽くマーキングしておきましょうかね」
「え?」
バエルはシャルナの見ている前で玄咲の顔を持ち上げ、その左頬に口づけた。
「!!!!!!!!!!!?」
「あっはははははははははははははは! その反応、まだね! まだだったのね! いい気味――」
「バエル。お前はやはり再封印した方がいいかもしれないな」
「ごめんなさいシャルナちゃん。本心じゃなかったの」
「……はい」
「起きなさい玄咲。いつまでも寝てたら話が進まないわ。その初心もいつか直さないと色んな意味でうんざりされちゃうわよ。えいっ」
バエルは玄咲を叩き起こした。
玄咲は心臓を抑えながら言う。
「……心臓に悪い真似はやめてくれ。バエル。心臓に悪いから。心臓を狙ってくるスナイパーくらい心臓に悪い。いや、俺の心臓が悪いと言われたらそれまでなんだが」
「そうね。心臓が悪いわ。マーベラスよ、あなたの心臓はいつも無意味に死線を彷徨ってるわね。今は不発弾だけどその内爆発しちゃうかもね。それを望んでる人も大勢いたんでしょうね」
「そうだな。俺の死を願ってる人間は一杯いただろうな……無意味な話はやめようか。話が進まない」
「ええ、そうね。無能な上司と同じくらい無意味な話だわ」
「それは私のことか?」
「さぁ、どうかしらね……」
「……まぁいい。私の話ももうない。マギサ。もういいぞ」
「話したいことがあるからって先を譲ったけど長くて無駄の多い話だったねぇ……さて、天之玄咲」
いつの間にかバトルフィールドに上がってきていたマギサが箒型のAD片手に玄咲に近づく。
「……学園長」
「まずは決闘勝利おめでとう。立会人として祝福しよう」
「ありがとうございます」
「それでだ」
「はい」
「そのADと精霊のカードを見せてくれないか」
「……なぜ」
「趣味だ」
「……」
玄咲はマギサの無類のカード好きという設定を思い出した。特に未知のレアカードには目がない。バエルとディアボロスブレイカーは垂涎ものだろう。断っても無理やり見てくるに違いない。
「まぁ、いいですが……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
舞台袖から駆け寄ってきたヒロユキが静止をかける。そしてなぜかバエルを見て感嘆のため息をついた。
「お、おお……!」
「殺していい? 玄咲」
「あ、す、すまない。ただ、あまりにも、若い頃のマギサにそっくりだったもので――」
バエルが物凄い勢いでクロノスを振り返った。クロノスが頷く。
「そうだ。若い頃のマギサが君にそっくりだったからカードを渡した。相性が良かったのもあるが一番の理由はそれだな。何か問題が?」
「き、きっも! あんたどれだけ私のことが好きなのよ! ノーセンキューにも程があるんだけど!」
「どこまでも愛している。家族だろう?」
「ブラック・ブレット!」
バエルが反射的に放った魔力で構成された紫電を纏った黒の弾丸がクロノスが手をかざしただけで消える。クロノスがため息をついた。
「私だって傷つかない訳じゃないんだぞ。全く、いつになったらお前は愛を理解するのやら」
「あんた時の精霊神じゃなくて愛の精霊神に改名したら? いつも愛愛うるさいのよ」
「愛がこの世を統べる最良の手段だから愛の重要性をお前に度々説いているだけだ。合理的な信仰だよ。これは」
「ふん! 理解できないわね」
「お前だってそこのおと――」
バエルの攻撃を再びクロノスが対消滅させる。そこでマギサが仲裁に入った
「やめろクロノス」
「分かった。やめる」
「ヒロユキ、あんたの無駄な一言のせいで無駄なコントが入っただろうが。下がりな」
「す、すまない……」
ヒロユキが引き下がっていく。マギサはため息をついて、それから玄咲にいい笑顔で向き直った。
「さぁ、見せておくれよ」
「……はい」
嫌だなと思いながら玄咲は頷く。
「いいか? バエル」
ADからエレメンタルカードを取り出すと召喚状態が解除され精霊は精霊界に戻ってしまう。だから、玄咲はバエルに確認を入れる。バエルが嫌なら拒否するつもりだった。
「いいわよ。力も使い果たしてそろそろ現界も限界。あ、これギャグよ? 笑っていいわよ」
「
2枚のカードを玄咲はマギサに手渡す。マギサは眼をぎょろつかせてそれらを見た。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……こ、これは、なんという……はぁ、はぁ、はぁーーーッ!……ふ、ふふ。封印されてるはずの精霊神のカードに、補正値999のAD、ね……。まさか、生きてる内にこんな珍品が見られるとは思わなかった……! す、すごい……!」
「……」
玄咲はマギサを気持ち悪いなと思った。そんな気持ち悪いマギサにディアボロス・ブレイカーはともかくバエルのカードにはあまり触れて欲しくないなとも。どうも玄咲は自分で思っていたより独占欲の強い人間のようだった。バエルのカードがマギサに触れられているのを見るだけで胸にくるものがあった。
「……あの、そろそろ」
「うん? ああ、そうだね。そろそろ返そう。あぁ……いいもんが見れた……。少ない寿命が少し延びた気がするよ」
差し出されたバエルのカードとついでにディアボロス・ブレイカーのカードをひったくるように受け取ると玄咲は即座にカードケースに仕舞った。
「……」
「何か」
「いや、あんた、筋金入りだね。少し気持ち悪いよ」
「あんたほどじゃない」
「あ?」
マギサが眼力を高めて凄んでくる。それをクロノスが戒める。
「マギサ。やめないか。……なるほど、素晴らしい愛だな。だからこそバエルも心を赦すのだろう。愛だ。この世の全ては愛だ。それを君は分かっているようだ。これからもその調子で君の愛をバエルに分け与えてやってくれ。愛を知ればバエルも変わるはず。私じゃ、ダメだったがあるいは君ならば……天之玄咲、期待しているぞ」
「……! はい!」
バエルが心を許しているとクロノスに明言されて玄咲の心は弾んだ。クロノスは満足気に頷いた。
「私もそろそろ現界の限界だ。ふふ、可愛いバエルの真似だよ。それでは天之玄咲。またその内バエルの姿を見せてくれ。マギサも、頼んだぞ。2人で私を定期的にバエルと合わるんだ。本当は私もずっと会いたくて会いたくて仕方が」
その言葉を最後にクロノスの姿は消えた。マギサから供給された生命力を使い切ったからだ。
(……なんかゲームでの厳粛なイメージがぶっ壊れてしまったな。クロノスにこんな一面があったとは予想外にもほどがある。……ちょっと気持ち悪いな。主にバエルの愛し方が)
「クロノスにあんな側面があったとは。少し気持ち悪いねぇ……」
「……」
図らずしもマギサと感想が一致してしまった。
「さて、天之玄咲。その2枚のカード、素性は聞かないでおく。トップシークレットだろうからね。ただ、忠告しとく。扱いには気を付けな。強大な力ってのは良くも悪くも周りが放っとかない。これだけの衆目の下でその力を明かしてしまったんだ。嫌でも噂は広がるだろう。望まぬトラブルに巻き込まれる覚悟くらいはしとくんだね。あと、多用はしない方がいい。あの精霊は強すぎる。そして危険すぎる。周りにもたらす被害が大きすぎる。
……昨日のクレーター騒ぎ。あんただね?」
「……なんの、ことやら」
「ああ、隠さなくていいよ。法には触れてないから罪には問われない。詰問には問われるかもしれないけどね……。あと、これが一番の理由だが」
マギサは真面目な顔で言う
「魔符士としての成長を妨げる。本当にいざという時の切り札くらいに思っておいて普段は使わない方がいい。いいね?」
「……はい」
ゲームではバエルの力は即ちプレイヤーの力だった。だが、現実化したこの世界ではそうではない。必ずしも力を貸してくれるとは限らないし、何より玄咲自身バエルの力は本当の意味では自分の力ではないという気がしてならなかった。バエルの力無しでもシャルナを守れるようになるためには魔符士として成長しなければならない。玄咲はマギサの忠告に真面目な顔で頷いた。
「うん。いい表情だ。まぁ与太話はこれくらいにして、これから決闘後の手続きを行おうか。まずはアンティカードの譲渡を――」
「この決闘は無効だっ!!!!!!!! 再決闘を要求するっ!!!!!!!!!」
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