2.な、なるほどぉー。

「な、なるほどぉー。」

記憶をなくしてほぼ別人格になってしまったわたしにとって有り余る情報量に情けない声しか出なかった。



いわく。

わたしはアルエル・ルル・アーヴァンボルツ!18歳⭐︎このセントワール帝国随一、というか有史以来最大の霊素の持ち主で国内外から求婚されまくってたみたい⭐︎

水霊局で使えば向こう1年分の水を増やせるし、火霊局で使えば国全てのコンロの火を灯せるらしいよ!この強すぎる霊素は国外との戦争の火種にもなるから監視と牽制の意味も込めて最終的にセントワール帝国皇帝のシャルル様に(ほぼ強制で!!!)嫁ぐことになったんだって!皇帝の要請なら断れないよね〜。

で、その婚約内定のパーティで注がれた飲み物に毒が入っていたらしくてわたし死にかけたらしい!!!こわい!!!

生きるか死ぬかのまさに死活問題!!!

で、1週間目覚めなくていざ起きたら記憶喪失っていうかこれ別人格じゃない?ってことで宮廷内は大パニックなんだってさ!

「──っていうことだよね?」

「お嬢様。件はそんなカジュアル頭ゆるふわなお話ではないのでは?」

「え、そうかな?」

「──。さ、出来ましたよ。」

斜め上に振り向いていた視線を正面の鏡台に戻すと、アルエルの長い髪が美しく結い上げられ青い花の形をあしらったバレッタでまとめられている。

「すごい!!ありがとう、ルチア!」

「うぅぅ!!」

結い上げてくれた彼女、ルチアという乳兄弟でもあるらしいメイドが泣きながら頽れた。

「え!!!なになになに!」

「──わ、わたくし、アルエル様の乳兄弟として産まれ育ち、十の時からメイドとして仕えておりますが、8年ぶりに名前を呼ばれたので──嬉しくて──!!」

一見強面で鉄壁そうなショートカットの彼女も感涙にむせぶほど、この激変は衝撃的らしい。

それを見て尚、ほへー、と間抜けな声しか出ない自分に嫌気がさすが、そんな自分でも彼女の名前を呼ぶだけでこれほどまでに喜んでもらえるのだから、主冥利に尽きるではなかろうか。


「ぐすっ──失礼いたしましたアルエル様。それで、本日はどの様にお過ごしになりますか?休養がメインとはなると思いますが、宮廷の園庭を散歩する程度であれば許されるかと。」

先程まで泣き伏せていた彼女がハンカチーフで涙を拭い去り、ピシリと居直り訪ねてくる。おお勇ましい。


「そうだねぇ。とりあえず皇帝陛下のご子息たちに会ってみようかと思うんだけど。どう思う?」

「はい?」




長兄、ルドルフ様。18歳

長女、エルザベス様。16歳

次男、ジョエル様。16歳

三男、ルイ様。7歳

次女、シャルロット様。6歳


皇帝シャルル様の実子であり、皆

次期皇帝候補[だった]らしい。

──わたしが記憶を無くしているからこそ、シャルル様は包み隠さず説明してくれたのだろう。

まだ皇太子であったシャルル様の御子を身籠った側室、アイラ様。彼女は待望の男児であるルドルフ様を出産するも半年で逝去。また別の側室シャディ様も長女エルザベス様と次男ジョエル様を出産し1ヶ月で逝去。そして直近の側室エマ様は三男ルイ様を出産後も肥立ちは良かったが次女シャルロット様を出産後すぐに逝去されたらしい。

誰一人として、正妃の座に座ることなく。

誰一人として、子供の次の誕生日を迎えることなく。旅立ってしまったという。


私の強すぎる霊素が彼女らの命の燈を燃やし尽くしてしまった、とシャルル様はそっと語ってくれた。


わたしもそうらしいが、シャルル様も十二分に霊素が強すぎた。

その力は全てを普く照らす太陽とはいかず、焼き焦がす火の粉のように魂をぱちぱちとじわじわと消費させてしまうらしい。

寄れば寄るほどに、共にあればある程に。

その強すぎる霊素を十月の妊娠期間中、ずっと体内におさめているのはあまりにも母子共に弊害があったようだ。


長兄、ルドルフ様。18歳 

霊素が全くなく霊素酔をしやすい。

長女、エルザベス様。16歳

霊素はあるが天気に左右される

次男、ジョエル様。16歳

霊素はあるが酔うため眼鏡が必須。

三男、ルイ様。7歳

兄弟で一番の霊素らしいが充電式。

次女、シャルロット様。6歳

幼いゆえか感情で左右される。


母たちは次々と命を落とし、御子である彼らは霊素もまともに操れず、父王と1時間空間を共にすることも叶わない体質に生まれ落ちてしまったという。

そうして五人の太子たちは継承順位もあやふやなまま、それぞれのために建てられた宮で過ごしているのだとか。

当代の正妃の座には並の霊素では成り立たない。

だからこそ、わたしに白羽の矢が立ったというのもあるらしい。シャルル様をも上回る霊素をもつ、わたしに。

「──ですから、5人の太子様たちはその事を良くは思わないでしょうしお会いになるのはまだ様子を見ましょう、と言いましたよね?!」

呆れ顔でルチアが叫ぶ。

そう、確かに念は押されていた。命を狙われていたということは全てを疑ってかからねばならないということも理解できる。

太子たちが犯人という可能性も捨てきれない。

「でも、気にならない?わたし継母になるんでしょ?長男のルドルフ様は同い年だっていうし会ってみたいな〜………………………………ってあれ、じゃあシャルル様って何歳なの?!」

はたと気づく。

どう見積もっても二十代半ばにしか見えなかったのに、計算が合わない。

「あぁ、皇帝様は御年37歳だそうです。──霊素をふんだんに持つお方は寿命も長く、見た目も若く保たれるそうですよ。」

「えええええええ!!!!今年一番驚いた!!さっき目覚めたばっかりだけど!たはは!!」


「──お嬢様、お目覚めになってお元気で何よりなのですが是非とも!!他の皆様の前では淑女然としてして下さい!!!!!」

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