いわゆる継母になりましたが幸せになれますか?!

十月いと

1.これって俗に言う記憶喪失ってやつですよね!





真っ暗闇の中。

誰かの足音がカツン、カツン、と小気味よく響いて、ピタリと止まった。──まるで、何かを名残り惜しむかの様に。それから少し時間をおいて。


重たいドアが開いて、静かに閉まる音がした。




重たい瞼を開いたその瞬間、ぼやけながらも誰かと目が合っている気配がした。その内、悲鳴だとか奇声だとかが重なった不協和音が耳を貫き部屋を揺らした。

慌ただしく出入りする音がして、わたしの腕やら指やらを摘んだり目を見られたりしている内に脳が覚醒してきて──……


「………え?なに?」


掠れた声で思わずそう漏らした瞬間、わたしを取り囲む10人くらいの人達がピタリと動きを止めた。

その内の一人、白衣を着た50代くらいの男の人が、この世の終わりのような顔をしてわたしの目をじっと見てーー

「あ、ーーーあるえる、様?」

ある?える?なに?

え、わたしってそんな名前だっけ?

「あるえる?ーーって、わたしのこと、ですか?」

まさに阿鼻叫喚。老若男女問わず、その場に居合わせた人間みんなが叫ぶ叫ぶ。

(目覚めたばかりの脳みそにコレはキツい。)

「何事だ!!??」

そんな叫び声を上回る音、ドアをぶち破る勢いで誰かが訪れた。

その声の主を見た途端、皆その人の元に集まりぽそぽそと神妙な顔つきで何かを伝えていた。


報告を一通り聞き終え目を見開き、こちらを向いたその人を見た瞬間。まるで雷鳴のように胸が鳴った。


胸の辺りまで伸びたゆるやかなウェーブを持った髪は銀の光がキラキラ瞬いて星空を纏った様だし、浅黒い肌に金の目、記憶を持たないわたしだって一眼見てときめくほどのバランスよく整った容姿。身に纏う服は、おそらくこの部屋にいる人間の誰よりも(レースのカーテンのやたら豪奢な天蓋付きベッドに座るわたしよりも)高貴であると分かる。ああ、きっと、偉い人だ。

その人が、わたしをいろんな感情をないまぜにして見ている。


一通り医師らしき人たちの問診と身体の診察が終わり、記憶以外の不安点はないと聞いた彼の人の指示で二人きりになる。

じ、っとこちらを見つめる目は不思議なにぶい金の目の色でいつまでも見つめていたくなるほどだ。

「ー何も、覚えていないのか。」

威風堂々、というに相応しい彼が恐る恐る訪ねてくる。……申し訳ないほどに。

「……えーっと、そう、ですね。名前とか生い立ちとかさっぱり、ただ、日常生活を送るのには大丈夫だと──……」

脳内で、思い出せる範囲で、回顧する。

この世界は産まれたついたその時から精霊と密に生きること。

生まれつき人間は各々精霊の祝福、いわゆる霊素を持っていて、水の精霊の霊素なら水色の、火の精霊の霊素なら赤色の髪を持って産まれてくるということ。

2種類以上の精霊素を持つ人は黒髪で産まれるが、その確率は流れ星が一度に十度流れるよりも珍しいこと。

そして。

わたしが、基本のプラチナブロンドに差し色の様に赤やら緑やら青やら、色とりどりの髪色を持つこと。プリズムヘア、と呼ばれるこの髪は黒髪が産まれることよりも何よりも珍しい、と思う。

「記憶が無いのはどうやら本当のようだな。」

腰元まであるわたしの髪を手櫛ですかしながら、対面のソファに座る彼の人がつぶやく。

彼の整っていながらも骨ばった指が髪をすいていく度に、ざわざわと腰がくすぐったくなる。

でもやめて、とも言えない。憂をおびるその瞳が、私の唇を開かせてくれない。

「アルエル・ルル・アーヴァンボルツ。記憶を無くす前のお前は、誰一人としてこの髪を触れる事を許さなかった。父母であろうが生家から連れてきたメイドであろうが、婚姻関係にあるこの俺シャルル・セントワールであろうが、な。」


こんいんかんけい

って貴方とわたしがですか?

わたしって何歳ですか?貴方っておいくつ?同い年?ご趣味は?好きな食べ物は?

何一つ知らないのに、今名前を知ったのに、さっき目があったばかりなのに、もう婚姻関係ですか?


聞きたい言葉も言いたい言葉もたくさん脳から溢れ出るのに、深刻な空気が流れる今、うまく言葉にできない。

それを知ったか知らずか、

「──どうしたものだろうな。」

皇帝然とした佇まいのシャルルと名乗る彼が、迷い子のように顔を歪ませた。

その似つかわしくない仕草にずきり、と胸が痛む。今現在のわたしにとって彼は全くの初対面だというのに、酷く心苦しい。それに同調するようにますます空気は重苦しくなる。

そんな顔をさせてしまう自分が、何よりも悔しくて切なかった。だからこそ、

「えー、っと、あ!──これって俗に言う、記憶喪失ってやつですよね!!ほら、記憶を無くすきっかけになったことやってみたら戻ったりなんかしたり?して?頭ぶつけてみよっかなー!!なーぁんて………?」

馬鹿みたいに明るく振る舞ってはみたものの、すぐに後悔をして頭を下げた。それはそれは思い切り。

(あぁぁぁぁ、ほらぁ、ぽかーんとした顔していらっしゃるじゃあぁん!!!んやぁぁぁぁあ!!!私ってこんなキャラなのかなぁ?!合ってる?!知らんけど!)

首の辺りから着火しているかもしれない、と思うほどに頭のてっぺんからつま先まで真っ赤に染まっているのが分かる。

(あれ?そういえば、何で記憶喪失になったんだろう。)

恥ずかしくて俯いた頭を上げられないまま、ふと考えた。外傷はない、と医師は言っていた。記憶喪失、とは対外的に言えば頭をぶつけて、とかそういうものじゃないか。

「──…アルエル。お前の場合はそうもいかない。」

膝の上で固く握りしめたわたしの拳を、そっとシャルルが包み込む。少し汗ばんだ手のひらは、言いしれない何かをはらんでいるような。

決心して、彼の瞬く金の瞳を覗き込んだ。


「おまえは、誰かに殺されかけたんだ。」






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