第17話 side:志帆


 あたしは深夜に目が覚めた。なんか温かい感触がする。あたしの腕が、ベッドの中の誰かを抱きしめている。


 それがあたし――羽城志帆の兄・勇人だと気づいて、あたしは慌てた。


「な、なんで……!?」


 どうして兄さんと同じベッドに……。そうだ、そういえば、姉だとかいう女に焚き付けられて、同じベッドで寝るつもりでこの部屋に来て……。


 そして、あたしは、兄さんにとんでもないことをしたと気づく。はしたなく誘惑して、告白までしてしまった。


 お酒のせいとはいえ、大失態だ。

 鏡を見たら、顔が真っ赤だと思う。


 兄さんは意外にもぐっすり眠っていた。ちょっとあたしは不満に思う。あたしに興奮して眠れないとか、そういうの、ないの……?


 そ、それとも眠っている間にいたずらされちゃったりとか……?


 兄さんは確実にあたしのことを意識していたし……。


 そう。あたしは兄さんのことが好きだ。初めて会ったときから、ずっと。

 兄さんはかっこよかった。なんでもできたし、誰よりも優しい。


 ずっと居場所のなかったあたしを、家族として温かく迎え入れてくれた。

 あたしはそんな兄さんを、「兄」ではなく「好きな人」として見ていた。


 でも、兄さんには婚約者がいる。雨橋愛華さん。彼女はあたしにもとても優しい。


 完璧で、家柄も良くて、あたしなんかよりずっと可愛くて……。あたしなんかが敵うわけないし、羽城の養女のあたしに恋愛の自由はない。

 

 悶々としながら、あたしは起きて、お茶でも飲みに行くことにした。


 そうしたら、食堂に、意外な人がいた。

 赤髪碧眼の彼女は、優雅にティーカップに口を


 千桜マリヤはふふっと笑いかける。


「貴方も飲む? 安眠効果のあるカモミールティー」


「ど、泥棒猫と馴れ合うつもりはないの」


 あたしは声を上ずらせた。

 どうも、このひとは苦手だ。


 兄さんの姉になるとか言って、ほんとは兄さんを誘惑してなにか企んでいる。

 間違いなく、羽城の家に災いをもたらす存在だ。つまり、あたしの敵。


「泥棒猫ってあたしのこと?」


「そうに決まってる。兄さんは愛華さんのものなのに、奪おうとしているでしょ?」


「そういう貴方はどうなの? お兄さんに欲情して、エッチなことをしてもらおうとしていたくせに」


「そ、それはあんたが挑発するから……。あ、明日からあたしはどんな顔して兄さんに会えばいいの?」


「勇人くんのことが好きなんでしょ? だったら、正直になればいい。愛華なんかから、勇人くんを奪っちゃえ」


「そんなことできるわけない。あたしは羽城の養女で、兄さんたちを支えないといけないのに」


「そうやって、最初から諦めるの?」


「勝ち目のない戦いだもん」


「仮に勝てなくても、全力で戦って負けて、初めて前へ進める。そうでしょう?」


「それは……」


「いつまでも、そうやって勇人くんへの気持ちを引きずるつもり? それぐらいだったら、戦ってみたら? 勇人くんを貴方の愛の沼へと引きずりこめばいいの。次期当主の勇人くんの力で、正妻になれるかも」


 悪魔のように、千桜マリヤがささやく。

 そう。あたしは逃げていた。きっと勝てないと思って、言い訳をしていたんだ。


 千桜先輩は、そっと自分の唇を舐める。そして、あたしをまっすぐに見つめた。


「まあ、でも最後に勇人くんをもらっていくのは、わたしだけどね」


「大した自信だね。あんたが勝てる可能性だって高くない」


 この人は凄まじい美人だし、悔しいけれど、独特の魅力がある。

 だからといって、家柄が良いわけでもないし、愛華さんに勝てるとは思えない。


 千桜先輩はうなずいた。


「そうね、そうかもしれない。でも、わたしは戦うわ。自分に課せられた運命がどれほど過酷でも」


「どういうこと?」


「すぐにわかることだから、教えてあげる。あたしはね、勇人くんの異母姉なの」


 異母姉。腹違いの姉。

 つまり、この人は兄さんの実の姉?

 

「羽城家当主・羽城智人には愛人がいた。それが千桜アナスタシア。わたしの母ね。わたしの母は、誰もが認める美少女だったから。女子高生のときに智人の目に止まり、関係を迫られて妊娠した。それで生まれたのがわたし」


「で、でも、ご当主様は、愛妻家で、文香さん一筋のはず……」


「昔は違ったんでしょ。まあ、でも、母は遊びだったのね。母はやがて捨てられて、別の五侯家の愛人になった。音大に行くのにもお金がかかるしね。まあ、その家でも娘を産んだあとに捨てられたんだけど」


「……あなたはお母さんの復讐のために、ここに来たの?」


「それもあるわ。でも、べつにわたしは羽城の人間に危害を加えたいわけじゃないの。あたしの復讐はもっと別の形」


「ど、どういうこと?」


「わたしはね、勇人くんのことが好き。これは本当のこと。昔会ったときからずっと好きなの。だけど、母から姉弟だって教えられた。そんなわたしの気持ち、わかるでしょう?」


 あたしも、兄さんのことが好きだけど、義妹であるという家の事情や愛華さんのことがあるから、結ばれることはないと諦めていた。


 まして、血の繋がった姉弟なら、なおのこと状況は厳しいと思う。


「わたしは羽城勇人くんを自分のものにする。家のこととか、血の繋がりとか、関係ない。そうして、智人の計画をめちゃくちゃにするの。それがわたしの復讐で、一番の願い」


 千桜マリヤは……あたしの新しい姉は、そう宣言した。


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