第12話 晩餐会
キスをしたときのことが忘れられず、俺はドキドキしていた。
あの後、逃げるように俺は風呂場から上がった。
千桜先輩が俺のことを好き? 話が急すぎる。
昔会ったことがあると言っても、俺は覚えていないし。
それに……。
彼女の柔らかな身体と唇の感触が、まだ生々しく思い出せる。
今夜、俺は千桜先輩、それに志帆と一緒のベッドで寝ることになる。
そのとき、冷静でいられる自信はなかった。
それより前に、羽城家の晩餐がある。
家族全員で食事を摂るのだ。
もっとも、その日、家にいない人間は除外される。たとえば、俺の実妹の羽城葉月は英国に短期留学中なので、当然、参加できない。
豪華なシャンデリアのある部屋に俺は来た。
赤いテーブルマットが目立つ。長いテーブルにはもう、千桜先輩以外のメンバーは腰掛けていた。
志帆はかなり末席に腰掛けている。立場の弱い養女だからだ。
逆に一番奥の上座にいるのが、当主の羽城智人。俺の父だ。三十代半ばとまだ若いが、背が高く威厳のある見た目をしている。
父は羽城家の生まれではなく、母の愛を勝ち取り、婿養子としてこの家を継いだ。五侯家当主にふさわしい実力を示し、羽城の家は先代よりも栄えている。
俺はその父さんの左側の列へと腰掛ける。真向かいには、母の文香がいる。文香は父さんと同い年だが、どう見ても二十代前半にしか見えない。
息子の俺が言うのも変だが、ものすごい美人だ。スタイル抜群で顔は美人女優に負けていない。実際、昔は羽城の広報塔としてアイドルのようにテレビにも出演していたとか。
「勇人くん。遅かったですね」
文香が微笑む。俺は「すみません」と謝った。
使用人が食事を運んでくるまで、自然と雑談になる。
「愛華さんはこないだも学年一位だったそうだね。勇人も見習わないとな」
父さんはそんなことを言う。これが俺の憂鬱の種だった。
幼馴染で婚約者の愛華と、俺は比べられている。
愛華は庶子なので、雨宮では主流の立場にはない。ただ、羽城・雨宮両家の盟約の証として、俺と結婚するわけで。
もしかしたら、結婚したら、愛華が羽城の家を指導する立場になるかもしれない。ちょうど、羽城の令嬢・文香が婿の智人にすべてを委ねているように。
文香は、それに不満を持っていない。というより、学生時代から智人を崇拝していたらしい。周囲の反対を押し切って、智人とも婚約したとか。
それぐらい、愛されているのは幸せなことだろうな、と思う。
「智人さんはいつも学生時代は、成績一位でしたものね」
甘えるように文香がささやく。文香は優しい人なのだが、今でも父にべったりだった。
俺を愛していないわけではないが、文香にとって、世界のすべては父さん――羽城智人で回っているのだろう。
俺は、「俺だって頑張っている」と言いかけた。
けれど、父さんや愛華と比べると、俺が劣るのは事実だ。
俺はなにも言えなかった。
ところが、そこに一人の少女が現れた。
「息子と婚約者を比べるなんて、ひどいんじゃないですか。お父様」
明るい声で言ったのは、部屋に入ってきた千桜先輩だった。
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