第8話 姉vs妹


 千桜先輩の誘惑はとても魅力的だった。

 けれど、俺もさすがに簡単にうなずくわけにはいかない。


 一応、羽城の後継者だ。


「何が目的かは知りませんけど、色仕掛けは無意味ですよ?」


「あら、ひどい。可愛い弟にサービスしてあげているだけなのに」


「普通の姉は、弟に胸を触らせたりしません」


「へえ。そうね。普通の弟は、姉の胸で欲情したりしないでしょうね? 顔が真っ赤よ、弟くん」


 くすりと千桜先輩は笑う。

 しまった、と思う。俺の内心はバレバレらしい。


「先輩のせいですよ。健全な男子高校生の純情を弄ばないでください」


「心の赴くままに、したいことをすればいいのに」


「俺にだって理性はあるんです。会ったばかりの先輩で、自分の姉になる人と、すぐにそういう関係になるわけありません」


「理性なんて捨ててしまえば? 人間は動物なんだから、理性より本能に従うべきよ」


 青い目が、俺を覗き込む。

 俺の手は相変わらず、先輩の胸と触れ合っている。

 

 童貞の俺には、強すぎる刺激だ。

 とはいえ、俺は理性を失う訳にはいかない。隣には義妹の志帆がいるのだから。


「に、兄さんから離れて!」


 志帆が必死な様子で、千桜先輩を俺から引き剥がそうとする。千桜先輩は涼しい表情だった。

 

「へえ、ならあなたが代わりに、勇人くんに胸を触らせてあげる?」


「え? そ、それは、その……」


「できないんだ?」


「で、できるもん! こんな女の胸を触ってデレデレしているぐらいなら、兄さんはあたしの胸を触るべきなんだから!」


 志帆は叫んで、それから顔を真っ赤にする。

 完全に千桜先輩に乗せられてしまった形だ。


 千桜先輩は愉快そうに笑うと、俺の手を解放した。


「じゃあ、今度は妹さんの胸を触ってみる?」


「やりませんよ」


 俺は呆れて言うが、志帆はどきどきした様子で俺を上目遣いに見つめていた。


「えっと、兄さんがしたいなら……してもいいよ?」


「え!?」


「こ、こんな人で興奮するぐらいなら、あ、あたしを使ってほしいというか……も、もちろん兄さんは愛華さんのものだけど、でもあたしは兄さんの役に立ちたいし……」


 志帆はしどろもどろになって、うつむいてしまう。

 俺は微笑ましくなって、ぽんぽんと志帆の頭を撫でる。


「気持ちは嬉しいけど……志帆の胸を触ったりできないよ」


「どうして? あたしが子供だから? それとも魅力がないから?」


「志帆は大事な俺の妹だからだよ」


 そう言われて、志帆はぱっと顔を輝かした。その言葉に嘘はない。志帆以外にも養女である義妹もいるし、実の妹もいるのだけれど、志帆が一番素直で俺に懐いてくれている。



 千桜先輩は相変わらず、にこやかなままだ。


「志帆ちゃんは勇人くんのことが大好きなのね」


 それは爆弾発言だった。志帆はうろたえている。


「べ、べつにそんなわけじゃ……」


「愛華に遠慮する必要はないと思うのだけれど」


「兄さんは愛華さんのものだもん。あたしが……入り込む余地なんて、ないよ」


 志帆は弱々しく言った。


 そんな志帆の耳元に、千桜先輩は唇を近づけ、なにかささやいた。

 志帆ははっとした表情をして、そして、敵意のこもった目で千桜先輩を見つめる。


「やっぱり、兄さんとあなたが一緒のベッドで寝るなんて認めない!」


「これはお父様の許可もとっているのに、養女のあなたが逆らえるの?」


「なら……あたしも兄さんと一緒のベッドで寝るから」


 志帆がとんでもないことを言い出してぎょっとする。


「し、志帆。ちょ、ちょっと待ってよ……」


「あ、あたしが監視していれば、この人も兄さんに変なことはできないし。愛華さんの代わりに見張ってあげるだけだから」


「し、志帆……」


「兄さんは、あたしが甘えてもいいって言ったよね?」


 志帆は真っ赤な顔でそうささやいた。





<あとがき>

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