第4話 良い子ではいられない婚約者
「いったい、何が何やら……」
千桜先輩が義理の姉になるなんて、急な話すぎて困ってしまう。もっとも、政略結婚の道具として、羽城の養女になった女の子はいるから慣れてはいる。
みんな年下だから義妹ということになるけれど。
それにしても、綺麗な人だったな……と思う。明文館は名門校だし、単に可愛いお嬢様ならたくさんいるのだけれど、あの千桜先輩は何か別種の美しさを感じた。
明るいのに、どこか危なげで、儚いような雰囲気で……。
そう考えていたら、愛華の存在を忘れていた。
愛華は俺の腕を離すと、正面に回り込む。
そして、腰に手を当てて、むうっと頬を膨らませた。
「勇人くんって、年上好きですか?」、
「へ!? い、いや、そんなことはないけど……」
「本当ですか?」
「本当、本当」
「ふうん、なら良かったです」
そう言うと、愛華は甘えるように俺を見上げる。
愛華の期待するような表情を見て、俺は彼女が何を望んでいるのか、わかってしまった。
きっとハグしてほしいのだろう。愛華はそうやって、俺によく甘えてくる。
でも、俺はその期待には応えられない。俺は愛華のことを本当に好きなのか、よくわからないからだ。
愛華は少し不満そうにすると、しばらくして、えいっと俺に抱きついた。
ふわりと良い匂いがする。千桜先輩よりも、もっと甘い香りだ。
愛華は自分の体温を感じさせるように、俺に密着する。
「私には勇人くんしかいないんですから、あまり不安にさせないでくださいね?」
どうして愛華が俺にそれほどこだわってくれるのか、わからなかった。
自分で言うのも変だが、俺はそれなりに容姿も優れていて、それなりに勉強もできる。社交性もあるし、クラスでもいわゆるカーストの上位だと思う。習っていたピアノだって、有名コンクールに出たことがある。
ただ、それはあくまで相対的な話だ。
愛華は違う。愛華は本物なのだ。何をやらせても一番。
愛華が学年1位の成績なら、俺は2位。
愛華は誰もが認める学校一の美少女で人気者。だが、俺はそんなに目立たない。
コンクールで優勝した愛華に敵わないから、中学の頃から、俺はピアノを弾かなくなってしまった。
要するに、俺はすべてにおいて愛華の劣化版なのだ。そんな愛華にふさわしいのは、何かの点で愛華を上回る点を持つ人間――愛華にない何かを持っている人間なのではないか。
俺はそう思っている。そして、俺はその「ふさわしい相手でもない」とも。
こんなことを妹に話すと、「兄さんは考え過ぎなんだよ」と笑われてしまうけれど。
愛華はしばらくして、満足したように俺から離れる。
そして、まっすぐに俺を見つめた。
「あの人は悪い人です。勇人くん」
「千桜先輩のこと?」
「はい。とてもとても悪い人なんです。だから――近づかないでください」
「えっと……愛華が他人を悪く言うなんて珍しいね」
「私のこと、嫌な女だと思いました?」
愛華が俺の顔色を伺うように、上目遣いに見る。俺は慌てて首を横に振った。
「責めているわけじゃないんだよ。愛華が言うなら、理由があるんだろうし。ただ――単純に珍しいな、と思って」
愛華は少しお人好しすぎるぐらい善良なお嬢様だ。家族やクラスメイトの悪口なんて、一切言わない。
その愛華が露骨な嫌悪感をあらわにする存在。
俺はますます千桜先輩に興味を持ってしまった。
愛華はうつむく。
「私は……勇人くんが思っているみたいな、良い子なんかじゃないんです。勇人くんが関わることで、お行儀よくなんてしていられません」
「どうして?」
「誰にも勇人くんを渡したくないからです」
愛華ははっきりとそう言った。
このとき、愛華が知っていることのすべてを話してくれていたら。愛華が「私には勇人くんしかいない」と言った意味を教えてくれていたら。
――俺は姉を好きになることもなかったかもしれない。
<あとがき>
次回、義妹キャラ登場です!
面白い、続きが気になる、ハーレムに期待! と思っていただけましたら
・青い☆☆☆
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