第3話 嫉妬

 そう言われても、こんな外国風の美少女の知り合いはいないのだ。いや、愛華はいるけれど。

 その愛華は俺の腕にしがみついたまま、耳元でささやく。


「千桜さんは、高等部三年の先輩です」


「知り合い?」


「ええ、ちょっと」


 愛華は言葉を濁す。完璧美少女の愛華は、基本的に誰にでも優しい。

 その愛華が、千桜マリヤという先輩に対しては、とても非好意的な表情をしているので、俺はちょっと驚いた。


 その千桜先輩はといえば、にこにことしている。

 最初の神秘的な表情も良かったけれど、弾けるような明るい笑顔はもっと魅力的だ。


「雨橋さん。そんなに怖い顔をしないで。きょうだいに会いに来るぐらい、いいでしょう?」


 きょうだい?

 誰と誰が? 愛華には父と後妻とのあいだの妹が二人いる。


 けれど、姉がいるという話は聞いたことがない。

 愛華が「それは――」と言いかける。


 けれど、千桜先輩は愛華の言葉をさえぎった。


「初めてできる弟に、挨拶しても許されると思ってね」


「お、弟……?」


「そう。わたしは――千桜マリヤは、あなたの姉になるの」


 千桜先輩は、さも当然のことのようにそう告げた。



 俺は千桜先輩の言葉が理解できなかった。愛華はといえば、なぜか顔を青ざめさせている。


「つまりね、私は羽城の家の養女になる。羽城勇人くんとは義理の姉弟になるというわけ」


 千桜先輩は、俺の内心の疑問に答えるように先回りしてそう説明した。


「父が養女を……?」


「特に五候家では、珍しいことではないはずよ?」


 五侯家というのは、日本政府および財界において特殊な地位を占める五つの家柄のことだ。


 2028年。天体衝突による<大煌害>で東京が壊滅的な被害を被った後、政府は名古屋に遷都した。

 それから20年が経った今、日本はそれ以前の国とはまるで別物に変わってしまった。


 命の重さは軽くなり、理不尽な死が当たり前になった。貧富の格差も拡大し、三流国へと転落。国の治安は著しく悪化した。


 そうした状況への対策のの一つが第二次世界大戦前の華族制度――つまり、貴族の復活だった。


 災後復興に特に功績のあった五つの名家。それが侯爵となり、五侯家と呼ばれている。


 法野、伝法院、西御倉、雨橋、そして羽城。この五つの家が新日本を支えているとすら言われる。

 おかげで、壁に囲まれた新都・名古屋だけは、絶対に安全で、治安も守られている。


 ところで、千桜という家はそうした名門の家ではない。どこかで聞いたような気がするし、記憶にひっかかるものはあるのだけれど、少なくとも有名な家ではなさそうだ。


 養女を取るというのは政略結婚の駒にするという意味合いが大きい。生まれもそれなりの家――子爵家・男爵家、爵位がなくてもそれなりに名の通った家の娘であることが求められるはずだ。


 俺はそこまで考えて、すっかり羽城の家のやり方に染まっている自分に嫌になる。


 手に入れるべきものは、あらゆる手段を駆使して手に入れる。たとえ、その手段が生身の人間であろうとも、十代の少女だろうと、かまわない。


 それが羽城のやり方だ。

 心の中で、俺はこの千桜マリヤという少女が、羽城の役に立つかを考えたのだ。


 千桜先輩は、そんな俺の内心を知らずに――あるいは知らないフリをして、俺の目を覗き込む。


「ということで、今日からよろしくね、弟くん」


「弟くんって、その呼び方はちょっと恥ずかしいというか……」


「ご不満かな? なら、君もわたしのことを『お姉ちゃん』って呼んでもいいよ」


 からかうように、千桜先輩は言う。そして、赤色の髪をかき上げた。

 その仕草が綺麗で、俺は思わず見とれてしまう。


 まずいことに、それを愛華に気づかれてしまった。


「は、や、と、くん?」


 はっとして、愛華を見ると、ジト目で愛華が俺を睨んでいる。基本的に優しい愛華だけれど、こういうときは嫉妬心を露わにする。


 すぐ嫉妬するぐらい、俺を好きでいてくれているということなのだろうけれど。


 ふふっと千桜先輩は笑う。


「幸せなのね。ずっとそうだといいのだけれど」


「え?」


「なんでもないわ。ま、婚約者さんとのデートを邪魔しても悪いし、またあとでたっぷり話す時間はあるものね。それじゃ、またあとでね。弟くん」


 そう言って、ひらひらと手を翻して、千桜先輩はいなくなってしまった。








<あとがき>


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