第2話 千桜マリヤ

 もし理想の婚約者という存在がいるのなら、愛華なのかもしれない。


 美人で優しくて、幼馴染だから俺のことを誰よりも理解してくれて。そして、俺を大好きだと言い、溺愛してくれる。


 でも――。


 突然、隣を歩く愛華が俺の腕に抱きつく。まるで恋人のように。

 愛華の体の柔らかい部分が、俺の腕に押し当てられる。


「あ、愛華……! 周りが見ているから」


「別にいいです。むしろ勇人くんが私のものだと、みんなに見せつけないといけません」


 ふふっと愛華は、いたずらっぽく笑い、碧色のきらきらとした瞳で俺を見つめる。

 愛華は黒髪ロングの清楚で純日本風の美人だが、目の色だけは異国風だ。


 それは愛華の母親がハーフであり、つまり、愛華がクォーターだからだった。


 愛華の母は、スタイル抜群の超絶美人だったといい、雨橋の当主の前妻だったらしい。

 その母親譲りなのか、愛華自身も発育が良くて――。


「あっ、勇人くん。今、エッチなことを考えましたよね?」


「か、考えていないよ」


「嘘つき。私の胸が大きいって思っていたくせに」

 

 胸の谷間に俺の腕がある格好だから、どうしても意識してしまう。

 高校一年生の15歳の少女としては、胸も大きい気がする。もっとも、比較対象なんていないんだけれど。


 俺には彼女がいたことはない。

 女子にモテないわけではない(そう思いたい)のだけれど、俺のそばには愛華が常にいた。


 婚約者の愛華がいるかぎり、誰も俺と付き合おうなんて思わないだろう。


 愛華より可愛い容姿の女子なんて同じ学校にはいない。性格やスペックを考えても、俺をめぐって愛華と争うなんて、非現実的だと考えるはずだ。

 

 少なくとも、俺が女子なら、そう思う。その愛華は俺を大好きだと公言しているし――逆に、俺には愛華から愛されるほどの価値はない。


 俺と愛華は婚約者だけれど、彼氏彼女とか恋人とか、そういう関係とは少し違う。

 昔から結婚を決められた幼馴染。それ以上でも、それ以下でもない。


 愛華は俺のことを好きと言ってくれるけれど、それは本当に異性としての「好き」なのだろうか。


 愛華はますますぎゅっと俺の腕を両手で抱きしめ、そしてとても大事なもののように触れる。


「勇人くんなら――私でエッチな気持ちになってもいいんですけど」


「ご、誤解されそうだから、そういう発言は学校では控えてよ」


 俺が遠慮がちに言うと、愛華は小首をかしげる。


「誤解? 誤解ではないと思います。高校生になったのだし、私は勇人くんと次のステップに行っても良いんです。その、つまり……キスをしたりとか」


 愛華が照れたように顔を赤くして、期待するように俺を見上げる。そんなふうに言われると、俺も恥ずかしくなる。 

 

 周りからはバカップルのように扱われているけれど、俺たちは一度もキスをしたことはない。

 こんな可愛い女子――しかも俺を好きだと行ってくれる子とキスをできるなんて、心動かされないと言えば、嘘になるけれど。


 その覚悟は俺にはなかった。俺は愛華のことを好きなんだろうか?


 このまま順調にいけば、俺はきっと大学卒業後には愛華と結婚する。


 そして、羽城の家を継ぎ、いずれは羽城グループの経営者となる。そして、愛華に次の羽城・そして雨橋の後継者となる子供を生んでもらうのだろう。


 親に決められた婚約者。親に決められた道。それを進めば、俺はきっと、周りの誰もが羨むような生活を送ることができる。


 愛華とキスをすることだって、その道の小さな通過点の一つにすぎない。


 もしこのとき、あの人と出会わなければ、きっと俺はそんな順風満帆な道を――欺瞞に満ちた道を進んでいた。


 けれど、俺は出会ってしまった。


 校門を出てすぐ。まだ桜並木が続く道。

 その途中に彼女はいて、桜を見上げていた。


 その横顔がとても綺麗で――俺は言葉を失った。

 赤色の長い髪。碧い瞳。肌は透き通るように白い。


 神秘的な美少女で、うちの学校の制服のセーラー服を着ているのに、まるでどこか遠い星から来た女神のようにすら見えた。


 彼女はこちらを振り向くと、少し悲しそうな表情を浮かべた。その表情の意味がそのときの俺にはわからなかった。


「桜の樹の下には屍体が埋まっている。いったいどこから浮かんで来た空想かさっぱり見当のつかない屍体が、いまはまるで桜の樹と一つになって、どんなに頭を振っても離れてゆこうとはしない」


 歌うように彼女はそう言った。


「……梶井基次郎の短編小説?」


 俺は思わず、そう答えた。

 赤髪碧眼の少女は、くすりと笑った。


「ご明察。実物は写真より可愛い顔をしているのね、羽城勇人くん」


 そう言うと、彼女はすっと俺に顔を近づけた。

 その驚くほど端正な顔が、間近にある。女性らしい、それでいて爽やかな香りがふわりとした。心臓がどくんと跳ねる。


「えっと、俺はたしかに羽城勇人です。でも、あなたは……?」


「わたしは、君と浅からぬ縁のある人間よ。名前は、千桜ちはるマリヤ」


 本当に綺麗に澄んだ声で、彼女は自分の名前を告げた。





<あとがき>


面白い、愛華vsマリヤに期待・・!と思っていただけましたら、


☆☆☆での応援、お待ちしています!













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