祖母 九十七歳

海月猫

祖母 九十七歳

梅咲きて八年来の訪問医

「桜は見れぬ覚悟を」と告ぐ


床につき立たないままに一ヶ月

腿が細りて踵が赤く


看護師を見よう見まねで娘孫

介護初心者 祖母も苦笑す


月曜日 訪問入浴うららかに

こもれ陽 祖母の足で揺らめく


おしゃべりな祖母が静かになりにけり

うなずくだけの三日間過ぐ


目を開き夢とうつつを往来す

すべての境 模糊となる祖母


大好きなアイスですらもイヤイヤと

活仏のごと痩せゆく祖母よ


医師からの「看取りの手引き」読み込みて

残されし日が短きを知る


リハビリも食事ですらも負担なり

祖母の力を削らぬように


走り続けの脈拍に

休む間もなく駆け抜ける祖母


苦しげな祖母の呼吸を聞きながら

手を握り待つ夜明けは遠し


三滴の水のごくんに苦しみて

涙にじむも 目はぱっちりと


命綱 点滴の針抜き終えて

あとは静かにただ安らかに

  

喉の奥 ごろごろ異音 口ひらき

むくむ指先 温もりほのか


ろうそくの灯火ゆらり消えそうで

祖母の反応 徐々にかすかに


明け方に祖母の指先冷えゆきて

苦しむ姿 何もできずに


永訣の朝の青さが清らかで

最後のアイス 舌で溶けゆく


手を握り最期の息を吐き出して

旅立ちの祖母 涙ひとすじ


死化粧 つけすぎの紅 拭きとるは

祖母のいつもの習慣ゆえに


献体へ祖母乗せ車走り出す

ウグイス一声 澄んで哀しき

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

祖母 九十七歳 海月猫 @naiyue

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ