No.10 RPG主人公の双子の姉は家に帰りました
______ただ生きている。それだけ。
ぱちり。
目を覚ます。ぐずぐずと鼻水を啜る音の方と体にのしかかる重たい柔らかさ。涙焼けした目尻を痛々しいまでに赤くさせたシックスはベットに突っ伏しながら器用に眠りながら泣いていて、それから、テトラの腹の上に顎を乗せたサンクがぷぅぷぅと幼い鼻息を立てながら眠っていた。
記憶が都合がいいくらいすっぽりと抜け落ちていたので、テトラははじめ、指先すらまだ夢の中に落ちているような感覚に囚われた。目だけはきょろりと動くのに、体の方がまるで動かない。ぼんやりと見慣れた天井の木目を20ほど数えたあたりで、ようやく意識に体が追いついてきてのろのろと動かした手のひらでシックスの頭を撫でる。ぽすり、すり、すり、手慣れた様子で3往復。むずかるシックスが喉で声を作りながら顔を腕に埋めて、それからいきなり頭を上げた。
「ぁ。」
「ねぇちゃん。」
「…しぃ、ぅす。」
シックス、と呼んだはずの声は寝起きというだけでは説明がつかないほど掠れていたが、片割れにとってはそれだけで十分だった。蜂蜜色が滲む。
「〜〜〜っねぇちゃん!」
「ゎ?」
【っぎゅわ?ぅ。ワウワッ、キャウアン】
「ぅゃ〜〜〜〜〜」
シックスと、その声に飛び起きたサンクがどちらも感極まって抱きつくのでテトラの口からちまこい命みたいな鳴き声が漏れる。乾いた喉が張り付いて自分では声を出してるつもりなのに勝手に掠れた息に変換されるせいだ。やわらかなぬくもりに埋もれて、苦しむよりも先に瞳の奥がかぁと熱くなる安堵に体から力が抜ける。
ほらみろ。どこが。ばけものだ。
ホワイトノイズがわらうみたいに囁いた。
騒がしさに気がついたのか足音忙しなく駆け込んできたフィーアの紫紺の髪が揺れて、バイオレットに瞳がきゅぅと引き絞る。一瞬水の膜が張って、それから張り詰めた表情が緩む。
「よかった、よか、った。ごめんな、やっぱり一緒に行くべきだった…」
「ぉ…にーぃぁ」
「3日も目を覚まさなかったんだ……ほん、とに…よか、った…」
おぼつかない足取り、目下の色を濃くするクマ、どこか痩せた印象すら思わせるフィーアの憔悴が視界の隅でだってわかる。泣きじゃくるシックスにも、きゅぅきゅぅ鼻を鳴らすサンクにも、草臥れるフィーアにも、テトラはきっというべき言葉に聞くべき事態が山ほどあった。
けれど。なによりも。
「ゅ、し……ぃき……な、ぃ……ぅゃ…」
やわらかにぬくもりに安堵をおぼえたとして。
閑話休題。
無事下敷きを免れ救出されたテトラはソファに身を預け(フィーアが運んだ、その際何の思惑もなくお姫様抱っこを選ばれたのでテトラはひどく恥ずかしい思いをした)甘いココアが入ったマグカップを両手で握りしめるように持っていた。右隣にはシックスが隙間なく、左隣にはサンクが膝に顎を乗せてひっついている。
ごくり。喉に流したココアはやわらかな甘さで、テトラの声はようやく言葉らしいものを形作るまでに回復した。
フィーア曰く。テトラは妖精を呼んだらしい。
気まずそうに、申し訳なさそうに、節々に自分へのものと街へのものとが混ぜこぜになった怒りを交えながら。フィーアの言葉にテトラはぼんやりと、そうだろうなぁと妙な納得だけを覚えた。
見た目こそ変わらないが、テトラには体の内側に妙な感覚が迸っていた。劇的なものではない。ただ、なんとなく。あたたかな血潮にも似た、決して不快ではなく違和感と呼ぶには小さすぎる心地。これこそが妖精の、ひいては魔法の力であるのだろう。
どこか子供の万能感にも似ていた。夢見心地で妄想を練るような、ご都合主義だけをつめた理想の箱庭を想像するような、確信のない成功感覚がじわりと頭を支配していた。
「……私、暴走したんだね。」
フィーアの沈黙こそが真実を語っていた。
______テトラはあの瞬間、恐らく、きっと、多分、けれど確実に。無責任な子供も過干渉なだけの大人も怠惰な暴力の街ごと壊そうとした。
(あれはだめ、あれだけはだめ、だってあぁいう人間のせいで私たち、化け物にされた。それで、わたし…全部消えてしまえと思った。…壊そうと思った…ううん、私、きっと殺そうとした。)
理性は楔で、けれど実のところそれは感情を縛り付けることはない。理性は感情だ。だから、結局、自動的にブレーキを踏んでくれる“妖精さん”なんて頭の中にはいない。理性を振るうのは自分自身の感情でしかない。
テトラはあの瞬間自分の意思で理性を手放した。安息を与える憎悪の心地よさに頭の中を明け渡した。
「元々魔法陣を介さない妖精の召喚は無意識的に、意図せず発生する。魔法陣を介した契約においてでさえ魔力を膨らませる子供が多いというのに…暴走するのも仕方のないことだった。」
「仕方ないなんて言わないで、私はちゃんと、覚えてないけど覚えてる。だって私、ちゃんと、思った、消えてしまえって願ったのは私の方だもの。」
「それでも、だ。暴走といっても……建物が幾許か潰れたが、死者も出ていない。怪我を主張するには擦り傷すぎる。よくあることなんだ、本当に、妖精契約の瞬間を知るものからすれば…体をつくりかえながら与えられる力が膨れ上がって、暴走状態に陥ることは。教会の人間が不思議がっていたほどに、テトラの暴走は
きろり。ヴァイオレットの瞳に苛立ちが混じる。
きっと街の人間にはとうとう蛹であった少女の姿が剥がれて化け物が羽化したばかりに悍ましい光景だったに違いない。
反面、呼び声をあげ自らで妖精を呼び出す才を持った者を知る教会からすれば驚かしく珍しくも、あり得ること。とうとう化け物の首を取った!と歓喜にあがって拳を振り上げる街の人間に、果たして何を思ったのか。
〔少年を化け物として、虫みたいな手つきで教会から追い出したその姿に、小さな疑問をもってして、聖人は密やかに騎士の耳へと囁いた。〕
ゲームにおける運命の始まりの日。ちょうど、
フィーア・シャッテンから任務を引き継ぐべく(シックスの件だ、フィーアは企みのため任務の交代を進言した)派遣された“とある騎士”は、汽車内でちょうど街に訪れていた、彼の既知たる教会の人間との通信で妙な違和感を耳にする。
秘匿事項につきシックスの存在をそっくり知らない教会の人間からするとただの世間話に似たそれだったのだろうが、“フィーア・シャッテンから厄災の事実を知ったばかりの王の願いを聞き届け育てられた子供”と特徴が全く同じで異なる少年のそれに疑問を抱いた。
果たして“とある騎士”が真実を知るのはそのすぐだ。夜闇の中、街に着いた騎士は教会を食い破り怨嗟を嘆く厄災の器を目にする。
長きにわたる任務に就いていたはずのフィーア・シャッテンは姿を失くし、ただの子供として育てられていたはずの少年は望まない哀れまじい子供の姿をしていた。
(危機感は正しかったってわけね。教会に所属してるからって全員が善人なんかじゃあ、もちろん無いでしょうけど。でも……殴られてる様を見てもいない、乱雑に、粗暴に、虫みたいに追い出された姿に違和感を抱くくらいには普通の人たちだった、てこと。)
あるいは。もしも。助けを求めれば助けてくれたのかもしれない、などとは考えなかった。考えることはできなかった。テトラは助けを求めてはいなかったから。
「私、そのあとどうなったの?」
「金色雀が警笛を鳴らしたので、雀越しに何が起きているかわかったから…気が付いた教会が介入しようともしていたが……それより先に俺が眠らせた。少し…強い魔法を使ったから……魔力が暴走し疲弊した精神には作用しすぎたようで…」
暴走者の程度によっては実力行使、武力制圧も致し方ない。フィーアは金色雀の鈴を介し、その場に乱入するや否や睡眠作用…それも強力な魔法を使用した。そしてさっさとテトラを森小屋へと連れ帰ったのだろう。片割れの元へ、優しい狼の元へ、いちばんテトラがしゃんとできるばしょ。
「…ありがとう、お兄さん。」
止めてくれてよかった。止めてくれてよかった。テトラを化け物として扱う街から。知らない善意から。隠してくれてよかった。理性を飲み込んだ感情をもって知らぬ間にのんでしまわなくてよかった。
「……無事に…本当に…目を覚ましてよかった……3日間も眠り続けて、いたんだ…」
「ごめんね、心配かけて。」
「謝るようなことじゃない、むしろ、俺のほうが……やはりついていくべきだったんだ…俺が分身の魔法でも使えれば……あるいは…使役魔…意識同調……」
ぶつ…ぶつ…曇天を背負ったフィーアは今朝方(テトラにとっての今朝であり、彼らからすれば一週間も前の朝である)見たばかりの卑屈さをもって俯く。両隣のあたたかさだけでなく、いっそ面倒にすら思ってしまうネガティブすらテトラにとっては日常にかえることができた安堵を与えた。
「じゃあ…おたがいさま、ね。」
テトラの子供みたいな笑顔に卑屈を拗らせることすら忘れて目を丸くしたフィーアは、それからまさしく”お兄さん”らしい気のいい顔を綻ばせた。
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