No.9-4 RPG主人公の双子の姉が妖精と契約をします



テトラ・インヘリットは諦観でできている。

果たして、降り積もる絶望の何が彼女をそうさせたかはわからないし、あるいは、その全てだったのかもしれない。ただひとつ。彼女の心は既に麻痺している。別に感情が希薄で何をみても心躍ることがない、だとか、そう云う形のものではない。無関心ともまた違う。自身に向けられる感情の総じてに無頓着になるようにしている。

面倒だな、と思うことはある。鬱陶しいなぁ、と思うことだってある。現に彼女は自身に投げられた悪意の言葉を疎ましく、苛立たしげに思ったが、その反面悲しみの何ひとつ込み上げることも、いっそ口を啄む怒りを露発させることもない。

期待をしなければいい。期待をしなければ怒りも悲しみも傷つくこともない。そうやって彼女の心は麻痺している。


ただ、その代わりに、テトラはシックスにだけは過剰なほどに自身の天秤を傾ける。心配を、怒りを、それらを傾けることでバランスを保っている。

テトラにとっての“敵”はシックスに明確な悪意を向ける人間だ。


____これは、だめだ。こいつはだめだ。こいつだけはだめだ。


テトラの頭はぐらぐらと茹で上がるほどの怒りを沸かすのに、反面、どこか冷静な自分が耳元で囁いていた。

大人が育てた悪意、子供の可哀想な無知、仕方がない暴力、被害者ぶる加害者、過干渉の大人と無責任な子供。テトラの嫌いなものの集大成のような生き物は、先程までの威勢をぎくりと強張らせていた。


孤独にさせる。何でもしていい作品にする。被害者だったと嘆きながら自分こそが加害を振るう。人の死を嘲笑って喜ぶ癖に、自分の悦びは感じたがる。当たり前に振るう暴力が自分だけには適応されないと信じきっている。人の形をしていない癖に自分は真っ当な人間だと振る舞う。


____こう云う奴のせいで、主人公シックスが、しっくすを、勇者にさせる。


「お前。お前。おまえ、は、だめ。お前みたいなのが、シックスをこれまでもこれからも、傷つける。」


肌が泡立つ。子供たちは一瞬、目の前で瞳を俯かせる少女が呟く言葉に妙な怖気を感じた。ぞ、ぞ、ぞ、と足元から迫り上がってくるような寒気に恐ろしさよりもいっそう腹立たしくも思えたのは、それを与えているのが紛れもなく今までただ馬鹿にしていた“煤かぶり”の“ばけもの”だったからだ。


子供たちは知らない。

知っているのは何をしたって大人たちが誰も怒らない石当ての的であること、髪を引っ張れば悲鳴を上げるおもちゃであること、煤をかぶった髪をした毛玉であること、それだけ。だから知らない。否。



_____最早それを知るのはテトラ・インヘリットわたしだけ。



「私たちを傷つけるもの全部いらないの、何もしなくていいから何もしないで、それなのに、ずっと、ずっと、人の形をしてない癖に…お前みたいなのが、いるから……なんにも、いらないから、はやく、はやく…はやく、きえて…」


かつて父たる神と母たる精霊はななつの工程を経て世界をおつくりになられた。そして最も大きな恵の大樹のうろにてお眠りになられた。父たる神と母たる精霊の子たる妖精は、命の種が芽吹かないのでうろの中で漂うだけ。自らを産んだ父と母がつくった世界に、子たる妖精だけが生まれることを許されなかった。

だから、妖精は人間と契約した。人間の魂をよすがに、世界に産まれるために。

なぜ妖精を召喚するための儀式にご丁寧な魔法陣が用意されているのかといえば、実のところそれは、”召喚する”のではなく”よんでいる”のだ。所謂拡声器。数多に存在する人間の声を平等に聞くことなど神様でもできはしない、だから、いっとう通る声が必要だ。魔法陣はそれに確実性を持たせるための、古い契約のしるし。呼び声にこたえた妖精が現れることを、わかりやすく召喚と呼んでいるだけ。


だから。

実のところ魔法陣がなくたって妖精をよぶことはできる。

才能と、運と、それから才能。必要なのはそれだけ。

海の中から砂粒ひとつひろいあげる、満点の夜空からなもなき六等星を見つけ出す、そんな奇跡はたったそれだけで成される。




______テトラ・インヘリットには才能がある。才能がある。彼女はおおいなる憎悪をもって妖精を呼び寄せる、その才能をもっている。




「もう、もう、なんにもいらないからほうっておいて…!」


ばきり。

それからのこと。テトラは覚えていない。埋め尽くす憎悪と怒りをただ虚しさが支配していって、意識の外では悲鳴の合唱が騒がしかった。たったそれだけ。たったそれだけを覚えている。



(”諦観でつくられた”RPG主人公の双子の姉が”おおいなる憎悪をもって呼び寄せた”妖精と契約をします)



























-舞台裏 あるいは??の備忘録-



〔かえりたいなぁ。

グレージュの少女が泣いた言葉は、最後まで助けを求めてはくれなかった。〕

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